飢餓と貧困
「クーボーさん……いや、クーボー先生。私には、貴方の苦しみが少しだけ分かるかもしれません。私も、人を幸せにすることを願って開発した魔法によって、多くの人を不幸の涯へと追いやってしまったのですから」
「……着想も技術も魔法も、残念ながら開発した当人が望んだ通りには使用されないものです……技術の悪用は、悪用した者の罪でしかない。そう割り切ることができれば、楽なのかもしれません……ですが、私も、公爵殿も、どうやら簡単には楽になれないようだ」
「ええ……私は、その罪を償うために……いえ、罪の意識から逃げるためかもしれません……そのために、この東の果ての土地までやってきたのです」
僕はこの土地で、自分の魔法を、人を幸せにするためだけに使う。そんな日々を望む。
「しかし、私の論文にある魔法には、重大な欠点があります。空気中の窒素を、固定化する魔法……つまり三重結合で非常に安定した窒素を、他の物質と化合させる魔法は、あまりにも高度かつ複雑なので、現状私以外使うことができる人間がいない……その私も、健康上の事情で、いまはほとんど魔法が使えないのです」
「ええ……あれは公爵殿の持つ特殊な魔術の才能に依るものです。宮廷魔術師の中には再現可能な者もいたようですが、それも極々小規模だったとか。公爵殿は、お身体がどこかお悪いのですか?」
僕はクーボーの問いに「ええ、戦地で少し」と言葉を濁した。
「話を戻しますが……理論と実用化は全く異なるものですからね。宮廷魔術師クラスの魔法使いでも、せいぜい家庭菜園を維持する程度が関の山でしょう。ですから、魔法が簡略化できるまでの間は、通常の肥料を使用して土地の生産力を回復させたいと考えています」
「しかし、肥料の原料となる硝石はこの土地では産出されておりません上に、他国からグアノ――海鳥の糞が固まってできた石――などを購入する財源も……」
クーボー博士は、オステンヴォルケの財政が既にそこを尽きかけ、破綻寸前であることを僕に語った。
孤児院や学校、病院といった必要最低限の公共施設もまともに機能していなければ、郵便局や商業ギルド、冒険者ギルドなど生活や経済を支える拠点も存在しない。
領民は僅かな恵みを生み出す畑のみを頼りに、冷害が連れてくる飢えに怯えながら生きている。
「農地と財政。両方が限界なのです。農民から税を取ることは、当然できません。しかし、この地には売れるものとてないのです……」
飢餓と貧困。それこそが、この土地を衰退させる呪いなのだ。
「石炭が採れるという話を耳にしたのですが、急場をしのぐためにも採掘権を売るというのは如何でしょう?」
「もしこの土地に、炭坑夫に充分な食事を出せる宿があればそれも良いでしょうが……それに別の問題もあります。炭坑は長い間放置されていたので、今は魔物の巣窟となり果てております。採掘権を売って得た金でまず冒険者を雇い、魔物の掃討をせねばなりません。それで収支は0に……いえ、マイナスになる可能性すらあります」
「買えるものも、売れるものもなし。経済から完全に隔離されてしまっていますね」
問題が新たな問題を生み、底なし沼のようにこの土地を赤貧の淵へと突き落とす。
「何か、良い知恵はないでしょうか……財源と農地を共に回復させる、起死回生の一手は……」
「……ひとつだけ、良い考えがあります」
都市に流出した土地の栄養をこの村に戻す、たったひとつの冴えたやりかたが。




