第7話 生活
ギルド職員らに礼を言って、己はクエストボードを確認する。手持ちの金は17シルバ56カッパ。数日分の生活費とを考えても、Eランクの依頼を後四つか五つは依頼をこなさなければいけないだろう。早速仕事を……と考えたが、其の前に今日は生活用品を買い揃えに出ようと思い立った。
吊るしの戦闘着が一着のみ。流石に不衛生だ。此れからのレガーティアまでの旅路に耐用する物が売っていれば良いが、イニシラの市街を見て回ろう。
ギルドを後にして、市場へと向かった。
食料品の露店や衣類生活用品店等が軒を連ねている。
イニシラの名産品は雪鹿や白兎など野獣の肉や革製品、泥炭、樹脂や樹液、等々といった具合であることは一回りすれば理解出来た。
とりあえず、衣料品店へと入る。
「いらっしゃい」
中年夫婦の営む、小さな店だった。
「インナーをいくつか買いたいのですが」
「下着類なら、麻のものがそこにあるよ」
四組程手に取り、店主に渡す。
「其れと、靴下も頂きたい」
「お兄さん、冒険者さんかい? 靴下は大事だよ? 売り文句ってわけじゃないけど、足元を疎かにすると足から悴んで最悪足を切らなきゃならなくなるよ」
「ええ。長距離を行けるように、厚手の物を──」
「ならウールだね。麻よりはちぃと値は張るけど、品質は良いよ」
(成程。確かに手触りも悪くないし、厚手だ。長距離移動でも足を痛めにくいだろう)
「では、此れらもお願いします」
「全部で66カッパ80スチラ……キリが悪いね。65カッパでいいよ」
「そういうわけにはいきません」
理由が分からない。
「なら66カッパで良いよ」
「何故です?」
「何故ったってぇ……」
困ったように店主は奥方と顔を見合わせた。
「商売は愛嬌も大事さね。また要り様になったらうちを使って欲しいなってな打算よ」
「己は余り此処には長居しません故……」
もう来ない可能性の方が高い。
「なら、まぁ、良い店だったってお仲間にでも言っておいてよ」
中年店主は、顔に似合わずいっこうに引き下がらない。
「しかし……いえ、では……」
生憎と独り身だったが、大人しく折れて66カッパ支払い退店した。
商人相手は疲れるなと溜息を一つ溢す。如何にも次の買い物が億劫に思えたが、必要なものは必要なのだから買いに行かない訳にもいかないので、雑貨屋へと向かった。
今度は店舗を構える其れではなく、市場の露店に行くことに。
「らっしゃーい」
軽く会釈をして、財布を探す。今は小銭をジャラジャラと裸でコートのポケットに突っ込んでいる。流石に財布が欲しいと考えた次第であった。
何とはなしに目を引いた長方形を指さし尋ねる。
「此れは何の革で?」
「雪鹿さ。手触りも悪くないよ。ささ」
そう言って手渡してきたので、おずおずと受け取る。確かに手馴染みも悪くない。しかし、値段が気になった。隣のプライスカードは99カッパとあった。なかなかにすると思ってしまった。二日分の宿代、三日分の酒代、そう考えると……如何にも。安物でも困りはしない、金を入れておくだけの物に大金を払うのは気が進まない。
「財布はちょっと背伸びしたの持っておくと、それに似合う男になるって言いますぜ?」
「……」
麻の袋に紐が付いたのくらいを考えていたが、妙にしっくりとくる此れ。欲しいか欲しくないかで言えば、欲しい。だが、高い。かくなる上は──。
「表か、裏か」
「は?」
銀貨を取り出し、指に乗せ構える。
「店主殿が当てたら買いましょう」
「へぇ。ご機嫌なお客さんだ。乗った! 表だ!」
ティン!
