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第4話 対価

 ノストの森を抜け、彼らの拠点であるイニシラへと到着した。

 石造りの堅牢な防壁に囲まれてはいるが、正門に立つ衛兵達の佇まいは、およそ己の見慣れたサンクト合衆国の其れとはかけ離れていた。鎧の手入れこそ行き届いているものの、視線には敵を警戒する鋭さがない。唯の退屈なルーティンワークをこなしている風だった。

 行き交う行商人や住民達の表情も明るい。誰もが明日死ぬかもしれないという恐怖とは無縁の、温かい平穏の中に生きている。


(ゾティークとはこうも平和なものなのか……?)


 衝撃を覚える。己が長らく身を置いていた双星サンクト合衆国の門兵は、戦地からの距離によって多少の差こそあれど、彼らとは比べるべくもない程に緊張感のある面持ちであった。


「──あの、イェゴール」


 荷車を引くアレクが、少し恐縮したような、其れでいて依然として怯えを孕んだ声で話しかけてきた。


「俺がテキトーにやり過ごすから、行きずりの旅人ということで頼むよ」


「心得た」


 アレクは門兵に身分証──町の冒険者である証だろうか? 小さな金属板を見せた。しかし、やはりと言うべきか、一悶着あった。衛兵の視線は己に向けられている。

 だが、少年は「旅路で野盗に襲われたみたいで……」と、己の身分を誤魔化してくれた。


「荷を改めても?」


 衛兵が覇気のない声で問うてきたので、背負った大きな麻袋の中を見せる。当然ながら、シルバフォックス達の死骸が詰まっている。


「うし、通っていいぞ〜」


 酷く肩透かしであった。袋の中身を一瞥して、終わり。腰の得物については一切の言及が無かったことに拍子抜けする。もし己が暴漢で、町で騒動でも起こしたらどうするつもりだろう? ──とは思ったものの、冒険者の多い町で態々そんなことをしていてはキリがないのかもしれない。


「嗚呼」


 少年達と連れ立って通りを歩きながら、町の様子を観察する。辺境──田舎と思っていたが、存外と綺麗な町並みではないか。清潔さだけで見れば、サンクトはバルザイ特別区の中心部よりも余程綺麗な町だ。活気こそ、其処迄といった具合だが、商店や住宅もあり、整っている。

 ふと路地にあるパン屋に目が留まる。店主がボソリと「インヴォーク・ファイア」と呟くと、竈の薪に着火した。


(ルカの言うインヴォークメソッド。普通──確かに。至極当然の事のように魔術が扱われている。体系化──本当の事なのだろう。……であれば、魔術師は食いっぱぐれているのではないか?)


「ここだよ」


 考え事をしている間に、到着したらしい。気が付かなかった。

 改めて見上げれば、随分と小綺麗な建物であった。己の知る冒険者ギルドは、もっと無骨で詰所然としていたが、此処は酷く健康的で事務的な印象を受ける。


 アレクが緊張した面持ちで受付カウンターへと進む。窓口にいた若い受付嬢は、アレクの顔を見るなり、愛想の良い笑みを浮かべた。可愛らしい笑顔だ。歳はアレクらと変わらない十五歳前後と見えた。


「お疲れ様です。ガスコインくん。今回のノストの森での狩猟はいかがでしたか? 雪鹿の納品ですよね?」


 彼女は、荷車を覗いて尋ねた。若そうながら優秀な職員なのだろう。数いる冒険者の中、最低ランクだという彼らの名前を覚え、任務も把握しているとは。


「はい。あ、いえ。雪鹿と白兎はあるんですが……その、道中で遭遇したシルバフォックスの討伐報酬もお願いしたくて」


「えっ? シルバフォックス、ですか?」


 少女の眉がピクリと跳ねた。


「はい。フリーハントの規定に基づいて、現物を持ち込みました。……イェゴール」


「嗚呼」


 促され、己は麻袋をカウンターに乗せた。


「彼は? ──! いえ、拝見しますね」


 彼女は己を見るや、異物でも見たように驚きを滲ませたが、直ぐ様袋の中身を確認した。其の瞬間、劇的なまでの困惑の表情が浮かび上がった。


「──っ、これ……! 全部で九匹!? ガスコインくん、これ、本当にあなた達が?」


「あぁ……まぁ、何と言いますか。俺達は二匹なんとか倒して、残りの七匹は、そこのイェゴールが……」


 何とも歯切れが悪い。自分の手柄でないことを明かすのは確かに如何とも言い難い、歯痒さのあるものだろうと心中を察する。そんなアレクの言葉に、受付嬢は再び己へと視線を巡らせた。其の瞳の奥には、門兵達が浮かべていた退屈な色など微塵もない。アレクらから向けられたものと似た、得体の知れないものを見る其れであった。


「……。少々お待ちください」


 彼女は小さく息を呑むと、カウンターの下から分厚い台帳を取り出して、何やら調べ物を始め、裏に控えている同僚へ質問に行ったりと慌ただしくし始めた。

 彼女を待つ間、己は手持無沙汰に周囲を見渡した。

 此れ程立派な出先機関がある割に、中にいる人間は疎らだ。彼女が優秀かと思ったが、アレクら低級冒険者を覚えられる程此の町には冒険者が多くないということなのかもしれない。クエストボードの依頼量も特別多いということもない。


