雨に濡れたもの
翌朝、ヴァッハフォイアー辺境伯のところから早馬で手紙が届いた。曰く「商業ギルド、領内の貴族ともに反応は良好。予算案は問題なく通過する見込み。そちらも万事準備を整えておいていただきたし」。この世界に来て初めて順調に物事が進んでいる気がする。
「よし。あとはこの地図を基に優先度の高い地区を色分けして、回収の順路を……排出される屎尿の量から回収頻度も考えて……」
僕はあれこれ考えつつ、進捗度を共有するために集会所に向かった。
「――ということですので、辺境伯領での屎尿回収事業について急ピッチで準備を整える必要があります。差し当たって、移送してきた屎尿の受け入れ体制を整えましょう」
肥料は年中撒くものではないし、そのまま撒けば良いという訳でもない。適切な時期まで、適切な方法で保管しておく必要がある。
そして臭いが伴う物質なので、その保管場所や保管方法にも気を遣う必要がある。
「回収した屎尿は一旦、一ヶ所に集めて熟成させます。川の水を汚染することがないよう、井戸や水辺からは出来る限り離れたところに貯蔵しましょう。感染症の原因になりかねませんからね。また、なるべく人家の風上にならない場所が好ましいですね」
「なるほど……この村は用水路が多いですから、肥料の貯蔵場所も限られてくるかと思われます。人家を避けるとなると、さらに範囲は絞られますが……如何いたしましょうか」
確かに。自分で言っておきながら、貯蔵に適した場所があまり思いつかない。山の麓か、森の奥……畑からの距離を考えると、現実的なのは件の教会の近くだろうか。
そうすると、馬車で直接貯蔵場所に屎尿を運び込むには、樹木が鬱蒼とし過ぎている。肥溜を作るのであれば、林道を整備して馬の通行に便利なようにしなくては。
警戒心の高い凍土羆は、前回の戦いで痛い目に遭ったことでしばらく山奥から出てこないだろう。
今がチャンスかもしれない。
「あの教会の近くなんて……」
僕が口に出すと、集会場に集まった農民たちから、はっきりとではないがNoの意思表示が見られた。
やはり一度、あのハンシの聖女が住むという教会を訪れる必要がある。そして話を聞いたうえ、反社会的な宗教の牙城であれば立ち退きの勧告、もしくは強制執行も已む無しだ。
「では、貯蔵場所の選定は僕にお任せ下さい。悪いようには致しません。皆さんは引き続き肥桶の製作をお願いします。もちろん、農作業の合間の余った時間に作業をしていただくだけで構いません。屎尿回収事業の報酬が得られ次第、肥桶製作に対する賃金はお支払い致しますのでご安心を……」
農民たちはその言葉に湧いた。労働に対して適切な報酬が支払われる。この鉄則が必ず守られるような村に変えていきたいものである。
「ドリさん、ネリさんはヴァッハフォイアー辺境伯領での業務内容についてお話がありますので、夕方頃うちの屋敷へ来ていただけますか? よければ、夕食もご一緒に」
僕は二人にそう告げて集会所をあとにした。そして、懸案事項が待ち構える森の奥へと向かった。
空模様は急激に怪しくなってきた。不安が凝結したような雨粒が、ぽつりと僕の鼻先に落ちてきた。
「雨だ……」
降り出してきてしまった。僕は急いで教会への道を駆けた。
目的の教会に着くと、それが異様な様相を呈していることに気がついた。木造の建物全体が、ボロボロに朽ちているのだ。
「……腐敗って、癒着とかじゃなくて文字通り教会の建物が腐ってるの?」
雨の中でも微かな腐臭を感じる。なるほど、みんなが近寄らない理由のひとつはこれか……そして、この腐敗した教会に棲むハンシの聖女というのは一体。
「ごめん下さい……誰かいらっしゃいますか?」
僕は意を決して教会の扉を推した。
教会堂の奥にはあのときの聖女が一人、天井から滴り漏れる雨に濡れながら、両手を組んで静かに何者かに祈りを捧げていた。