親指で弾き上げたコインを、右の手の甲と左掌で掴む。そして、ゆっくりと開帳。
「ハッハー! 表だ大将ォ! 毎度ありィァ!」
歓喜の声を上げる店主。妙なギャンブルを始めたばかりに、気が付けば己の周囲にはちょっとした人だかりが出来ていた。
己は肩を落とす。男に二言は無い。上質な革財布を買い、持ち金をコートのポケットから其れへと移すのだった。
◇◆◇◆
買った物を置きにギルドへ帰る。
宿の個室に、浴室があることに今更ながらに気が付いた。思えば、塵界侵攻からゆっくりと入浴なんてしていない──濡らした布で身体を拭くのが関の山だったことを思い出した。だが、どういうわけか、ゾティークに流れ着いた此の身は、地獄と呼んで差支えない塵界の戦場に居た割には清潔であったため気が付かなかった。魔力の渦に飲まれたところまでは覚えているのだが、魔力に身を揉まれて身体を清められでもしたのだろうか?
髪の脂っぽさや垢もあまり感じない。此の土地柄というのもあるだろうか? そうは言っても、数週間ぶりに入れるとなれば入りたい。入らなければならないという使命感にさえ駆られている。
そう考え、身体を嗅いでみれば、体臭は兎も角、衣服が臭う。汗臭さもあるが、土や泥、鉄のような臭さが鼻を突いた。ふと落ち着いて気にしてしまうと、どんどんと気になってくる。こんな臭い状態で町に出て店に入っていたのかと考えると恥ずかしさと申し訳なさが押し寄せてきた。
(まずは洗濯か──)
衣類を脱ぎ、浴槽へと放り込む。
魔術でぬるま湯を生成して浸け込み、手揉み洗いをする。そして、同じく生成した丸石で擦り洗う。ゴリゴリざぶざぶと洗えば、忽ち浴槽内が汚れた。栓を抜き、水を入れ替えて、同じことを幾度か繰り返す。水が汚れなくなれば完成とした。
今度は炎魔法と風魔法を組み合わせた術を扱い温風を当てて乾かす──そう思ったが、ふとインヴォークメソッドのことを思い出した。「インヴォーク」という冠詞に四大属性をあてて唱えれば長々と呪文を唱えずとも魔術が扱える、此の地で定着しているらしい技術体系。試してみよう。
「インヴォーク・ウィンド」
いきなり二属性掛け合わせというのは扱えるか不安があったために、まずは危険の無い風魔法だけで試さんとした。が、何も起こらない。
「インヴォーク・ウィンド!」
今度はもう少し気合を込めて唱えてみる。しかし、風が起こらない。
「技術体系というのなら、やはり専用の訓練を積まなければ扱えないのだろうか……? インヴォーク・ファイア。……やはり駄目か」
無理だろうと思いながらも、炎魔法も口にしたが、不発。
魔術の才が無いとは微塵も思っていなかった。何せ、二大国謹製の魔導改造兵「オーバーロード」である此の身。上級魔術は言わずもがな。詠唱破棄も無詠唱も扱えるように改造手術を施された魔術の申し子(改造による後付けだが)──魔術の才覚は問題ない筈だというのに、インヴォークメソッドとは上手くやれなそうに思えた。
肩を落としながら、無詠唱魔術で温風を衣服に当てて乾かした後、ようやっと風呂を沸かす。十年近く前、故郷に居た頃であれば薪に火をつけて川の水を溜めて……と風呂に入るのも一仕事だったが、今は少し魔力を練れば湯を沸かせるのだから便利なものだ。毎日でも入りたいと思える。
「あ……」
タオルが無い。買い忘れた。よもや風呂があると考えていなかったのが原因だ。まぁ良い。温風を出して乾かすとしよう。
◇◆◇◆
「ふぅ……」
何とも晴れやかな気持ちであった。
誰が言ったか風呂は心の洗濯。──良いものだ。
「石鹸と、タオルと……。森で一晩過ごすとなった時用に毛布も買っておくべきか。旅に出るには鞄も要るな。背嚢も買おう」
