第9話 闖入者
「お前ら、最近入った新人知ってるか?」
何が出るでもない平和な雪道──、話題を振ったのはギルドガードのラルバード・ミルンであった。この一行、Bランクパーティ「アイアンウェッジ」──と親しい関係ではない部外者は居心地が悪く、雑談で親睦を少しでも深めておこうかと考えたのだった。
何故冒険者の勝手を咎める抑止力であるギルドガードが、アイアンウェッジという町一番のパーティと共に居るのかと言えば、単に仕事。ギルド直属の緊急依頼──「ウィンドバリオス討伐任務」という事で助っ人として、元上位冒険者であったギルドガードが駆り出された次第で合った。
「新人ン?」
この田舎町イニシラで、わざわざ冒険者に等なろうとするのは余程の物好きだ。自分も、その物好き筆頭なのだが──と、パーティリーダーのジョリィン・ザンバリは内心に苦笑する。
「アレじゃない? この前アレク達と帰ってきた奴」
彼女の隣を歩く魔術師のリュック・ボノムが言った。
「あの自分は苦労人です──みたいな顔の奴ね。私ああいうのが一番嫌い」
「あぁ、何か居たな。ジロジロ見てきた男。癇に障るゼ」
同じく魔術師のニキータ・ベッソン、蜥蜴獣人のガルノスが悪い物でも食べたような表情で言う。
「そう言ってやるな」
大ぶりな甲冑を着込んだレスリン・サーモスは彼らを窘めた。
「何だ、会ったことあったのか。でな、ソイツが凄いスピードで依頼こなしてるらしいんだよ」
「凄いっつっても、Fランだろ? 雪掻きだか薬草採取だかセッセとご苦労な事さね」
ジョリィンが鼻で笑う。
「いや、それがそうでもないんだよ。Eの狩猟ばっかり行くんだ。ソロで」
「へぇ……?」
興味無さげであったジョリィンが視線をラルバードへやった。
「ソロのルーキー? そりゃまた何でだ」
「さぁ? 仲間が居ないんじゃない? よそ者なんでしょ」
「アレク達とは組まないのかな? 一緒に狩りして来たらしいじゃない」
「シャッハッハ! あんなガキのお守りするならソロで行くだろよい」
ガルノスは下品に噴き出したが、それを誰も否定はしなかった。
「元々冒険者だったから実力はあった……ってところじゃないの?」
「それが、ギルドの登録履歴に無かったらしいんだよ」
ニキータの推測をラルバードが否定する。
「冒険者台帳って世界共通なんでしょ?」
「そうさね。少なくとも三大国では共通──だから、アタイらが帝都へ行ってBランクなのは当然として、ゼムリヤへ行っても、サンクトへ行っても冒険者やるならBからさね」
リュックの問いにジョリィンが答えた。
「ああ。だから、彼は本当に新米冒険者だ」
「山篭りでもしてたのかァ?」
「非効率だ。武芸の達人になるまで戦場に出ず修行をするくらいなら、子供のころから兎狩りでもさせた方が余程身になると思う」
レスリンの言う事は尤もであった。この世界は実戦経験がものを言う。
「冒険者じゃなく猟師だったとかかしら? ゼムリヤは冒険者じゃない人も積極的に狩りをするそうじゃない」
「ゼムリヤじゃ一般人が龍を狩る~……なんて聞くな。んなワケあるかっつーの!」
「うかうかしてたら追い付かれるかもな。励めよ」
「当たり前さね。コレをきっちりこなしてAランク昇格への足掛かりにさせてもらうよ」
ゼムリヤ公国の一部地域のように龍が出るなどという事は無ければ、双星サンクト合衆国のように塵界と地続きでもないゾティーク帝国の中でもイニシラは比較的安全な地域である。
彼らBランクパーティの獲物は専らCランク。Bランクの魔獣が出れば一大事といった具合である。そこへ転がり込んだ、数年に一度あるかどうかというAランク魔獣ウィンドバリオスの討伐任務。これを完遂し、機会が少ないために昇格出来ていないだけで実力はAランク相当にある冒険者であると喧伝する事で、より町での地位を確かな物とするのがアイアンウェッジの狙いで合った。
◇◆◇◆
雑談を交わしながら進む内に、周囲の空気が急速に冷え込んでいく。
「地の利が向こうにある……気付かれてるね」
