聖女は生者の色をしていない
「あなた、このまえ凍土羆に襲われてた人ね。この村の人間じゃなかったんだ」
聖女は、かつて長椅子であったのであろう木材の上に腰掛け、僕をしげしげと眺めた。雨に濡れていることを気にする様子もない。
紫がかった銀髪に、赤紫の瞳。ゆったりとした修道服のせいでほとんど隠れているが、微かに覗く顔の肌は不健康にも見えるような青白さだ。どこか浮世離れした雰囲気を纏っている。
「あの時は助けて頂いてありがとうございます。御礼が遅くなってすみません……最近このオステンヴォルケの領主となったリヒト・クヴェーレと申します。どうして僕がこの土地の人間でないと分かったのです? 村の人との交流は無いようでしたが」
「村の人間ならこの教会に近付いたりしないもの。よくこんなところに来る気になったわね」
自嘲するように、聖女はそう言った。この人は、どうしてこんな寂しいところで、一人で棲んでいるのだろう。
「ところで、あたしが助けなくても凍土羆くらい一人でどうにかできたでしょう? あなたからはかなり強力な魔力を感じるわ……どうして使わなかったの?」
相対してよく分かる。この聖女、相当な魔法使いだ。
全盛期の僕が万全のコンディションで挑んでも勝てるかどうか……実際に見たことはないが、最強の魔女である七妖にも匹敵する実力を持っているのではないだろうか。
「魔法は、健康上の理由からあまり使えないのです。……聖女様は、ここで暮らしていらっしゃるのですか?」
「ふーん。確かに身体は弱そうね……そうよ。ここがあたしの家。何? 立ち退きの勧告に来たのかしら? いいわよ。迷惑だったら出ていくわ」
聖女はあっさりとそう言い放った。別にここを悪の宗教の牙城にしていたという訳ではなさそうだ。
「場合によっては、その必要もあるかと思っていましたが……例えば、恐ろしい闇の儀式が行われているとかね。村の方々は、教会と聖女様のことを恐ろしいもののように考えているみたいですが、どうやら誤解のようですね」
「いいえ。村の人間の考えが正しいわ。あたしは、恐ろしい存在よ」
聖女はそう言って笑った。僕は首を傾げた。
「僕にはとても、聖女様が恐ろしい方だとは思えませんが……」
「やめてよ、"聖女様”なんて。半屍の聖女・ヘル……私の呼び名なんて、それで充分」
「……“ハンシ”とは、いったいどういう意味なのです?」
「村の人間は誰も教えてくれなかったの? 体の半分が屍みたいだから、半屍の聖女ってわけ……洒落が効いているでしょう? この死人みたいに腐った肌の色が、忌まわしい渾名の由来よ」
そう吐き捨てるように言うと、聖女は立ち上がって修道服を脱ぎ、肌着だけの姿になった。
「……ネクローシス。壊死、ですね」
白い肌とコントラストをなすように、彼女の右腕と右脚は、肩から指の先、太腿から爪先にいたるまでびっしりと、夥しい黒紫の斑点に覆われていた。
ヘル。大陸北部の神話に出てくる、体の半分が死者で半分が生者の肉体を持つとされている、地獄と同じ名を背負った冥界の女王。
彼女の痛々しい姿は、確かにそれを連想させる。
しかし、変だ。これだけ壊死が進んでいれば、こんな風に動かすことなど不可能。それどころか、切断しなければ生命の維持すら難しいだろう。
「なぜ、腐った肉体を保持したまま生きていられるのです? それに、貴女は百年も前からここに棲んでいると聞きました。その右の手足以外は、どう見積もっても二十歳前後のそれです。聖女様は一体……」
半屍の聖女は、手袋を嵌め修道服を着込み肌を覆うと、悲しそうに微笑んだ。
「あたしが生きていられる理由はね……死ねない呪いに罹っているからよ」