 ──なぞと考えていれば、ふと、作戦会議らしきものをしているパーティと視線が交差した。


「ちっ」


 舌打ちが一つ。己は何とはなしに嬉しさを覚えた。冒険者かくあるべし──なぞと言いたいわけではないが、此のくらいの殺気立った手合いでなければ守るものも守れないだろうと感慨を抱いた。

 彼らへ改めて視線をやる。彼らは揃いの布を腕に巻いていた。剣士が二人──人族と蜥蜴系獣族、後衛が三人──人族と見受けられる。一人は大きな盾を、もう二人は魔術師だろうか──杖らしき物を携えている。成程。インヴォークメソッドとやらがあっても、専門家は必要なのだろう。食いっぱぐれるということもなさそうだ。


「チッ」


 二度目の舌打ち。己の視線が気に入らなかったらしい。そして、五人の視線──十個の目が一斉に此方へ向けられた。「何見てやがる」と言外に言っているようだった。


 ドッ。


 アレクに脇腹を小突かれ、視線を隣の少年へと移した。


「あんまりキョロキョロしないでくれ」


「済まぬ」


 トビーが背伸びをし、「アイツらとは、あんまり関わりたくないんだ」と耳打ちをした。


「然様か」


 同業だからと誰とでも仲良くしろ、なぞと言う気は毛頭なかった。誰しも合う合わないはある。


「お待たせいたしました」


 受付嬢が顔を上げた。


「イェゴール様、申し訳ありませんが、ギルド台帳にお名前が見付かりませんでした。冒険者登録はされていますか?」


「否(いえ)」


 冒険者紛い──猟師として祖国で仕事をしていた時期もあったが、正式に冒険者として活動したことは無かった。故郷には冒険者ギルドが無かったからである。


 受付嬢は困ったように眉をひそめ、申し訳なさそうな声で言うのだった。


「大変申し上げにくいのですが……ギルドの規約上、未登録の一般の方に直接、魔獣等の討伐報奨金や素材の買い取り代金をお支払いすることはできない決まりとなっております」


「……」


 「ですが」と、彼女はアレク達に視線を移した。


「今回同行されたガスコインくん達のパーティが、依頼の代表者として一括で報酬を受領される形であれば、処理が可能ですが……如何いたしましょう?」


「そのつもりでした。俺達がまとめて受け取ります! な、イェゴールの取り分はちゃんと渡すから。良いだろ?」


 アレクが直ぐ様に応じた。トビーもルカも、彼の言に異を唱える様子はない。

 受付嬢は「かしこまりました」と頷くと、細腕は別の分厚い台帳を取り出すと、数字を書き込んでいった。


「では、今回の査定額を申し上げます。雪鹿二頭と白兎三羽の買い取り額が6シルバと80カッパ。そして、Eランク害獣であるシルバフォックス九匹の討伐報奨金が13シルバと50カッパ。……合わせて、20シルバ30カッパになります」


「おお!」

「わぁ!」

「ひゅーっ!」


 三人が歓喜した。


「何と……!」


 同じく、己も驚きの声が漏れた。20.3シルバ……大金だ。彼ら三人で割っても三年は暮らせるだろう。其れ程の金額になろうとは思ってはいなかった。Fランクの彼らでも此れ程の稼ぎになるのか。ゾティークでの冒険者稼業が金になると知っていれば、兵役に行かず出稼ぎに来ていれば良かったと少し後悔をしてしまう。が、頭(かぶり)を振って思い直す。あれは世界を守る重要な任務だった。金に心は揺らいだが、此の誇りと名誉は金に換えられない。


 受付嬢は微笑むと、カウンターの奥からじゃらりと重みのある革袋を取り出した。そして、トレイの上に鈍い銀色に光る大ぶりの硬貨と、小ぶりな銅色の硬貨が次々と並べられていく。


「ありがとうございます!」


 アレクがギルドカードを提示し、書類にサインを。硬貨の山を恭しく受け取り、小さな革袋に詰めた。


「ありがとうございました。ガスコインくん、それとイェゴール様もお疲れ様でした」


 受付嬢の丁寧な一礼に見送られ、己達はカウンターを離れた。

 先程舌打ちをしてきた五人組のパーティが、此方を値踏みするような視線で凝視した後、鼻で笑った。20.3シルバをまるで端金とでも言いたげな雰囲気であった。やはりゾティークの冒険者は夢があるようだ。


