四つの作物
「ひとつはオリーゼと呼ばれる、イグドラシル大森林からもたらされ、ハーマキャで育てられている稲に似た作物です。寒さに強い種類ですので、おそらくこの土地の気候でも豊作を期待できます」
「ハーマキャにそんなええ作物があったのですか……」
「ええ。この種は賢者・ホーエンハイム様から譲って頂いたのですが……この土地はハーマキャとは、交流はないのですね」
「ええ。あそこは、深い森に閉ざされたところですので、人の往き来は全くありませんで……」
「なるほど……でしたら折を見て交流を図りたいですね。大陸南部が原産と言われている稲の原種を、ここよりもさらに寒冷な土地で栽培可能にさせている程です……きっと、育種に関する知識を持つ優秀な指導者がいらっしゃるのでしょう」
「稲作の北限は、丁度このオステンヴォルケあたりだと言われています。このオリーゼという作物が、本当にハーマキャの地で豊かな実りを結んでいるとしたら、奇跡的な発見です」
クーボー先生が研究者らしい見解を述べる。僕も同感だ。
「稲は甘藍などに比べ、必要とする肥料が少ないという利点もあります。それに、この土地には豊富な雪解け水が注いでいますので、水耕栽培が可能です。質の良い水が、きっと良い稲を育ててくれます」
「稲が実るとしたら、子どものとき以来だなぁ。生きてるうちに、また、黄金色に輝く畑を見られるかもしれないのか」
僕の言葉に、老人たちの声が明るくなった。秋の夕暮れ、黄金色に染まる田畑の風景。高まる。
「ええ……そう願うばかりです」
「実現させてみせましょう。私も微力ながら作物の研究者の端くれとして、全力で公爵のお力添えを致します」
クーボー先生も、気合の入り方が違う。
「心強いです。私の専門は肥料の合成ですので、御互いに知識を補完していきましょう……ふたつ目の作物は、ソイソイと呼ばれる豆です。豆は帝国ではほとんど栽培されることがありませんが、大陸の東端にある華という国ではとてもポピュラーな作物です。収穫量が見込めるだけでなく、痩せた土地を肥やす働きを持っています」
「作物は、土から栄養を貰って育つのですよね? どうして、豆を育てると土が肥えるのですか?」
老人のひとりから、そう質問が飛んだ。
「良い質問です。確かに作物は土から栄養を吸収して成長します。そしてこの栄養が不足すると、土地が痩せていきます。ですが、数ある植物の中で豆だけは根に宿る極小さな生物……精霊の様なものだと思ってください。それが豆が成長に使うよりも多くの栄養を土に与えるのです。そのため、豆を栽培したあとの土地では、土が肥えるのです」
「そんな魔法みたいな植物が……」
「自然界でこの土を肥やす栄養を作り出せるのは、豆の他には稲妻しかありません。ですから、鉱物由来の肥料を購入する財源がないこの土地では、この豆の栽培を推奨したいと考えています。クーボー先生と相談の上、特に痩せている土地ではこのソイソイの栽培を試みようと思います」
村人から感嘆の声が漏れる。豆の窒素固定能力は、積極的に活用していこう。
「最後は、これも寒冷なこの土地に適した作物で、皆さんにも馴染の深い馬鈴薯です……が、これに関して懸念があると聞きました」
僕がそう促すと、老人のひとりが続きを引き取った。
「はい……去年の冬から、この土地の南の畑の馬鈴薯がよく枯れておりまして。今年はさらに深刻な不作なのです。これがその馬鈴薯なんですが」
村人が差し出した馬鈴薯は黒く枯れていた。
「クーボー先生、これは……」
「ええ。15年前の飢饉のときと同じです。このまま馬鈴薯の生産を続けていては、いずれまた深刻な飢饉に襲われることになるでしょう」
「連作障害……馬鈴薯の疫病ですね恐らくこの土地の南部の畑は、既に汚染されてしまっている」
「はい。この土地では、いまだに食料の約7割を馬鈴薯に頼っています。なかなか踏ん切りがつきませんでしたが……」
「少なくとも今後数年は、南の畑、およびその周辺での馬鈴薯の栽培は控えましょう。いま畑に残っている分は……厳しい処置だとは思いますが、掘り起こして焼却しましょう。一度、病原を完全に叩かなくてはなりません」
この閉鎖的な土地では、恐らく馬鈴薯は全て同じ種類、同じ遺伝子を持つものだろう。一度病気が蔓延すれば、全滅もあり得る。
「仕方ないことです。受け入れましょう……」
「ですが、馬鈴薯の茎を焼いて出来た灰も、土の質を向上させるのに役立ちます。南の畑では、馬鈴薯以外の作物を育てることにしましょう。他の種類の作物なら、病気が伝染るリスクはありませんから。そして新たに育てる馬鈴薯は、別の土地から入手した種芋を使用することにします」
こうしてオステンヴォルケでは、稲、豆、甘藍、馬鈴薯の四つの作物を中心に、作付けが行われることが決まった。