少し冴えた頭で、再び必要なものが浮かんでくる。人類軍に居た頃は貸与物品で支給されていたから当然のことと思い、特段考えていなかった。実家であれば家にあるものを使った。小さなものから大きなものまで、生きるには様々な物が要り様なのだなと思い知る。
「今日は任務は受けられないかもしれないな……」
目下、必要な資金が分かった今、早速依頼をこなして金を稼ごうと考えていた筈なのに……。否、今日は意図的に依頼を受けない日としよう。休み、備え、英気を養う事を務めとする。此れもアシュトン……ではなかった。レガーティアへ到達するために必要な事なのだ。
新品の下着に着替え、乾かしたてのシャツとボトムスを身に纏う。ベルトに刀を差し、コートへ袖を通す。財布を手に、再び町へと出るのだった。
◇◆◇◆
足りない生活用品を買い足して、そうこうしていれば陽が傾きだしていた。寒冷地特有の、身を切るような冷たい夕風が薄い硝子窓を細かく振動させている。
──腹が、小さく鳴った。
そういえば、今日は何も食事を摂っていなかった。正食は疎か、軽食も食べていない。口にしたのは水だけか。此れでは良くない。知らないが、冒険者もきっと身体が資本だろう。夕餉としては少し早いが、飯にしよう。
昨夜と同じアチバセという店に向かう。
「おや、昨日の──!」
「どうも……」
昨日接客してくれたご婦人が居られた。数多いる客の中で己のことを覚えてくれているとは。孤独な時分、少し嬉しい。此れが商売スキルか。
昼飯には遅いが、未だ夕食時には早い。というのに、まずまずの繁盛具合である。酔っ払いもちらほらと見受けられる。娯楽が無いとそうなるのも必然か。
己は一人になれそうな隅の席に着いた。
「何にする?」
「ひとまず、ノスト・シュルフトと……すぐ出るものを」
「はいよ!」
昨日の煮込みは微妙だった。適当な物を出してもらおう。他の物なら口に合うかもしれない。
酒と共に提供されたのは根菜のピクルス。
地酒を一口。昨日は味わうでもなく飲み干してしまったが、今日は違う。12カッパ分味わおう──そう思い口の中で転がす。口内がアルコールでピリリと刺激される。口に含んだままゆっくりと呼吸をすれば、バニラや蜂蜜を思わせる風味がある。ほんわりと甘く華やかな風味が抜ける。此れはなかなかどうして悪くないじゃないか。ノスト・シュルフト。
続けて、ピクルスを口に放り込む。──シャキシャキとした歯応え。鼻を抜ける酢の爽やかな匂い。ぼんやりとした塩気。どうにも此の土地は塩分が貴重なのか味が薄い気がする。酒に合うかと言えば微妙、というのが正直な感想だった。
店内を見渡して、壁に架けられたメニューを眺める。此れは──と目を引いたのは白兎の岩塩プレート焼き。酒が進みそうな名前だったため注文した。
「ハーブで香りづけした白兎だよ」
香草の香りが食欲をそそるものであった。
「おお」
脂肪は少なそうであり、淡白な雰囲気。熱せられた石のプレートの上でジューシーな音を立てる白兎の肉からは、立ち上る湯気と共に鋭い香草の香りと、焼けた脂の香ばしさが漂っていた。
ナイフで切り分け、口へ運ぶ。
(……ふむ)
熱い。そして、歯ごたえは非常に良い。引き締まった野生の肉特有の弾力があり、塩気とハーブの爽やかな刺激が口内に弾ける。
だが、やはり──どうにも淡白に過ぎた。肉汁の旨味や、噛み締めた時に広がるはずの肉本来の甘みのようなものが、驚くほど感じられない。「熱い肉の塊を噛んでいる」という物理的な感覚だけが確かにある。
ハズレの料理ではない。が、期待を超えてはこなかった。再び火酒を口に含んだ。熱いアルコールで胃へと流し込む。
美味いかと言われれば首を傾げざるを得ないが、栄養としては上等だろう。戦場での乾いた糧食に比べれば、遥かに人間らしい食事と言えた。
黙々と肉を平らげ、酒を二杯ほど追加。腹を満たして店を出た。
◇◆◇◆