彼女らの上る丘の向こうに、獲物が居る──待ち構えている。異様な風切り音が鼓膜を揺らし始めていた。
「先制しよう。頼むよ、あんた達!」
コクと頷く魔術師二人。
「愚神に連なるは無垢なる魔性。輝ける雫は彼の美貌に求める」
「光輝の黄金、眩き光翼。欺瞞の舌が破滅を招く」
紡がれるは二重詠唱──。
「故にこそ、天穹より鷲が舞い降りた。悠久の杯は、永遠を纏いて今満ちる」
「たとえどれ程の赫怒に灼かれようとも、黒に染まりて天昇せしめん」
相反する二属性の上級魔術。
「ラヴィーヌ!」
「アインエッシェルング!」
巨大な氷塊が降り注ぐと同時、爆炎が広がる。
二重魔術が着弾した瞬間、炸裂音を上書きするように猛烈な暴風が巻き起こった。
大氷塊は嵐の刃に切り刻まれて粉々に砕け散り、大火は吹き荒れる暴風と雪とに混じり合って瞬時に鎮火する。残されたのは、熱と冷気が激突して発生した濃密な白煙──視界を遮る大量の水蒸気だけであった。
「そんなッ!?」
リュックが驚愕の声を上げる。
「想定以上だな──!」
リーダーのジョリィンが気合を入れ直し、突貫する。寸秒遅れてラルバード、レスリンが続いた。
「お前等も落ち着いたら続け! 無茶はすんなよ」
ガルノスは魔力の大半を使い切った二人へ声をかけてから三人の後を追った。
「ルルァアアアオオォォォォン!!」
白煙を鋭く切り裂いて、白銀と碧緑の巨躯が跳び出す。
「ヌオォオオオオ!」
十数ルクはある尋常ならざる巨体へ、レスリンが大盾を構え真正面から突撃した。
重厚な金属音が響き渡った。しかし物理法則とは無常なもので、どれ程彼が気力を振り絞ろうとも魔獣の体重は圧倒的である。拮抗する事が精一杯であった。
だが、その一瞬を狙って三剣士が切り込む──。
「シャアッ!」
「死ねぇッ!」
ガルノスの双剣とジョリィンの長剣、ラルバードの大剣が同時にウィンドバリオスの死角──首元と脇腹へと打ち込まれる。
だが、刃が肉に届くより速く、魔獣の毛並みから吹き出した高密度の風圧が三人を襲った。
鋼を叩いたかの様な手応えと共に、三人の攻撃は風の刃によってあっさりと逸らされる。
直後、体勢を崩した三人へ向けてウィンドバリオスがその巨躯を強引に捻り、巨大な尾を叩き付けた。
体勢を立て直す間隙すら与えられない。魔狼は獲物をガルノスと見据え飛び掛かる。
「インヴォーク・ソイル!」
「インヴォーク・ファイア!」
爆発が一つ、寒空の下谺する。
詠唱に要する時間が格段に短く済むインヴォークメソッドで放たれた攻撃魔術は狙い過たず巨大狼の鼻先で炸裂し、注意を手負いのガルノスから逸らす事に成功する。
「グルァ!!」
咆哮一発。不可視の刃が空気を切り裂き駆け抜ける。
「ヅァっ──!」
レスリンの盾が辛うじて魔術師二人を守る。
「愚神に連なるは──っく!」
再び杖を掲げて大魔術の発動を狙うニキータであったが、拭き荒ぶ疾風に妨害をされ、詠唱を紡ぎ上げることが出来ない。インヴォークメソッドではこの魔獣にダメージを与えることは難しい。あれは日常使いのための簡易魔術である。
「ガルルルァ!」
彼女を目掛け前足が振るわれる。決死の覚悟でレスリンが庇うも、巨漢は100キルグロ超だというのにボールのように弾き飛ばされ岩壁に叩き付けられた。
「レスリン!」
ジョリィン、手負いのガルノス、ラルバードが再度連携攻撃を試みるも、風を纏っての旋回突進は竜巻めいた防壁を成し、剣士を散らす。
そして、ウィンドバリオスは重装兵に迫ると、魔力を伴った前足を振り上げた。
(ここまでか……)
レスリンは死を悟りながらも、懸命に盾を強く握り込む。
ドパンッ──!!
駄目かと思われたはずなのに、「ずぇいッ!」という気声と共に、破裂音があった。そして、魔狼の前足がボドリと転がっていた。
(何が起きた……?)
レスリンは──否、六名は目を白黒させながら現れた闖入者へ視線をやった。誰だ──?
(コイツ、新人! 何しに来やがった──? いや、何をした?)
