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第8話 打算

 イニシラでの駆け出し冒険者としての生活を始めて五日が経過した。其れなりに慣れたものだ。

 もっぱら、手を付けているのが討伐任務ばかり故というのはあるかもしれない。日常に新しい刺激を──といった事は無い。クエストボードを眺めて、比較的実入りの良い狩猟依頼を受領する。荷車を借りて森へ行く。討伐をして、荷車に乗せて帰って来る。

 丁度、任務に向かうだろうパーティが町から出て行くのを見かけた。五人組──揃いの布を腕に腕に巻いているのと、最後尾を剣士が一人。臨時メンバーだろうか? 偶々方面やタイミングが被っただけのソロかもしれないが、往く彼らが何とはなしに気になった。


 ギルドへ帰ってきたら、討伐した獲物をカウンターで納品する。


「主人から聞いていますよ。貴方がイェゴールさんですね」


 見ない顔だ。セイナさんではなかった。当然と言えば当然か。毎日毎日休みなく少女一人でギルドの受付嬢を回している筈もない。


「はい……」


 主人? 誰かの奥方か。誰だろうか? ──しかし美人だ。スタイルも良い。たわわがカウンターに乗っかっており、目のやり場に困る。吸い込まれそうな視線を無理くりカウンターの奥へやれば、ランディーさんが居た。彼と目が逢う。


「そうか……ランディーさんの」


「ええ。主人がお世話になっています」


「とんでもない。己(おれ)の方がご迷惑をおかけして……」


 ヘコヘコと頭を下げていると、裏から当の夫がやって来た。


「よぉ! イェゴール。相変わらず勤勉だな! にしても立て続けに任務完遂か。体力あるなァ」


「ギルドガードの方々には敵いませんよ」


「謙遜すんなって。聞いてるぜ? 夜更けに半裸で剣振ってんだろ? 鍛錬も良いが、しっかり休めよ?」


「半裸では……」


 どうにも尾鰭がついてしまっている様だ。流石にインナーは着ている。そして、そんな事をしている理由だが──任務に出た日や狩猟をした日も、此の土地に来てから変わらずどうにも寝付けない夜が多い。「枕が変わると眠れない~……」なぞと繊細な訳ではないつもりでいたが、不慣れな土地でか……眠りが浅く中途覚醒を起こしたり、そもそも寝就くのに時間がかかったりという事が多くある。そんな日は部屋を出て、ギルドの裏で素振りをするのだ。此れがなかなかに効果がある。やはり素振り……身体を動かせば全ては解決する。


「っと、んな事はどうでも良い。紹介するぜ。妻のエレノアだ」


「改めまして、エレノア・ディキンソンです」


「イェゴール・マシラウです」


「美人だからって手ェ出すなよ! じゃあな、路銀稼ぎ頑張れよ」


 裏へと引っ込んだランディーさんだが、彼と目が合う。そして、自身の両目に指を立てて、こちらの目に向けてきた。「見てるからな!」といったところか。確かに美人だが、流石に人妻に手を出す度胸は持ち合わせていない。


「今回のシルバフォックス討伐依頼のご精算ですが……」


 荷車に掛けていた覆い布を外して見てもらう。


「二十八匹ある筈です」


 魔獣は、土地から溢れる魔力が生き物として形成されたものであり、狩り尽くしたところで、自然とまた発生する。其のくせ、やたらに好戦的で野獣を襲ったり、人里に危害を加えたりする──有り体に言えば害獣である。狩って狩り過ぎるという事は無い。故に山の様に狩って来た訳だ。


「まぁ……! あなた~……」

「どうしたァ!?」


 エレノアさんが呼べば、驚くべき速度でランディーさんがやって来た。


「イェゴールさんの獲物なのだけど……これ、初めて見る状態で持ち込まれて……」


「はぁ……こりゃまた……どうなってんだ?」


「魔法で凍結させました」


 彼らは直方体の氷塊に閉じ込められたシルバフォックスを物珍しそうに見つめている。シルバフォックスは毛皮が主に衣料品等に使われる。であれば、なるべく外傷を少なく持って帰れば多少高く買い取ってもらえないかという打算からであった。