宿へと帰り、楊枝で歯の掃除をして寝支度をした。明日からの路銀稼ぎのために、今夜はしっかりと休みたいところだ。
ベッドに横たわり、掛け布団を被る。ゆっくりと息を吐き、意識を暗闇へと沈めていく。
……。
どれ程の時間が経ったろうか。
微睡の縁を揺蕩っていた意識が、突如として激しい警鐘と共に寸断された。
「ッ……!」
勢いよく跳び起き、呼吸を整える。冷や汗が背筋を伝っていた。窓の外を見やるが、依然として深い闇が街を包んでいる。まだ夜半過ぎといったところか。
悪夢を見た気もするし、何も見ていない気もする。只、胸の奥が焼き鏝を当てられたように熱く、心臓が鬱陶しい程に早鐘を打ち鳴らしていた。
(何故だ……)
体調は悪くない。胃ももたれてはいない。だというのに身体の芯が興奮し、戦闘態勢を維持したまま弛緩してくれない。肉体が「今休息を取れば死ぬ」と誤認して拒絶しているかのようだった。
「……眠れんな」
ぽつりと呟く。
細工の施された此の身。数日不眠で戦い続けても支障がないように造られている。だが、精神が休眠を求めていなかった。生きている実感も、休息の安らぎも得られぬまま、暗闇の中でじっと横たわっているだけの時間は、まるで棺桶の中に閉じ込められているかのような錯覚を覚えさせる。
「そうか。今日は動いていない」
妙に合点がいった──いった事にする。
今日は見知らぬ雪道を歩き回っていなければ、戦闘もしていない。剰え剣も振っていない。只々日用品の買い出しをしただけの一日だった。
急な休息日に身体が疲労を求めているのだろう。そうに違いない。
肉体が疲れていないから、脳が眠りを必要としないのだ。ならば答えは簡単であった。
ズボンだけ穿いて、得物を手に飛び出した。
思い立つままに、一階へ駆け降りれば、眠そうにしていたジャスティンさんが不意に飛び上がった。
「ね、寝てないですよ! ……! イェゴール? どうしたんだい? そんな格好で」
「嗚呼、夜はギルドガードが詰めているのですね」
成程。金の番や、何かあった際に対応する当直のようなものだろうか。居眠り寸前だったことは内緒にしておいてあげようと思った。
「あ」
勢いで部屋を出たが、鍵を閉めていないことを思い出し、慌てて部屋に戻る。コートから鍵を取り出して、今度は鍵をかけて再び一階へ降りる。
「少し、身体を動かしに行ってきます」
「そんな薄着でかい!? というか、こんな時間に!?」
彼の当惑の声を背にギルドを飛び出した己は、建物裏手の少し開けた庭のような場所に陣取る。
寒い。今夜は雪こそ降っていないが、冷えることは冷える。だが──。
深呼吸を一つ。視線を僅かに走らせれば、常の臨戦態勢に切り替わる。
幼少より父に仕込まれた技術──ハイネゴシクによる視覚技術。通常、無意識化では何処かへ焦点が合うはずだが、さすれば視野に収めながらも死角が発生してしまう。其処で編み出されたのが、意図的に焦点を合わせず己の正面全域を万遍無く一つの視野として捉えるという技術である。此の技術があれば、隙や挙動の走りを認め易くなるという次第だ。
呼吸は、止めない。常に新鮮な空気を全身に巡らせ続ける。
左親指で鍔を弾き、抜き放つ。二つ鳴る筈の風切り音が、一つの和音として響いた。まずまずの初太刀──抜刀斬上からの真向斬り下し。
今度はゆっくりと体側に出来る限り寄せながら、手首の柔軟でもって横薙ぎを繰り返す。ゆっくり、ゆっくり、丁寧に。同じ挙動を通し続ければ、じわりじわりと汗が滲む。
