最終話
「夜会はこりごりですわぁ……」
自室に戻ると、ドレスが皺になるのも気にする事なく、巫女は寝台にダイブなさいました。
そうとうお疲れのようで、うつ伏せたままぐったりとなさっておいでの様は、正に死んだ魚のようです。
指一本動かしたくないようでしたが、扉をノックする音にのそのそと起き上がられます。
その表情は「疲れてるんだから放っておいてくれ」というのが、存分に見てとれます。
「どなたですか?」
寝台から這い出ると、素足のままゆっくりと扉に近付きます。
「巫女様。お湯浴みはいかがですか? その後、マッサージをされたら疲れも緩和されるかと……」
巫女付きの侍女が扉越しに伝えた内容に、巫女が笑顔で扉を開けられたのは言うまでもありませんでした。
それからは、巫女にとって至福の一時でした。
普段は一人で入浴するのですが、今回はマッサージ師侍女マサ子さんの希望で、入浴後血行のよい状態で直ぐにマッサージをしたいので、湯浴みから付き添いたいと願われたのです。
いつもならば、決して頷きはしないのですが、体を洗う気力も尽きていた巫女は素直にその身を任せたのでした。
その時のマサ子さんときましたら、浴室の熱気で顔を赤くしていたのか、巫女の裸身に興奮していたのか分かりませんが、鼻血を出されていたのを別の侍女が目撃しております。
『今後、奴を裸の巫女様の側には近付けない。絶対にだ』
巫女様付きの侍女達は固く心に誓ったとか。
そんなこんなで、マッサージのおかげで体の疲れが緩和された巫女は、寝台で心地よく微睡まれていらっしゃいます。
「明日からは違う方法で婚カツしましょう」
一人言を呟いていると、ノックもなしに扉が開かれました。
巫女の部屋にノックもなしに入ることが出来るのは、ただ一人。
「起きているか? 巫女」
ディー王子でした。
ディー王子は男性用のゆったりとした寝間着姿でいらっしゃいます。彼も既に寝支度が整っておいでの様子。
「ディー様。何かおありですか?」
上掛けを捲り、寝台から起き上がろうとする巫女をディー王子は制します。
そして、そのまま巫女の上に覆い被さりました。
「ディー……様?」
王子の突然の行動に戸惑う巫女を他所に、王子は巫女の顔の脇に両の手をつきます。
これはアレです!
俗にいう『ベッドん』です! ベッド足すドンでベッドん。安直な! なんという安直なネーミング!
ですが、そんな地の文をも華麗に無視して王子は巫女を真剣に見つめておられます。
「ミコ、お前が好きだ。俺と結婚してくれ」
な、なんと……。
なんという事でしょう!? 王子は愛の告白かーらーの、プロポーズをされました。
「ディー……様?」
巫女も戸惑ったまま、ベッドんする王子を見上げています。
「ミコは人混みが苦手なんだろう? 今日の夜会で婚カツは懲りただろ?」
「え……っと、明日からはお茶会を開こうかと……」
「茶会なんぞ開く宛なんてあるのか?」
「……ありません」
王子の言葉に巫女はがっくりと項垂れます。寝台に寝ているので、項垂れられませんが。心境的にはそのような感じでしょう。
「お、お見合い! お見合いがありますわ!」
閃いた、な表情で巫女が言われると「何人と会うつもりかは知らないが、今から一から相手を知っていくのは骨が折れるぞ」と、またしても王子に一刀両断されます。
「そ、それは……そうですが」
王子は真剣な眼差しで巫女に問いかけます。
「巫女の夢をもう一度言ってくれ」
その言葉に、巫女も昔語った夢を語ります。
「お金持ちの殿方と結婚して、子供を生み育てて、たまに仕事もさせてもらって――……それから」
「ミコの理想に、俺が合致しないか?」
ふんわりと微笑みながら言われて、巫女は目が点になります。
「金には心配しなくていい。国庫に手を着けないで済む程度には、貯金はあるからな」
幼い頃から今まで、巫女と共に男神様の神託によって、王子はかなり稼いでおられたのを思い出します。
「仕事をするのであれば、王太子妃の仕事は遣り甲斐があるぞ。外交を良くしていく為に他国にも行くから新しい知識も手に入る。前世ではきゃりあうーまん……とやらだったのだろう? ミコにはぴったりだと思う」
これには、「たまに働きたいだけなんです」とは言えない雰囲気です。
「お前との子供ならば俺もほしい。きっと可愛いだろうな」
頬を緩ませながら言う王子は、幸せそうです。
「何よりも誰よりも長くミコと一緒だった俺なら、今から関係を作るよりは楽だろう? 俺になら、気兼ねしなくていい」
王子の言葉は全て巫女の理想でした。一部は除きますが。
巫女は瞼を閉じて、幼少期から今までの思い出を振り返ります。
そのどれもが、ディー王子と作り上げた大切な思い出です。
きっと、そういう事なのでしょう――。
「私も、ディー様をお慕いしていたみたいです」
巫女の言葉に、王子は輝かんばかりの笑顔を返されます。
「そんな事、昔から知っている」
そう言って、巫女の唇に自身の唇を重ねるのでした。
こうして、巫女はその夜巫女の資格を失い、王太子の婚約者としてのミコとなったのでした。
ディー王太子とミコの婚約は、王宮勤めの女官から国中の人々にまで多くの人々に喜ばれたのは言うまでもありません。
王宮の女官達は、お二人の婚約を知ると、町までお赤飯に似た料理を食べに行ったのでした。
男神様の一言
「一姫二太郎三茄子だな」
※なすびは関係ありません。