初夏の夜の夢
「ねぇヴィヴィアン、アナベル。さっき住みやすい土地を探してるって言っていたけれど……もしよければ、しばらくオステンヴォルケで暮らしてみない?
僕の申し出に、二人は顔を見合わせた。
「豊かとは言えないけど、人があまり住んでいない静かな土地で、領地に暮らしている農民たちはみんな優しいし、都会との交流もほとんどない。嫌な思いをすることも、他の土地に比べれば少ないと思うんだ。それに……もうすぐ田植えの時期なんだけど、人手が足りなくて。二人がいてくれると、とても助かるのだけど」
特に灌漑用水路の整備とか、人手がいくらあっても足りないくらいだ。
「対峙したから良く分かるでしょうけど……アタシ、怪物よ? 七妖にもタメ張るポテンシャルを持つアンタ達ですら、あれだけ警戒したのに……普通の農民たちが受け入れてくれるかしら?」
気持ちは嬉しいけど。と、ヴィヴィアンは笑った。
「あたいも、こんなみにくい見た目をしている。肌だけじゃない。ギザギザの歯も、鋭い鉤爪も、黒い羽も……村の人たちは、何とも思わない?」
アナベルは肌を隠すように、腕を抱いた。きっと、あちこちの土地で迫害されたのだろう。ずいぶんつらかっただろう。
「肌の色や人種や性別に基づいた差別や偏見を無くすことは、確かにすごく難しいと思う。だけど……人一人の印象を変えることは、そこまで難しい事じゃない。二人なら、きっと大丈夫だよ」
ヴィヴィアンは、アナベルにどうするか問いかけるような視線を投げ掛けた。
アナベルは、それでも迷っている様子だった。
「……あたしなんて、半屍の聖女よ? 不滅種なのよ? 触れたもの全てを腐らせちゃう呪いに罹っているのよ? それだけじゃないわ。見て、この肌。黒いとかじゃなくて壊死しているのよ? それでも、受け入れてくれる人がいる。……リヒトがそうしてくれたの。オステンヴォルケの寛容さ、ナメんじゃないわよ!」
カーモスは腕を捲くって、そう啖呵を切った。格好いいなぁ。
「二人とも、醜いことなんてことは全くないよ。褐色の肌も、紫の肌も、両方とも綺麗だと僕は思う……もちろん、ヴィヴィアンの筋肉もね」
「あら、嬉しいコト言ってくれるじゃない」
彼はドレスの上からでも分かるように、大胸筋を動かした。
「美しいもの、醜いもの。そんなものは、文化が勝手に作った境界でしかないんだよ。だったら、オステンヴォルケではどんな色の肌も……健康的な肌も、青白い肌も、褐色の肌も、壊死した紫色の肌も、全部綺麗だって言える文化を作ればいい。そういう文化を、僕は作りたい……どうかな? 二人も僕と一緒に、そういう国造りを手伝ってくれないかな?」
ヴィヴィアンとアナベルは、もう一度顔を見合わせた。
「姐さん……あたい、行ってみたい。リヒトさんとカーモスさんの言葉は、きっと嘘じゃないと思う」
「そうね。アタシも、信じてみようかしら……さあ、そうと決まれば善は急げよ」
ヴィヴィアンは、直接は入道雲雀に乗れないカーモスとアナベルを持ち上げ、自身の肩に座らせた。
「……リヒトさん、待って下さい」
入道雲雀の背に乗り込んだとき、ティターニアさんがそう呼び止めてきた。
「どうかしましたか?」
「あの……私も、オステンヴォルケへ同行しても構いませんか? ほんの一週間、田植えの時期だけで良いのです。オリーゼの様子と、株分けした神樹の苗がどのように成長したのか見ておきたくて。それに、フェロニアさんのお墓参りも」
「ええ。もちろんです……それに、種の開発者に稲の様子を確認して頂けるのであれば、これほど心強いことはありません。ですが、ティターニアさんはイグドラシルを離れても大丈夫なのですか?」
「ここからオステンヴォルケは、それほど距離はありませんから。それに、神樹の分身とも言える木があるようですからね。少しの間であれば、問題はありません」
僕は腕を伸ばしてティターニアさんの手を取り、入道雲雀の背中に引き上げた。
5人を乗せた入道雲雀の親鳥は、静かに空に舞い上がった。高度はすぐに雲と並んだ。
朝日のような夕日が、地平線に沈んでいくのが見えた。
さて、帰ったら田植えである。苗を植えたら、毎日草取りやら何やらで、こんな風に遠出することも難しくなるだろう。
こうして、一匹の入道雲雀のヒナが導いてくれた、初夏の夜の夢のような短く慌ただしい冒険は、ひとまず幕を閉じたのであった。