 己は彼らと共に、ギルドの片隅にある人の少ない休憩用の長椅子へと移動した。アレクは懐から先程の革袋を取り出すと、中の硬貨を手際よく仕分け始めた。


「イェゴール、これがさっきのシルバフォックス七匹分の分け前だ。俺達の二匹分と、雪鹿達の分は引いてある。……これ、受け取ってくれ」


 差し出されたのは、大ぶりの銀貨が十枚と、鈍い銅色の硬貨が五十枚。手渡された硬貨の山を掌に乗せた瞬間、己の五内が僅かに強張ったのを自覚する。


「多過ぎる」


「多過ぎるもんか。合ってるよ。何ならシルバフォックス分は全部あんたに譲っても良いくらいだ。助けてもらったからね」


「だが……」


 前線の若手将校の数ヶ月分の俸給、あるいは地方に小さな家が一軒買い求められる程の超大金だ。命の危険を伴う魔獣討伐とはいえ、Eランク相当のたった一回の狩猟で、しかも自分が仕留めた分だけでこんなに貰って良いものか。裏があるのか、と昏い警戒が脳裏をよぎる。


「イェゴールはまだ冒険者申請してないから。2シルバは申請代でかかるしさ。ま、これでしばらくの宿代や飯代にしてよ。冬場は薪代が高くて、宿代も少し上がるからさ。せめて今くらいは俺達に先輩風吹かさせてよ」


 くしゃと笑って言った。


「しばらくの、宿代……?」


「うん。こんな時期に野宿したら死んじゃうよ?」


 ルカが言った。


「まぁ、ギルドの宿なら安い筈だし……十日くらいは仕事しないでもダラダラ過ごせるだろ。良いなぁ」


(十日!? 十日分にしかならないというのか? ……此の大金が!?)


 否、冷静に考えるべきだ。彼らはFランク──最低級冒険者。彼らの稼ぎが額面通り己の思い描く金銭的価値な筈がないと考えるべきだろう。相応に物価も高いと考えるべきだ。でなければ、食料となるであろう雪鹿──どんな貴族が口にするというのだ。もっと早くに考えつくべきであったろう。己は何と愚鈍なのか。


「つかぬ事を伺うが、頂いた干し肉。あれはいくらだ?」


「え? 返そうとしてくれてるのか? 良いよ良いよ。大した額じゃない」


「そういう事では……」


 二食分の金を返したいと考えてもいるが、其処は肝要ではない。相場を知っておきたいのだ。


「頑固な奴だな……。じゃあ6……嘘。5カッパ。5カッパくれ。これで貸し借り無しな」


「ちょ、トビー! みっともないからやめてよ!」


「命の恩人だぞ!?」


「しょ、しょうがないだろ! イェゴールが払うって言ってるんだから。くれるってんなら貰っとこうぜ。卑しくてもオレは欲しいね。5カッパ。林檎酒飲めるぜ?」


(5……否。恩義でトビーはまけてくれた。6カッパなのだろう。一切れ3カッパ──給料が高ければ相応に物価も高い。否、何となくだが相場が見えてきた気がする)


 彼らの言い合いを他所に、己は素早く脳裏で計算を走らせる。


(干し肉が3カッパ。林檎酒が5カッパ。彼らは任務一件を……三日で終えたと考えて10シルバ少々──否、シルバフォックスの分を引いて7シルバ。三人で割って2.3シルバ──230カッパ。日当にして76カッパ──7600スチラ。読めてきた)


 己の想定する130倍程の物価感──! 軽い眩暈が起きると同時、身に余る超大金に思えた硬貨達が身近で愛おしく思えた。大切に使おう。

 掌の山から小ぶりな銅貨を十枚摘まみ出し、トビーの手に無理やり握らせる。


「あ、おい……」


「此れで貸し借りは無しだ」


 席を立ち、トビーの肩をそっと叩いた。


 トビーは気まずそうに、しかし嬉しさを隠せない様子で硬貨をポケットに仕舞った。

 ルカが「もう、トビーは……」と呆れたように溜め息をつく。

 

「俺達これから行きつけの──」


「否。お前達だけで行け」


 慌てて立ち上がったアレクの誘いを遮れば、彼は瞬きを繰り返した。


「え? でも、飯とか……」


「先程、2シルバで冒険者登録ができると言っていたな。己(おれ)は此れから手続きを行う。……身分のない流れ者だ。色々と詮索もされるだろう。お前達を巻き込むわけにはいかない」


 「野盗に襲われた旅人」という方便を突き通す以上、登録の審査でボロが出るかもしれない。此れ以上、此の善良な少年達を己の事情に付き合わせるべきではなかった。何より、此の爆発的な物価の変貌──此の世界の現状を、一人になって冷静に整理したかった。


「そっか……。分かった」


 己の頑なな態度に、アレクは何かを察したのか寂しそうに、だが納得したように頷いた。


「じゃあ、店の場所だけ教えておくよ。ギルドを出て右にまっすぐ行ったところにあるって酒場だ。余裕があったら顔出してくれよ」


「嗚呼。……道中、世話になったな」


 己が軽く頭を下げると、少年達はそれぞれに手を振りながらギルドの重い扉の向こうへと去っていった。


「…………」


 深く、息を吐き出す。そして、外套のポケットに仕舞った10シルバと40カッパの重みを確かめてから、2シルバ取り出して指先で転がした。


 まずは、此の地で生きるための身分を得ねばなるまい。己は受付カウンターへ一歩を踏み出した。窓の外へ視線をやれば、外は相変わらず退屈な程に白い雪がしんしんと降り積もっていた。

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