はじめての渉外
早朝、僕は木炭をたらふく食べたバンに乗って、疾駆で辺境伯領へ向かった。
石炭でなくとも、十分に速度は出るようだ。昼前には、辺境伯領内に入ることができた。
「そうだ。もうそろそろ耕作も始まることだし……鋤と鍬、それに鎌も用意しておかないと」
戦争も終わったことだし、剣も槍の穂先も打ち直してしまえ。いざとなれば、農具で戦えないこともない。
辺境伯領にある有名な鍛冶屋に、佩いていた剣と懐に入れていた槍の穂先を農具にしてもらうように依頼した。受け取りは後日、ドリさんかネリさんに支払いを兼ねてしてもらうことにしておいた。
そのあとに辺境伯邸へ出向くと、辺境伯はどうやら領内の雑事に忙殺されている様子で、僕は応接室で半時間ほど待たされた。
「お待たせして申し訳ございません。いま、商業ギルドの長と緊急の会議がありまして……」
「こちらこそ、不躾にも連絡も無しに急に来てしまい申し訳ありません……何かあったのですか?」
詫びながら応接室に入ってきた辺境伯の顔には、疲れの色が見えた。
「それが……行商人から伝わった話なのですが、うちの領と取り引きのあるモコシの街で疫病流行の徴候があるようなのです。正確な情報は得られていないのですが……最近、我が領内でも衛生状態の悪化や汚臭は問題になっており、他国の商人や旅行者の入領の制限も検討していたのですよ。……案の定、商業ギルドの反対にあいましたがね。夕方にも引き続き、今度は領内の貴族を交えた会合があるのですが……」
辺境伯は椅子に深く腰掛けると、大きく溜息を吐いた。
「モコシで疫病が流行しているというのは、私も創薬の賢者・ホーエンハイム様から伺っておりました。どうやら戦争終結に伴う兵士の復員と経済活動の再開によって、大陸各地の都市部では衛生状態の急速な悪化が起こっているようです。今日は、その事について辺境伯にご相談があって参った次第です」
僕は意を得たりと、手提げ鞄に入れた資料を辺境伯に差し出した。
「実は、オステンヴォルケの財政は相当逼迫しておりまして……また痩せた農地を回復させる必要もあるのです。そこで我が領の公共事業として、衛生状態の悪化が顕著な都市部の屎尿回収を請け負うことで、その両方を解決しようという考えなのです。辺境伯領にとっても決して悪い話ではないかと思いますが、如何でしょうか」
辺境伯は食い入るように資料に目を通していた。そして読み終えると、大きく息を吸って微笑んだ。
「素晴らしい……ちょうど、衛生状態の改善のために屎尿の処理について何か対策を講じねばと考えていたところなのです。渡りに船とは、まさにこのこと。是非とも、オステンヴォルケ公にお願いしたい」
辺境伯との交渉は、想像以上に順調に進んだ。具体的な回収地域、頻度についてまで話が進んだところで、辺境伯は貴族と商業ギルドとの会議に出なければならない時刻となった。
「それでは具体的な報酬の金額については、後日……ドリとネリという双子の使者を向かわせますので、今後の交渉は彼等を通して行いましょう」
「ええ。こちらもできる限り早く予算を通しておきます。領内の貴族の間でも、多少高い報酬を支払ってでも早急に街の清掃をするべきだという意見が出ておりましたので、そう時間はかからないと思います」
僕は辺境伯と握手を交わし、辺境伯邸をあとにした。まだ日は傾きかけたばかりである。
「あっという間だったな……」
僕は辺境伯が好意で譲ってくれた幾許かの石炭をバンに与え、往路よりも早く、オステンヴォルケへ帰還した。