続け、刺突の素振りを行う。正眼、捻り突き、型での刺突──其れぞれ右構えと左構えと両方で行う。一般に、剣技剣術というものは右利きを前提に構築されている。右利きの者が多いのだから、其方に合わせてあれば指導が容易であるからだ。教える側も教わる側も、型があれば其れに倣うのみで良いのだから。そして、其れでまず困る事は無い。だが、型は基本としてもう一歩──同じ事を反対の手でも出来ればどうか? というのが、ハイネゴシクの特徴である。元来は、右偏重となる剣術にもって、身体のバランスを整えるための目的として、左主体の鍛錬も同様に行うというのから始まったそうだが、其れが一戦闘技術にまで昇華しているのは特質と言って差し支えないであろう。
剣術の流派は、大別すれば三大陸ごとに代表的なものが一つずつ存在する。
双星サンクト合衆国の蒼穹剣。
ゼムリヤ公国のゲンジ流。
ゾティーク帝国のウェルガマ流。
蒼穹剣は、塵界と直接地続きである合衆国ならではの特質として、深く攻め込まない──後の先を取るカウンターに重きを置いた剣術というのが簡単な特徴だろう。魔人や魔族を相手取るべくロングソードを扱うことを基本とした思想が見える。
此れは己も人類軍の訓練時代に仕込まれた。
ゲンジ流──人呼んで龍殺しの剣。ゼムリヤの限界地域で発展した剣術である。龍の堅固な甲殻や鱗の隙間を縫う正確且つ激烈な一撃を放つことを目的に研究されたと云われている。
ゼムリヤ国防軍でも正式に採用されており、ゼムリヤの冒険者は先ずゲンジ流を修めるだろう。
ウェルガマ流。ゾティーク帝国が新大陸──人間側の都合で新大陸と呼称こそしているクリストファー大陸だが、先住種族は当然居た。彼らを人間が統べ平定するべく、剣豪エウヴォランが新大陸の旧主ウェルガマを打ち倒した……というのが伝説の話。旧主への敬意から、剣豪の名前でなく討ち取られたウェルガマの方の名が付いているらしい。
そんなエウヴォランがウェルガマとの一騎打ちに際して開眼した魔剣は海を割り、山を崩し、天を裂く──等と謳われているが、其の魔剣とやらを扱える人間に逢ったことは無い。エウヴォランは技術を体系化して普及させる事に関しては得意ではなかったのか、はたまた魔剣は高難度で扱える者が居ないだけだろうか?
さて、己が振るっている術は今挙げたどれでもない。勿論、軍属として蒼穹剣は一通り扱えるし、ウェルガマ流も修練は積んだ。ゼムリヤ人なのにゲンジに触れずに此の歳まできたことを少し気にしているが、縁が無かったのだから仕方ない。
己が一番得意としているのは、ハイネゴシクという亡国の剣術だ。何故そんな物を体得しているのかと言えば、父がどういう訳かハイネゴシクの仕手であったからに他ならない。
父──ハンス・マシラウは猟師だった。虎や龍を狩ることで生計を立てていた。であればゲンジ流を通るはずなのだが、遠く離れた島国──今は亡きウンデキムの武術を修めていたのだ。理由は分からないし、父はもう居ない。村を龍に襲われた際に己達家族を守るために一人立ち向かい死んでしまった。
ゲンジ流という流派の存在については軍に身を置いてから知ったものだ。上官には最初馬鹿にされたものだ。「ゼムリヤ野郎がゲンジを知らんのか!」と。が、剣術には其れなりの覚えがあったため、技術的に何かを言われる事は無かった。其れが却って面白くないようで、小言は何度も言われたものだ。
(懐かしいな……ソスナー軍曹、だったか?)
ふと手が止まった。腕で額の汗を拭い、納刀する。寒夜の中で全身から立ち上る白煙が、ゆっくりと夜の闇に溶けて消えていった。
胸の奥の焦燥は肉体の疲労によって、どうにか息を潜めたようだ。
やはり刀を振るのは良い。良い汗をかけた。
汗が冷える前に、そそくさとギルドへ逃げ込む。
「あ、戻ってきた。薄着で出て行くから心配したよ……ってウォ! 凄い湯気出てるよ!」
心配、か。ジャスティンさんはきっと良い人なのだろう。
「軽く、運動を」
「軽くの汗じゃないでしょ。冷えないようにしてね」
「ええ。お気遣い感謝します。では──」
彼に軽く一礼をして、部屋へと戻った。