 食べるかは知らない──アチバセのメニューには無かったが、肉の鮮度も良いだろう。ゼムリヤの漁師町ではよく見た手法──取り分け魚類等を凍結させるそれを真似したつもりだったが、此処ではあまりやらないらしい。


「解凍させましょうか?」


「いや! 良い。結構だ! 何もするな!」


「さいですか……」


 毛皮の汚損が少なければ高くで買い取ってもらえたりしないか──? と聞きたい気持ちはあったが、厚かましいように思えて言い出せなかった。


「にしても、氷結魔法を操るコイツらを逆に氷結させて持って帰って来るとはね……いや、待てよ? もしかして生きてるか?」


「いいえ。仔細は省きますが、死んでいます」


 シルバフォックスが持つ氷結の術理を無理くり引き出し続けて魔力枯渇に陥らせた。魔獣は魔力を失うと通常の動物と同じように呼吸が出来なければ死に至る。数時間無呼吸で固着したので、つまるところ締めた状態という訳である。


「ねぇ、あなた? こんなに状態の良いシルバフォックスなら追加で報酬を出してあげるべきじゃないかしら?」


「そうなんだがなぁ……俺の一存では何とも……旦那は今日居ねぇからな」


「マスター、明日は来られるはずよね?」


「ああ。なぁイェゴールよ」


「はい」


「報酬の清算、一日待ってもらっても良いか? 確約は出来ねぇけど、一匹1.5シルバのとこ色付けてやれるかもしれん。期待はするなよ? ギルドマスターの判断次第だ」


「よしなにお願いします。では、此奴らはどうしましょうか?」


「あぁ~……そうだな。布掛けて裏の倉庫の横に停めといてくれ。外なら溶けねぇだろ」


「承知しました──」


 シルバフォックス二十八匹の納品という形で誓約書にサインを交わしてから、言われた通りに布で隠した荷台を裏へと置いた。


 ◇◆◇◆


「では、行ってらっしゃいませ」


 陽が未だ高かったこともあり、追加で任務を受けた。

 薬草の調達──Fランクの簡単な依頼を選んだ。シルバフォックスが一匹1.5シルバ。二十八匹で42シルバ──ギルドマスター殿の裁量次第だがもう少し貰える筈と、路銀稼ぎ終結の目処は立った。なので、暇つぶし半分、土地勘把握半分といった具合で受注した。

 ──というのも、狩猟でノストの森へは幾度か足を運んだが、他の方面はさっぱり分からない。

 以前一度行った薪備蓄倉庫を超えた先に群生しているというナタル草を収穫する。ついでに、其方側も散歩をしようと思った次第であった。


 一時間余り歩けば、それらしい開けた場所に出た。削り立った無骨な岩壁が左右から迫り出し、其の谷底を澄んだ川が奔流となって抜けていく小さな渓谷であった。

 上空を仰げば、切り立った岩の隙間から細長く切り取られた曇り空が覗いている。削られた岩肌には雪が張り付き、氷柱が陽光を反射して眩い光を放っていた。川のせせらぎと、時折岩にぶつかる飛沫の音だけが静かに響く、静謐な場所だ。

 水辺の岩場に近付いて視線を落とせば、湿った苔と薄氷の隙間に一際目を引く赤紫が見受けられた。

 ──ナタル草。


 極寒の地でありながら枯れることなく、目立つ赤紫色の葉を広げている。葉の表面には微細な産毛が生えており、川の飛沫を丸い水滴となって弾いていた。切り傷の止血や感染症予防の軟膏に使われるとギルドの依頼書にはあったが、成程。過酷な環境で逞しく生い茂る姿は生命力の強さを感じさせる。


 己は身を屈め、取り過ぎない程度に──依頼書の通りの分量を引き抜き集めた。水気を軽く払い、腰の麻袋へと納めていく作業を繰り返す。野外生存訓練を思わせる地道な作業だが、川のせせらぎを聞きながらの単純作業は、さほど苦にはならなかった。


「…………」


 収穫を終えた己は、岩場に腰を下ろして、只々川の流れを眺めた。何をするでもない。冷たそうな水を眺める。時折、魚影がすいっと駆け抜けていくのを目で追ったりもしたが、それくらい。何とはなしに自然の中で過ごす。