ラルバードは気が付いた。道中に話題に出した新米冒険者イェゴール・マシラウその人であると。ギルドで仕事をしているときに見かけた、ぼんやりと仄暗い面持ちとはまるで異なる──触れるもの全て須らく切り裂くかのような圧倒的闘気を纏っている。
「ガロォオオオオン──!!」
その覇気に気圧されたかの如く、ウィンドバリオスは距離を取って傷口の腕を舐め、止血を行う。
「動けるか?」
「あ、あぁ……何とかな」
レスリンも気付いた。この装い──見覚えがある。数日前に見かけた、件の新人冒険者であると。だが、何故ここに? 考えるのは後だ。驚きつつも立ち上がる力を振り絞る。
「魔術師の援護をしろ」
イェゴールは至って落ち着いた声色でレスリンへ指示を出す。
「えっ? あ……ああ」
やや当惑しつつレスリンもそれが賢明であると考え、仲間二人の方へと重い体に鞭を打ちながら向かう。ちらりと男へと視線をやれば、状況を理解していないのか得物を遊ばせていた。剣を構えてみたり、開いてみたり──有り体に言って隙を晒していると彼には思えた。
「負けるかァ!」
「手ぇ出すな──!」
仲間の二人──ジョリィンとラルバードが吠える。部外者に獲物を取られる事は沽券に係わる──そう、プライドに裏付けされた気勢の込められた時速100キルクに迫る高速剣。あれを受け止めるのは自分でも骨が折れる──とレスリンは感じる。
誰しもがリーダーとギルドガードの必勝剣で決着を確信した。──一人を除いて。
「ルァアアオッ!」
絶剣を振るう二剣士であったが、魔獣の咆哮により生じた暴風壁に阻まれ、上昇気流に巻き上げられた後、泥濘に叩き付けられた。
風の守りを固めながら魔獣は遠吠えを上げ、更なる魔力を練り上げている。
再び部隊に緊張が走る刹那、数秒遅れて男が地を蹴った。
「よせ! 今行ったら! 巻き込まれる──!」
そう叫んだのはリュックであった。魔術師故に、今発生している事象が魔獣の力由来であることを理解していた。多少腕が有ろうとも、一介の剣士がどうこう出来るものではない。
──はずだった。
男が魔風へ剣を突き立てた刹那、ピキシッ! と結晶が罅割れるような音がしたと同時、吹雪の壁が砕け散った。
方々から「なっ!?」、「は?」、「嘘……」と音が上がる。何が起きたのか──、彼が何をしたのか理解できない。否、正確には何をしたのかは分かっていた。魔法を切り崩した。風魔術で出来た防御結界を切り破った。そう表するのは簡単な話だが、先程彼が放った一撃は強靭な防壁を力で破砕する程の剛剣とは思えなかった。鋭く流麗な刺突ではあったが、リーダーやギルドガードを蹴散らすあの魔壁をたったの一突きで壊せるとは到底考えが及ばなかった。
魔術の類で相殺したならいざ知らず。だが、彼は魔術を詠唱することなくメソッドを口にすることもなかった。
彼ら彼女らの混乱する頭を冷ますかのように──高く舞い上がっていた積雪が溶けたそれだろうか? 驟雨が降り注いだ。
(は──? 何で──?)
(なんて顔してやがる……?)
それを起こした張本人、その筈の男は笑っていた。
笑う──そう。確かに人間一般に言えば、彼の表情は笑っていると表現するのが正しい筈ではある。歯を剥き、口角を上げている。
だが、それは人間のするそれよりも、獣に近いものだと、顔を上げた剣士達は感じた。
そして、とても不気味な笑みで言葉を溢した。
「さあ──」
一言。
さあ、何をするというのか? 何を提案したのか? 分からない。分からないが、彼の発した言葉は確かに風狼へと向けられる意志が乗っていると一同は確信できた。
獣は唸る。まるで、算段を崩されたことに腹を立てるように。しかし、怒りのままに飛び掛かるような真似は見せない。探っている。対峙するたった一人、矮小な二足歩行動物の動きを。
男は左手へ剣を持ち替える。正確には、この場の誰も彼が持ち替える瞬間を捉えられはしなかった。気が付けば、左構えを取っていたというのが正しい。
そして、徐に脇構えへと移った。
ガルノスとレスリンの手当てを終えた魔術師二人は彼の援護をしようかとも考えたが、魔力の枯渇で全身が鉛の様に重く、魔術を唱えんとする声が掠れるのを自覚した。
数秒前までの激しい暴風も、氷塊の砕ける轟音も嘘のように絶え、只しんと冷えた風だけが二人……否、一人と一匹の間を吹き抜けていく。
(見たことない構えだね……)
泥を噛みながら倒れ伏すジョリィンは、目を見開いて男の背中を睨みつけていた。
イェゴールは左手で軍刀の鍔元を握り込み、歪で独特な半身を取っている。その構えの意図が、彼女のアングルからでは読み取れなかった。
しかし、対峙する魔獣にはその意味が理解出来た。刀身を完全に自身の身体の影へと隠すその構えによって、凶刃の長さも、間合いも、何所から刃が飛び出してくるのかも一切窺い知れない。魔狼は失った前足の痛みを堪えながら、琥珀色の瞳で確と相対する剣士の一挙手一投足、呼吸に至るまでもを観察するのだった。
(妙な構えだけど隙は感じさせない……けど、不利だ)
手を出しあぐね、只この戦いの行く末を見守ることしか出来ないラルバードは気付く。圧倒的なリーチの差。ウィンドバリオスの前足と、刀を持った人間とでは前者の方が間合いに利がある。魔獣の一薙ぎを人間が受ければ掠めるだけで致命傷だが、彼の刃が届いたとして致命傷を与えるには急所を狙わざるを得ない。一撃を回避し、懐に飛び込み一刃を通す。暗がりで針に糸を通すが如き所業だ。
(あいつの剣は届かない……!)
