ニューハーフエルフ
「森羅の魔女に会えたら、百年ぶりの七妖との邂逅になるわねぇ」
カーモスがしみじみと呟いた。
「そういえばカーモスは七妖と戦ったことがあったんだっけ? ……本当のところどのくらい強いの?」
「うん。あたしが挑んだのは、氷霧の魔女・フィンブルヴェトル・ニヴルヘイム。不滅種になる前だったから……立っていられたのは、三十秒くらいだったかな。強いとかいうレベルじゃないわよ、あれ。ほとんど自然災害みたいなものよ」
実際に対面した人の言葉の重みは違うなぁ。それにしても自然災害って……。
「軽い気持ちで来ちゃったけど、大丈夫なのかな?」
「森羅の魔女が好戦的だって話は聞いたこと無いし、大丈夫じゃないかしら? それに、あたしもリッチーになった今なら、リヒトが逃げるまでの時間くらい余裕で稼げるから安心しなさい」
カーモスは任せてとばかりに胸をポンと叩いた。
「それは心強いけど……女神様が森羅の魔女と出会ったのって、百年以上前でしょ? 森の七妖の後継者が人間に敵対的じゃなければいいけど」
「ああ。確かに森羅の魔女が人間嫌いって話、聞いたことがあるかも……だけど、代替わりはしてないはずよ。森羅の魔女はエルフで、妖精族の寿命は人間と比べられないほど長いもの。というか、この百年で入れ替わった七妖って、雷鳴の魔女と深淵の魔女の二人だけだったんじゃないかなぁ」
指折り数えながら、カーモスは七妖の面子を思い起こしているようだった。
「……何気にカーモスって七妖事情に詳しいよね。ずっと教会でひっそり暮らしていたわりに」
「まあ、魔女のネットワークみたいなものがあって、七妖の動向は一応それでチェックしているのよ。最近はそんなに熱心に調べてはいなかったけどね」
なんと。そんなものがあるなら、今度色々と教えて貰おう。
というか、見た目が十代後半くらいだから忘れがちだが、カーモスは既に百年以上いきているのだ。
亀の甲より年の劫という言葉もあるし、何気にこの世界に関する知識は豊富なのかもしれない。
「でもまあ、ここで戦闘になるようなことはなさそうだから安心したよ。まずはこの入道雲雀を巣に戻してあげないと」
籠に入れたヒナの様子を見ると、空腹のせいかぐったりしている。このままでは治る怪我も治らない。
「早く神樹が見つかるといいんだけどなあ……」
天空に届くほど高い樹なのに、森に入ってから一度もその姿を確認できていない。何かしらの魔法で姿を隠しているのだろうか。
朝に森に入ったのに、もう日が暮れ始めている。このままでは数日、森のなかを彷徨うことになるかもしれない。軽装で来たのはマズかったかな……。
「……リヒト、何か近くにいる」
カーモスが強張った声で僕にそう告げた。僕も魔力探知を展開した。今までに感じたことの無い程の膨大な魔力。
その発生源に目を向けると、森の奥から魔力の主が姿を現した。
瞬間、僕とカーモスは臨戦態勢に入った。
巨体から溢れ出ている魔力が、そのまま質量を持っているかのように重たい。魔力量もさることながら、その質がまるで磨かれたダイアモンドを思わせるほど最高硬度なのである。
顔も判別できないこの距離で相対しているだけで、押しつぶされそうだ。これが、七妖……なのか?
このまま戦闘になったら、二人がかりでも良くて相打ち。……最悪、瞬殺だ。
躊躇っている余裕は無い。身を守るには、魔法を使うしかない。
「――斥害閃」
僕が持っている、最強の絶対防御魔法。魔力を消費し続ける間、ありとあらゆる生物・無生物は、僕を傷付けることができなくなる。
せめて、カーモスの足手まといになる訳にはいかない。
「リヒト、無理しちゃだめ……あたしが時間を稼いであげる。もし相手が仕掛けてきたら、迷わず全力で逃げて」
カーモスが魔力を開放した。
周囲の空気が急激に乾いて、冷たくなってゆく。凍土羆との戦闘のときとは比較にならないほど恐ろしく冷たい、死そのものを連想させるような暗い魔力である。
そのとき、前方から来た人物が手を挙げた。
「やめてちょうだい。こっちに敵意は無いわ……そんな冷たい魔法を使ったら、森が可哀想でしょう?」
野太い声で投げ掛けられたその言葉に、僕とカーモスは顔を見合わせた。
「……僕らにも敵意はありません。ただ怪我をした入道雲雀を巣に戻すために、この森に来たのです」
僕もカーモスも、発していた魔力を抑えた。
「あら、そうなの。悪かったわね。アタシも強力な魔力を感じたから、つい警戒しちゃったのよ……」
声の主の全貌が明らかになってきた。僕もカーモスも、その異様な姿に当惑した。
2メートル近い巨体に端正な顔。毒々しい色彩の派手なメイク。筋骨隆々な肉体に纏った装飾過多のドレス。まるでドラァグクイーンの様なエルフが、そこにはいた。