 清流の流れを耳で感じる。深呼吸をすれば、冷たい空気が肺に満ちる。其れが心地良い。目と鼻、耳で、此の孤独を楽しむ。


 数分程、そうしていた折だった。違和感を覚える。

 水流の音に混じり、突如として耳腔を打つ異質な音があった。思わず、己は其方へ耳を傾ける。


 ──刃物が空気を薙ぐ様な、重苦しく鋭い風切り音。続いて、微小な地鳴りと、遠く弾け飛ぶ岩石の破壊音。


(戦闘か──)


 即座に岩場から立ち上がり、気配のする方向──渓谷の更に上流、風上へと意識を向ける。焦点を結ばぬ視覚技術でもって空間を捉えれば、上空の空気が異様な密度で歪んでいるのが分かった。刃の如き風魔術が、暴風となって吹き荒れている。

 木々をなぎ倒す音。金属が噛み合う悲痛な激突音。そして戦士達の怒号と叫び。


 気付けば己は、音のする方へと駆け出していた。


 駆ける──疾駆する──。


 剣士の基本技術たる運足。流派を違えど、最終的に行う事は同じくする──魔力を全身へと巡らせ、膂力を高めることで運動性能を高める。此れに尽きる。

 足捌きのみならず、同じ要領でもって腕力を高めれば岩を砕き、鉄を裂く。此の技術が体系化されているが故に、軍人や冒険者といった戦闘職の肉体労働者──取り分け剣士が世界的に幅を利かせている。

 魔術師の役割は主に二つ。治癒魔術・解毒魔術といった回復での前衛職の支援。そして遠距離の内に数を減らしたり、過剰火力による面制圧であったりといった攻撃面の役割とがある。

 あるいは自分の様に剣技に魔法を乗せるだとかが出来れば前線を張る事もあるだろう。──と、考えていたものだが、此の地で流行しているらしいインヴォークメソッドであれば詠唱時間という決定的な隙を減らして前線に参加しているのかもしれない。


 爆裂音がする。炎魔法だろう──戦場は近い。


 時速50キルク超で崖を駆け上がった先で目にしたものは──暴れ狂う巨躯。白銀と碧緑の毛並みを逆立て、背に風の刃を揺らめかせる巨大な狼。


(魔獣か──)


 其の巨大な前脚の一撃が大盾を構えた重装の戦士を岩壁へと易々弾き飛ばす。後方に控える術士らしき者が必死に唱える詠唱も、荒れ狂う風の咆哮にかき消され、発動の兆しすら見せない。

 剣士が三名──果敢に突撃するが、羽虫の如く蹴散らされる。


(……見た顔に思うが)


 戦線の崩壊は目前であった。だというのに、己の思考は嫌に冷静だった。部外者故だろうか? まるで緊張感を抱くことが出来ない。だが、身体は確と戦闘状態にある。


 倒れ伏す重装の戦士に、白銀の巨躯が追撃の爪を振り上げる。空気が激しく削られ、可視化された風の刃が死の宣告が如く鎌首を擡げた。


「ずぇいッ!」


 空気を蹴り出す。文字通り──魔術で固定化した空を蹴り駆けた。魔力を脚部の筋繊維へ高密度で巡らせる。


 ドパンッ──!!


 空気の破裂するが速いか、血飛沫の上がるが速いか──己の抜刀術が狼の腕を切り落とした。


「ガロォオオオオン──!!」


 威嚇か、絶叫か、怒りか……其の声に何を乗せているのかは理解出来ないが、魔獣は吠え叫びながら退き、体制を立て直す。回復の魔術も扱えるのだろう。切断した前足は塞がり止血されている。


 間合いを取ったか──。であれば、と背後の戦士へ声をかける。


「動けるか?」


「あ、あぁ……何とかな」


 男は応えた。視線は敵影から外せないので彼の状況は分からないが、立ち上がろうとする気配は感じられた。存外と元気そうだ。


「魔術師の援護をしろ」


「えっ? あ……ああ」


 頼りにして良いのか分からない声を聞き流しながら、己は剣先をゆるりと躍らせる。獣は其れを認めている様子であった。動物は人間と異なり白目が見えず、何処を見ているのか分かりにくい事が多い。だが幸い、此奴は琥珀色の瞳に暗い瞳孔があり、視線らしいものを見て取れる。