仮に攻撃を躱し、彼が打ち込めたとする。それでも十数セルク、刃は届かない。精々が顎を砕くか前足を切り飛ばすか……それでも十分なダメージになるだろう。単身で上げるにしては十二分に立派な成果だ。そうなれば後は手負いの獣を囲んで叩く。格好悪くとも、それが狩りというもの。冒険者がパーティを組む理由は幾つかあるが、嵌め殺しが出来る点は何よりも大きい。多対一なら誰かが牙城を崩した後を蹂躙する。鉄則である。
今かと喉を鳴らす大型獣が僅かに動いた刹那、地を蹴り出したのは剣士。この一合で勝敗の天秤が大きく揺らぐことは誰の目にも明らかであった。
先の先を取り、獣の一撃を潰すことで盤面を有利にしてくれる。そんな希望を抱き、次なる加勢の体勢を六人は整えた。
しかし──。
頭がだらりんと垂れ下がり、巨躯が揺らめき崩れる。地鳴りが一つ。
紺碧の血飛沫が吹き上がる。
「は……?」
誰ともなく、当惑は口を突いて出た。
誰しもが、己の目を疑う。
六人掛で苦戦をしていたA級魔獣が、突如として現れた男一人の手で討伐された。時代の英雄──エメット・ハルトマンの様な天地をひっくり返す程の圧倒的な実力者が蹂躙したのなら未だ納得が出来た。しかし、Bランク──上級冒険者から見ても彼はそこまでの実力者とは見えなかった。むしろ、間合いをきちんと把握できているのか怪しい様子にさえ見えた。だというのに──。
何が起こったのか分からない。取り分け剣士達は理解に苦しんだ。あの間合いからでは首を撫で斬ることなど出来ない──筈なのだ。皆、並み以上に腕の覚えがあるからこそ、理解が出来なかった。
「お、おい──!」
沈黙を破り、食って掛かったのはガルノスであった。彼は頭に血が上りやすいところがある。
「……?」
負傷した彼を心配するような視線を男はやった。
「んだッ! その眼は! 気に食わねぇ! ナァニ人様の獲物横取りしてやがる! ランクと名前言え! ギルドにチクってやる」
「よさないかいガルノス」
彼の苛立ちを窘めるジョリィン。しかし、彼女の声色にも怒りと焦り、そして困惑が籠っていた。
「……Fランク。イェゴール・マシラウ」
「それは困ったな……」とでも言いたげに柄頭でゴリゴリと尻を掻きながら男は名乗った。
「え、F……」
ガルノスは、まさかと肩を落とす。せめて、自分に無礼があっただけでAランク以上の冒険者がふらりと助力してくれたなんて事であって欲しかった──という僅かな希望は打ち砕かれた。
「よせよせ。揉め事の仲裁は苦手なんだ」
なるべく砕けた調子を作って割って入ったのはギルドガードのラルバード。
「や、イェゴール。きちんと顔を合わせるのは初めてか?」
「ええ。一方的にお見かけしたことはある程度、かと」
「俺はギルドガードのラルバード・ミルン。ヨロシク」
「どうも……」
ギルドガードの仕事用スマイルに、曖昧な表情で会釈を返すイェゴール。
「彼らはお冠だ」
「……のようですね」
まるで響いていない様子で、五人を軽く眺める血濡れの男。
「あぁ~……お前、何したか理解してる?」
「他者の獲物を横取りしてしまった……」
「そうだけど、そういう事を言ってるんじゃあない! お前さんが倒したのはAランクの魔獣。ウィンドバリオス。……Aランクが出るなんてここらじゃ珍しくてな? 任務達成となれば彼らBランク冒険者は昇格のための実績になるわけ」
「成程」
肘の内で刃を拭い、刃を鞘へと納める。話を聞いているのかいないのか分からない態度。
「ナルホドじゃない。いや、納得はしてほしいけども」
掴みどころのないルーキーにモヤモヤとしたものを覚えて、ラルバードは髪を掻き乱した。
