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異世界農楽集  作者: 夢忌無意味
第二章 土に生きる人々
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農民の反乱


 ジャガイモの伝染病による飢饉。前に居た世界でも、歴史上の重大事件として名前の挙がる出来事だ。同一の種芋を利用している場合、一か所で病気が発生するとすぐに地域全土に蔓延してしまい、被害は取り返しのつかない規模にまで拡大する。


「私は絶望的な気分になりました。昨年の備蓄で一冬越すことができたとしても、次の年には間違いなく農民の三分の一が餓死するだろうということは、容易に想像がつきました。旧公爵はそれでも、帝都へ作物を輸出することを止めようとはしませんでした。このときになって始めて、農民たちは私の言葉に耳を傾けるようになったのです」

 全てが遅すぎた。クーボーは言外にそう語っているようだった。


「このような事態を招いたのは、私の責任です。私は神に祈りました。出世も地位も名誉もいりません。命が続く限りこの土地に尽くしますから、どうかこの悪夢のような事態を収めて下さい、とね。」


「その夜でした。この村の外れの森に、誰からも忘れ去られた桜の木が一本ひっそりと生えているのですが、私は操られたようにそこに辿り着いたのです。私がまだ子供だった頃、この土地では稲を育てていたのですが、その桜はちょうど種を撒く時期を教えてくれるように咲くものですから、種まき桜と呼ばれていました」

 それを聞いて、僕はすぐに夢の中でフェロニアが言っていた桜のことに思い至った。


「心の赴くままにその種まき桜の前に跪いて祈ると、囁くような声が聞こえました。私は神が何かを伝えようとしているのではないかと思い、必死でその声を聴こうとしました」

 感動か恐怖か、クーボーの声は微かに震え始めた。


「声は私にこう命じました。“公爵を帝国の反逆者に仕立て、土地から追い出しなさい。そして、村人が飢えない分だけを作りなさい。いつか、この土地に救世主が現れます。それまで、土地からその力を奪うことは控えなさい”と……」 

「それでは、旧公爵が反乱を起こしたというのは……」

 僕が帝都に居た時に聞いていた話は、仕立て上げられた偽の歴史だったというわけか。


「ええ。今日帝都で知られている歴史は、私と農民たちが仕立て上げ、宮廷を巻き込んだ壮大な謀だったというわけです。皇帝陛下やその側近の方々は、事実を知っておいでですがね。全ては恐いほど上手くいきました。横暴な振る舞いが目立っていたマウルドレッシャー旧公爵は、宮廷内や他の土地の領主からも危険視されていましたからね」

 フェロニアが言っていた土地の有力者とは、クーボーだった訳だ。女神様も、残酷な使命を彼に与えたものだ。


「……マウルドレッシャー旧公爵は、一族揃って皇帝直属の精鋭部隊に捕えられ、農民たちの手によって広場で処刑されました。十年続いた農民と土地に対する過剰な搾取は、ようやく終わりました」

 そこまで語って、クーボーはほっと息を吐いた。


「しかし、旧公爵の血を土に撒いたところで、土地の生産力が戻るものでもありません。男達は金を生まない土地を捨て、生活のために戦争に出るか、出稼ぎに他の国へと出ていきました」

 がらんとした荒れ地を見詰めるクーボーの虚ろな目には、かつての賑わいに溢れた農地が映っているかのようだった。


「村に残ったのは、この通り年寄りと女性や子ども達だけでございます……私が、この土地を不毛の地にしてしまったのです。誰一人飢えることなく冬を過ごせるようにと持ち込んだ野菜の種が、皮肉にもこの土地を取り返しのつかない程、痩せさせてしまったのです」

「……そうだったのですか」


「私は残りの生涯をかけて、この土地を、せめて昔の水準まで甦らせるつもりです。それが私にできる償いであり、私が農の道を志したきっかけ……この地の人が、誰一人飢えに苦しむことがないようにという、切実な願いなのです」

 人間の欲は、多くの人を苦しめる。公爵の強欲は、土地と農民を疲弊させた。尊い志を持った一人の学者は、罪の意識に苛まれている。


 それは、強欲な公爵の血を以てしても、到底購いようがないほど重い負債だ。


 病巣を取り除いたからといって、四肢末端に広がった病毒は簡単に消し去ることはできない。この土地の病は、非常に根深いようである。


「公爵殿……貴方には私がどれだけ願っても得られなかった才能があります。貴方が学位を取得した論文……応用魔術による肥料の合成は、この死んでしまった土地を甦らせる可能性を持った、数少ない希望なのです。どうかこの年老いた農夫の、最後の願いを叶える手伝いをしていただけないでしょうか」


 荒れ地の真ん中に立った一人の老人は、そう言って深々と頭を下げた。


 まだ冷たい春先の風が、心の柔らかい部分に吹き付けて、冷たい露を結んだような感じがした。


 僕は、いつかの日の自分を見せられている気がして、苦しくなった。


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