百年の孤独
「雪に根を張る花を探しに、あたしはモコシとマハーヴァーストゥの国境の山に来たの。どんどん動かなくなる右の手足を引きずってね……そこで、目当てのものを手に入れた瞬間、運悪く雪崩に巻き込まれた。もうダメかと思ったわ。でも、生きていた。ある修道女が雪の中から救い出してくれたの。目が覚めたら、教会の長椅子の上で毛布に包まっていたわ」
苦痛に耐えるように顔を顰めながら、聖女は語り続けた。
「生き残ったけれど、あたしに残された時間は幾許もなかった。右手足の壊死は、腕に脚にどんどん広がっていった。助けてくれた修道女はね、それでも一生懸命にあたしの看病をしてくれたの……回復の見込みがないことなんて、一目で分かるのに。本当に、優しい子だった」
修道女についてそう語る聖女の声は、とても柔らかく響いた。
「それからあたしはその修道女の女の子と二人、教会で寝起きをした……あたしはその間も自力で手足の壊死を止めるため、急いで不滅種になる方法を探ったわ。おあつらえ向きに、その教会には国中から押収された違法な魔術に関する本が保管されていたの。そして、手足の壊死が胴にまで届きそうになったとき、ついにリッチーになるための最後の儀式について書かれた本を見つけたの。その本は、あたしの生まれた村で接収されたものだった……」
そこで、聖女は長い間沈黙した。
「最後に犠牲にしなくてはならないものは、だけど大き過ぎたわ。リッチーになるための最後の儀式……それは、最も愛する者を生け贄として悪魔に差し出すこと。その儀式によって、永遠の命と莫大な魔力が手に入るけど、代償として本人が最も忌まわしいと思う呪いがかかる。あたしは、すべてを諦めて手足を切断することを決意したわ。それに、その時にはもう永遠の命なんかよりも、もっと欲しいものができていたし」
聖女が欲しかったもの。強大な力より、永遠の命より、欲しかったもの。僕はそれが何かを知っていた。
「罰なのかしらね。永遠の命とか莫大な力とか、身の丈に合わない欲を抱えて生きた来た……そんなものより、もっとずっと欲しいと思ったものが出来たのに、それは一夜で奪われた。手足を切り落とす覚悟を決めた日……その夜にね、魔女を匿った罪で教会に大量の火矢が放たれたの」
一世紀前までは、多くの地方で魔女狩りが大々的に行われていたという。聖女は、そういう残酷な時代に生きていたのだ。
「修道女の子はお腹に矢を受けて、火傷と失血で瀕死だった。あたしは手足の壊死でまともに動けなかった。あの子は、あたしの手を握ってに言ったわ。『もし、貴女が私のことをこの世で最も愛しているのなら、どうか生きて。どうか生きて、私のからだを故郷に植えた桜の木の下に埋めて下さい。そして私の分まで、悲しい人たちを助けてあげて』ってね。それからのことは、ほとんど覚えていないわ」
息が詰まった。どうしてこの世界には、こんなに悲しい話ばかりが溢れているのだろうか。
「翌朝、あたしは甲冑と弓と矢とあらゆる刀剣と腐った土塊みたいな死体の山の上に立っていたわ……あたしは理解した。あの子から死を遠ざけることだけを望んだあたしには、触れたものに腐敗を齎すおぞましい呪いが罹ったのだとね……あの子は修道服だけを遺して、あたたかい灰になっていたわ」
聖女は手袋を嵌め膚を隠した手の甲で、修道服の頭巾を慈しむように撫でた。
「最後の願いを叶えるために、あたしはこの村に来た。あの子の灰は、森の奥の泉の側の枯れた桜の下に埋まっているはずよ……どこに行く気にもなれなかったあたしは、そのまま彼女の育った教会でひとり暮らし始めた。そうしているうちに、百年が経った」
百年の孤独を、彼女はどう過ごしたのだろう。どれほど苦しんだのだろう。その苦しみに、時効は永遠にやって来ないのだろうか。
「あたしは生き残ってしまった……いえ、死に残ったとでも言えば良いのかしら。生きてもいず、死んでもいない……不滅種がおぞましいのはね、愛する人間が死んだ世界を永遠に彷徨い続けなくてはならないことなの。君に、この痛みが分かる?」
ほんの少しだけ。僕も愛する人が居なくなった世界で生きた。すぐに耐えられなくなった。聖女は、耐えられない程つらいのに、逃げることすらできない。
それがどんなに苦しいか、僕には想像もできなかった。