 正構えで一歩前へ詰める。敵はじりりと距離を取る。得物を肩に担ぎ、構えを変える。続けて今度は平突き……と。さすれば、獣は其れに合わせるように間合いを取り直す。

 ──成程。知性が高いらしく、白銀の中で見失いそうな此の銀剣を確と危険として認め、更には距離感まで持ち合わせている様子。

 だが、其れは却って好都合であった。軍刀をゆっくりと回しながら、刀を担ぐ。鍔が後頭部に隠れる位置へ手をやり、全身で刀身を隠す様に構える。


「負けるかァ!」

「手ぇ出すな──!」


 しかし、己が動くよりも先に、両脇から剣士が二人飛び出した。

 一人は……嗚呼、ギルドガードの──誰だったか、事務所に詰めているのを見た記憶のある顔であった。


「ルァアアオッ!」


 猪突猛進飛び掛かった二人であったが、魔獣の咆哮により生じた暴風壁に阻まれてしまった。


(魔術か。其れも中々に厄介な──)


 立ち処に積雪を巻き上げ、小さな吹雪竜巻を創った。シルバフォックスの其れ等及びもつかない強大な魔力を有している。此れを突破しなければならないらしい。であれば判断を誤った。悠長に眺めていないで、意識が彼らに割かれた一瞬の隙に乗じて己も飛び込むべきであったか──。

 考えたとて、後の祭り。


 吹き荒れる暴風壁の前に、弾き飛ばされた剣士達が転がっている。魔獣は暴風の渦の中心で高らかに吠え、更なる大技を繰り出そうと牙を剥いていた。


(此れ以上悠長にはしていられそうもない……)


 吹き荒れる竜巻も塵界で経験した嵐と同じ。風魔術は突き詰めれば単なる魔力の指向性運動に過ぎない。中心で循環する魔力の結び目が重なる極小の隙間を見出す。

 己は息を深く吐き出し、軍刀の刀身へ最小限の魔力を滑らせる。敵の風魔力の波長を捉え、真逆の振動波を刀身から叩き付けるのだ。


 グッ、と地を蹴る。


「よせ! 今行ったら! 巻き込まれる──!」


 後ろで誰かが叫んだ声は切断された風音の中に消えた。

 暴風壁の只中に、軍刀の刺突を滑り込ませる。


 氷塊が砕け散るような炸裂音が一つ。雪を伴った竜巻は水飛沫を撒き散らして消失した。


「さあ──」


 扉は抉じ開けさせて貰った。真剣勝負と往こう。

 今度は間合いを開かせない。

 対手も理解している様子であった。今距離を取らんとすれば、其の隙を掬われる──と。


 己は左で鍔元を握る形へ持ち替え、半身に構える。やはり、刀身という脅威が見えない事は恐ろしいのだろう──大きな躯体から緊張が感じ取れた。だが、未だ此方の間合いではない。其の事もまた理解しているらしく、リーチの差で優位にあるといった様子で、此方の様子を探っている。


 先に痺れを切らして動いた方が死ぬ。体力と集中力の勝負──。


「……」


「グルルルルルル……」


 飄(ひょう)──とわざとらしい風さえ吹き抜ける。勿論、魔獣の起こした其れではなく、自然に吹き抜けた物。


「ッ!」


 先に動いたのは己。


 だが──。


 ズズン……。

 雪に体を沈めたのは巨大狼の方であった。

 当然の帰結。急所を一太刀──命を奪い取っただけの事。

 奴の間合い勘は優れていた。優れ過ぎていた。まるで剣技を納めた事が有るかの如き其れであった。故に、死んだ。


 チリリと左腕に僅かな痺れがあった。此の技は久々に実戦で使ったが、存外何とでもなるものだ。やはり武芸は実践してこそだなと考える。

 ”ハバキリ”──。鍔元を握り込んだ状態から、振るう最中に握力を調節することで柄の握る位置を手中で変更する。其の十数セルクの間合い差が勝敗を分けた。


 急所へ十セルク切り込めば生物は死ぬのだ。

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