みにくいエルフの子
「あなたが森羅の魔女、ティターニア・アールヴヘイムさんですね?」
僕は確信を持ってそう尋ねた。
巨体のエルフは、徐に首を振った。縦ではなく、横に。
「違うわ。アタシはヴィヴィアン・リー。通りすがりのただの美々しいハーフエルフよ」
「えっ!? 違うの?」
カーモスはほとんど悲鳴のような声を上げた。僕も驚いた。七妖でないのにこの魔力量。一体何者なのだ?
「ヴィヴィアン……ハーフエルフ……! もしかして、ドワーフとエルフの混血で、200年前の妖精大戦争で暴れ回った怪物……?」
その名に聞き覚えがあったのか、カーモスは思い出そうとしてぶつぶつ呟いていたが、答えに思い当たり声を上げた。
「ヴァナルガンド……」
その通り名なら、僕も聞いたことがある。アールヴヘイム王国とニダヴェリール連合王国で起こった、妖精族の居住区域を巡る半世紀に渡る戦争。
その戦争で地図を描き変える必要ができるほど暴れ回ったのが、確かヴァナルガンドと呼ばれたハーフエルフである。
彼が戦ってできた川が、結果的に居住区域の境界になり、戦争は終わったという。その川が希望の川と呼ばれていたので、そこからヴァナルガンドの異名を取ったとか。
「そんな昔の話しないで頂戴よ……霜枯の魔女さん。いえ、半屍の聖女・ヘルって呼んだほうが良くって?」
やはりカーモスもその道では名うての魔女らしい。
「……あたしはカーモスよ。カーモス・キュルマ=マッラスクー。あたしのこと、知ってるのね。光栄だわ」
「ヴィヴィアンさん、でしたね? 先程は失礼しました。余りに強い魔力でしたので、つい警戒してしまいました。僕はリヒト。リヒト・クヴェーレ。オステンヴォルケの領主です」
「ご丁寧にありがとう、お若い領主さん。こちらこそ、驚かせちゃったみたいで悪かったわね。でも、アタシだって七妖クラスの魔力持ちが二人並んで歩いてたから何事かと思ったのよ? ……出てきなさい、アナベル。悪いヤツらじゃなかったわ」
ヴィヴィアンと名乗るハーフ (ニューハーフ?)エルフは、茂みの陰にそう声を掛けた。
「……」
茂みから出てきたのは、一人の少女であった。
「ほら、アンタも挨拶なさい」
「……アナベル・ダークブルーム。故郷を追われたから、ヴィヴィアン姐さんと一緒に旅してる」
少女はヴィヴィアンに促され、そう手短に名乗った。
褐色の肌に緑がかった銀髪、尖った耳。そして猛禽類のような鋭い爪が生えた脚と、ヨダカのような黒い翼。
こんな種族、始めて見る。僕が書物で得た知識とは、どれも一致しない。
「ダークエルフと、ハルピュイアの混血児……?」
カーモスは、隣りにいる僕だけに聞こえるような小声でそう呟いた。驚いている様子らしい。
「その二つの混血は、珍しいの?」
「ええ。肌の白いエルフやハルピュイアは、有色のドワーフやダークエルフとの混血を避けるものなのよ。だからヴィヴィアンもアナベルって娘も、凄く珍しいの」
カーモスの解説で納得がいった。道理で知らないはずだ。
「この娘、こんな見た目だからハルピュイアのコミュニティでも、ダークエルフのコミュニティでも迫害されていてね。だから一緒に、住みやすい土地がないか探しているところなのよ……アタシも、エルフの土地にもドワーフの土地にも馴染めなかったから、気持ち分かるのよね……それで、偶然この森を彷徨っていたわけ」
「もう三日も出られてない……」
アナベルは、ヴィヴィアンの隣に並んだ。すらっと伸びた手脚と引き締まった胴は、かなり筋肉質で力強い印象を受けるが、ヴィヴィアンと並ぶと子どもの様に見える。
背だって、僕やカーモスより10センチほど高いのに。
「……三日も出られてない、というのは?」
アナベルの口から気になる話題が出てきた。迷子になったということだろうか?
「この森が“惑いの森”って呼ばれる所以……この森はね、形を変え続けているのよ。侵入者を、神樹・イグドラシルに近付かないようにね」
ヴィヴィアンはそう言って、空を見上げた。
「神樹に辿り着けないならまだしも、出られないというのは……?」
「森の養分にするつもりなのね、きっと。侵入者を迷わせ歩き回らせ、動けなくなったら摂り込む……アタシは植物だけでも生きていられるけど、アナはそうもいかなくってね。ちょっとピンチなのよ」
気付かないうちに、僕も大変な状況に陥っていた。不死身のカーモスはともかく、僕にしても森に生えているような草や木を栄養に変換することは出来ない。
彷徨の末に待っているのは、餓死である。僕はとんでもない森に入ってしまったのかもしれない。




