聖女の穢れた手
「死ねない呪い……ただの伝説だとばかり思っていましたが、まさか本当に?」
聞いたことがある。大陸の東の果てにある華の国の皇帝はその呪いを自身にかけるため、ありとあらゆる手段を用い、学者を招集し兵を動員し、自国の民や愛妾まで容赦なく犠牲に捧げたという。
「そう。あたしは、不滅種よ。死という終わりの世界から永久に追放された、この世で最も忌み嫌われる存在。禁忌を犯した魔女はね、この世の地獄に堕ちるのよ」
限りある命しか持たない人間から、永遠の生命体への昇華。そんな夢物語が、現実にあるとは。
「どうして聖女様はリッチーに? 永遠の命を望んでいるようには、見えませんが」
それに、なりたくてもなれるものではない。この世には不老不死に関する偽書がそれこそ無数にある。不滅種になる方法が本当に存在するということも、にわかには信じがたい。
「ええ。今のあたしはそんなこと望んでいないし、むしろ一刻も早く死後の世界への通行券を発行して欲しいと思っているわ……でもね、リッチーになる前までは、永遠の命にも強大な力にも憧れていたのよ」
聖女は「馬鹿でしょう?」とでも聞きたげに、そう微笑んだ。
「……聞かせて貰えませんか? 聖女様が、どうしてリッチーになったかを」
僕も、自分がしてきたことには後悔してばかりだ。だから、この人の取り返しのつかない苦悩を、聞いてみたいと思った。聞いて、少しでもその苦しみが和らぐのなら、それが無理でもせめて一緒に苦しめるのなら。
彼女の脇で、その話をただ黙って聞いてみたいと思った。
「いいわ。折角ここに来てくれたんだし、教えてあげる……」
聖女は少し戸惑った顔をしたが、視線を僕から逸らすと、かつて偶像が据えられていたのであろう辺りを眺めながら話を始めた。
僕は、特に断りもせず彼女の隣に座り、彼女と同じところを見詰めた。
「あたしはね、七妖になりたくて氷霧の魔女フィンブルヴェトル・ニヴルヘイムに挑んだことがあったの。闘いには負けちゃって、そのときに受けた傷がもとで右腕と右脚がこうなりはじめて……放っておいたら、手足はきっと腐り落ちる。そうなったら、二度と七妖になる夢は潰える……そのとき、自分の母が不滅種になる方法を必死で探っていたことを思い出したの」
僕は黙って、続きを待った。聖女はゆっくり続きを語った。
「藁にも縋るおもいだったわ。リッチーになれば壊死がこれ以上進むこともないし、自分の限界を超えて膨大な魔力を手に入れられる。七妖になる野望もきっと果たせる……七妖になるのは、曾祖母の代からの宿願で、母もそのためにリッチーになる方法を調べ尽くしていたの。村には、かつてリッチーになった魔女の伝説も残っていたしね。だから儀式に必要な素材はほとんど判明していたし、家の墓のなかに揃っていた。足りないのはマハーヴァーストゥ帝国とモコシ連邦に跨る山脈に咲く、雪に根を張る伝説の花。そして、判明していなかったものは……いえ、母はきっと知っていたけど抹消したのね。最後の供物について」
「……抹消された最後の供物」
きっとそれは、人の命か、それと同じくらい重いものなのだろうということは、容易に想像がついた。
聖女は静かに頷いた。
「あたしはこの手を最も汚したくないもので汚したの……あの瞬間から、あたしの望み不滅種になることじゃなくなった。あたしが願ったのはあの子を生き返らせることだけ……だけどあたしに与えられたのは、それとは正反対の、生命から生気を奪い死を近づける、忌まわしい呪いを齎す穢れた両手だった」
声音は変わっていないのに、聖女の発した言葉には深い嘆きの色が滲んでいた。




