種の起源
当初の目的である入道雲雀のヒナを巣に返す任務を果たし、序に長年気になっていた七妖との邂逅も果たせた。
そしてフェロニアさんが豊穣の女神となった理由も、一端ではあるが明らかになった。小旅行の目的は、充分に達成できたと言えるだろう。
「そういえば、今年オステンヴォルケでオリーゼの種を撒いたのです。この作物は、ハーマキャで育てられているそうですが、もともとはこのイグドラシルからもたらされたと聞きました」
僕は賢者様が言っていたことをふと思い出した。ティターニアはその作物の名前を聞いて、驚いた様子だった。
「……それは、かつて飢饉から北国の農民を救うために私が作った品種です。当時は今よりも気温が低かったため、寒さに強く、単位面積あたりの収量が多い作物を開発する必要があったのです」
「稲作の北限は、オステンヴォルケだと言われていました。それをさらに北にあるハーマキャでも可能にするなんて……ティターニアさんは、優れた育種学者でもあるのですね」
僕は素直に賛辞を贈った。しかし、彼女は淋しげに微笑んで首を振った。
「品種の改良という、科学的な目的は達成できたかもしれません。ですが……私は経済というものをよく理解していませんでした。オリーゼの開発よって農村部の飢饉は解消され、それだけでなく都市住民に安価な食糧の供給さえ可能になりました。しかしその結果、穀物価格の低下を招き、農民達の貧困を少なからず助長する事態を招いてしまいました……私は農民の方々を、飢えという恐怖から救うことからはできたかもしれませんが、新たに貧富の差という惨めさを味わわせてしまったのです」
それは、ティターニアさんのせいではない。そんな言葉が、舌の先まで出掛かった。しかし、言葉は舌に絡み着いて、うまく外に出てくれなかった。
「私は広めるよりも長い年月をかけて、全ての土地からオリーゼを回収しました。そして、都市との交流が全くない、閉ざされた土地であるハーマキャでのみ、栽培を続けさせたのです」
怒りだろうか、悲しみだろうか。僕は黙っていられなくなった。ティターニアさんの優しい気持ちを、誰であろうと、彼女自身にも、絶対に否定させたくなかった。
「僕の土地ではそんなことは絶対に起こさせません。ティターニアさんの作った希望の種は、きっとオステンヴォルケの人々をしあわせにしてくれると信じています。飢餓の恐怖も、貧困の惨めさも、オリーゼと一緒に全部解決してみせます。だから……秋になって稲穂がたくさん稔ったら、きっと遊びに来て下さい。一緒に、炊き立てのご飯を食べましょう」
俯いていたティターニアさんが、ふと顔を上げて、緑の瞳で僕を見据えた。そして、強張っていた表情を微かに綻ばせた。
「……楽しみにしています。オリーゼは、もう何年も食べていません。それどころか、その穂が稔っているところさえも。リヒトさんなら、きっと私より上手にあの種を活用してくれるでしょう」
僕は村のみんなのことを思った。こうしている今も、目前に迫った田植えのために、休まず農作業に勤しんでいることだろう。
早く帰って、僕も手伝わなければ。
「リヒト、そろそろ帰りましょ。日が暮れてきたわよ」
カーモスがそう急かしてきた。もう少しティターニアさんと話していたかったが、そうもいかないようだ。
「名残惜しいですが、今日はこれくらいでお暇します。ティターニアさん、どうかお元気で」
「ええ。リヒトさんも。何か育種に関して困ったことがあれば、いつでも相談に乗りますから……といっても、気軽に来れるような場所ではないですが……でも、遠慮せずに訪ねて来て下さいね」
ティターニアさんは、小さく手を振った。この広い森の中で、孤独に神樹の言葉を守っている。その姿は、やはりどこか寂しげに見えた。
「はい。また、いつか。必ず会いに来ます。農作業の合間を見て」
僕も、今日初めて会った彼女との別れが、どうしようもなく寂しかった。




