原始の魔女の神話
「入道雲雀……やはり幻獣なのでしょうか?」
見つけたときも、かなり膨大な魔力を感じた。
「うむ。神樹・イグドラシルの頂きに巣を作り、天空の澄んだ霞を食べて生きていると言われておる。人間界で見つかった記録はほとんど残っておらんのじゃが……どうも人間には触れられないということらしいの。リヒトは、どうやって連れ帰ってきたのじゃ?」
みんなの視線が、僕に集まった。
「えっと……こんなふうに」
僕はそっと入道雲雀を両手で抱え上げた。ネリさんや賢者様と違って、ヒナが手からすり抜けることはなかった。
「リヒトには、何故か触れられるようじゃの。何はともあれ、ひとまずネリさんに教えて貰いながら、怪我の治療をしてやるべきかの」
「そうですね」
僕はネリさんに指示を受けつつ、入道雲雀の傷付いた羽を消毒し包帯を巻いた。幸い、重大な外傷は見られなかった。
「しかし、どうしたものかの。軽傷とは言え、その体ではしばらく飛ぶこともできんじゃろう。地上では食べ物である霞を与えることも難しい。いち早く巣に帰してやらねばならんのう」
「入道雲雀の巣があるという神樹・イグドラシルというのはやはり……」
まさに女神様との話に出ていた、七妖・森羅の魔女ティターニア・アールヴヘイムの棲んでいたという森。
「その通り。神樹とは、イグドラシル大森林の中心に聳え立つ、天にも届く世界樹の若木のことじゃ」
これは、もはや運命だろう。きっと、大森林へ向かえという、女神様のお導きだろう。
「行ってみるか……イグドラシル大森林」
僕は入道雲雀を抱えながら、そう決意をした。
――翌朝早く、帝都へ向かう賢者様の馬車に同乗させて貰い、僕はイグドラシル大森林へ向けてオステンヴォルケを発った。
方向は真逆だが、女王陛下からの伝言は急ぎの用事ではないからということなので、「森の入り口まで送ってやろう」という賢者様の言葉に甘えることにした。
今週中に必要な量の肥料を醸し終えたカーモスも、農作業を休みたかったのだろう、僕の護衛という名目で付いてきた。
まあ、心強くはあるけれど。
エイルリフィア皇国屈指の早馬が引く馬車で丸一日かけ、僕たちはイグドラシル大森林へ到着した。オステンヴォルケと大森林とは隣接地域なのである。
イグドラシル大森林は、インウィクトス北東地域であるオステンヴォルケ、エイルリフィア南西、ニダヴェリール連合王国南東地域の境界に位置している。落葉樹であるトネリコが優勢であるが、何故か一年中深い緑に覆われているという。
おそらく、七妖の魔力が関係しているのだろう。
「そういえば、カーモスも原始の魔女の神話って聞いたことはあるよね?」
Uターンして帝都へ向かう賢者様を見送った後、僕とカーモスは鬱蒼と生い茂る薄暗い森の中に入った。僕はその不思議な雰囲気に接して、幼い日に病床でクララに読み聞かせて貰った神話を思い起こしていた。
「当然よ。確かこんな話ね……神と人と魔物の終末戦争によって世界は滅んでしまいました。焼け跡から何柱かの神が蘇り、新たな世界を作り始めました。その世界で魔法が使えたのは、原始の魔女ひとりだけでした」
カーモスは朗々と語り始めた。
「あるとき、天空から月が落ちてきました。原始の魔女は落ちてきた月を破壊するため大魔法を使いました。その身は七つに砕け、その肉片からは七人の魔女が生まれました。月は十二の欠片となって各地に降り注ぎました。人々はその月の欠片を神として崇めました」
これが、七妖と皇統十二宮の形成に関わる個所と言われている。
「しかし月を失った世界は、常昼の世界と常夜の世界とに完全に別れてしまいました。魔女の肉片から生まれた最も力の強い魔女は、昼と夜が再び交互に訪れる世界にするため、新たに月を作り、管理者としてその地に永住することになりました」
俗に、新たな月の物語と呼ばれる部分である。この部分だけ特に、子どものための物語として流布している。
「再び昼と夜とが交互に繰り返されるようになりましたが、長く夜に閉ざされた世界には再び魔物が生まれ、魔物や怪物が棲む魔界になってしまいました。昼の世界が長かった光の土地は、人間、ドワーフやエルフなどの妖精、幻獣が棲むこの大陸なのです……合ってるわよね?」
「うん。僕が知っているのも、そんな感じだった」
カーモスが語ってくれたのが、原始の魔女の神話と呼ばれる物語である。
神話が真実であれば、この森には原始の魔女の神話、ひいてはこの世界の秘密を解き明かす鍵が眠っていることになるかもしれない。
僕は、フェロニアさんが神になった理由を知るためにも、森に棲む七妖に会ってみたいと思った。