「貴重な昇格のための実績立てるのに、立会人のギルドガードまで借りておいて、ポッと出のアンタに横取りされました~じゃ、アタイ等の面子丸潰れって話さね」
「何ならギルドもね。そうでしょ? ラルバード」
溜息交じりに「まぁな」と頷くギルドガード。
「其れは申し訳ない事をした」
ずっと変わらぬ平坦な声色。座った瞳。言葉に反して申し訳なさが彼らには感じ取れずにいた。
「もっと申し訳なさそうにしやがれ!」
「はぁ……」
言われ、イェゴールは肩を竦めて少しだけ目で見ても申し訳なさそうにした。
「よせガルノス」
レスリンがガルノスの肩に手をやる。言うだけ無駄だとでも言いたげだった。
「まぁ良い。状況は理解して……もらえたとする。話が進まない」
「はい」
「ギルドガードとして、中立的な視点で今回の件を評価する。イェゴール、お前の助力は必要だった」
「ッ……」
「チッ……」
「……」
「うむ……」
「はぁ……」
アイアンウェッジの反応は一様であった。不満。悔しさこそあれど、苦戦を強いられていた事実と、自分達の命が拾われたという現実は否定できなかった。
「……あのまま戦ってりゃ、全滅か良くて重傷者が数人出た。そいつは全員解ってるはずだ。俺だって偉そうに言ってるけど、正直厳しかった」
ラルバードは息を吐き出し、周囲の惨状に視線を走らせた。
「だが、お前の介入で死人は出ず、任務も完遂した。ギルドへの報告としては救援による共同討伐……あるいは、アイアンウェッジ主導の討伐に協力者が俺に加えてもう一人、って形になるかと思ってる」
「ハッ! 共同討伐ねぇ……Fランクの若いのに助けられましたって大々的に宣伝されるようなもんさね」
ジョリィンは苦々しい顔で唾を吐き捨てた。町一番のBランクパーティとしての矜持が、激しい不快感となって胸を焼く。だが、死んでしまえば誇りも何もない。それくらいは彼女とて弁えていた。
「実績の扱いは其方でどうとでもしてください」
イェゴールは何でもない事のように言い放った。
「……あ?」
「討伐実績は全てアイアンウェッジの成果として報告してもらって構いません」
「なッ──!」
普段大人しいレスリンが拳を振り上げた。しかし、その太腕をすんでのところでリュックがしがみ付いて止めた。
「貴様! 我々を──! 冒険者を愚弄するのか!?」
声を荒らげる。暴力は良くないとしても、その言葉を飲み込ませる者は誰も居ない。ギルドガードのラルバードでさえも。
「貴様のその態度が気に食わん! 以前ギルドで見かけたときもそうしていたな? シルバフォックスの討伐報酬を多いだとか言って拒んでいたのを見たぞ。今を必死で生きている者らしい欲が、熱が! まるで感じられない! 貴様はいったい何が目的だ。何が楽しくて生きている!? ああ。助力自体は感謝しているとも。我々だけでは全滅していたとも思う。だが、それでも……! 焦がれる冒険者としての魂に欠く貴様は認められん。認めたくない!」
「己は……」
イェゴールは困った表情で周囲を見回す。皆瞑目し、レスリンの言葉に同意を示していた。
「済まない。未だ冒険者となって日の浅い身故……」
「その辺にしときなよ」
ニキータがレスリンを諭した。
「取り分と処遇については、貴殿らの納得のいくようにしてくれ」
そう残して、イェゴールは踵を返した。
白煙と静寂の残る雪山の中、誰一人としてその背中を引き留める言葉を持ち合わせてはいなかった。
投稿を開始して一週間、予想よりも多くの方に読んでいただけて驚いております。ありがとうございます。明日の10話で自分の中で一区切りとなります。引き続き応援いただければ幸いです。(2026/09/08 浅井叶)




