第21話 収束
頭上から突き刺さる絶対の殺意と共に、漆黒の影が彗星の如く舞い降りた。
べきりん──!
ひしゃげた甲板を激しく踏み鳴らし、間髪入れずに鋭利な突進を見せる。直進的な軌道でありながらも、四方八方から一斉に刃が襲い掛かってきた現実に虚を衝かれる。思わず幻覚を疑うもしかし──確かな実体として剣が四本襲い掛かってきているのだった。
「トゥッ! シッィ──!」
両の手に一本ずつ──此れは未だ理解が出来た。合理不合理については流派による考え方や好み等で双剣を扱う者も少なからず存在する。客車で出会ったレイチェルも長短の双剣を操っていた。眼前の人物はリーチを同じくする揃いの直剣を二本握っている。此処までは良いだろう。
だがしかし──。
白刃二連撃を己が一刀で捌き掻い潜ったところへ、第三第四の刃が待ち受けている。多腕の種族であれば、さして驚くこともないのだが──此奴は通常のヒト族と同じ二本の腕と二本の脚。そう、其の二つの足の爪先で柄を握り操っているのだった。
(まるで猿のような足の握力……)
両手の二振りと両足の二振り──雑な考え方をするなら、手数が此方の四倍である。加えて、脚の筋力というものは馬鹿にならない。単純な話で、筋肉が大きい故に奇天烈な戦法なれど一撃一撃の威力は下手な通常剣術さえも上回る。
「ちょこまかとぉ!」
其れは此方の科白である。連撃に次ぐ連撃は油断も隙も無く、息をつくことも困難だ。
如何にか四刀流という見たこともない戦術を捌きながらも、敵手の情報を探らなければならない。
戦術から所属を洗うことは難しそうだ。得物こそ細身のロングソードではあるが、此の攻め気は蒼穹剣ではなさそうだ。独自の派生を経たものか、完全に独力で身に付けた剣術だろうか? 独学で四刀流に行き着くか……? 師が居たとて、其の師は師でどの様にして四刀流に辿り着いたんだという話にはなるのだが……。今は考えるだけ無駄だ。
己を傭兵と勘違いし襲ってきていることから、「傭兵の敵=帝国軍兵士」と考えるべきだろう。しかし、一面に転がっている(己が引き起こしたのだが)帝国軍の一般的な制服とは一線を画す、極めて洗練された装衣を身に纏っている。良く見れば、軍衣の要所に複雑な幾何学模様が描かれている。所属などを意味するところだろうか?
そして装面していることから顔貌は分からないが、声色から若い男だと推察出来た。
「違ッ──己は傭兵ではないッ! ッツ! 話を聞け!」
「問答無用! 帝国へ仇成す賊に投降の二文字があると思うな!」
剣戟を防ぎながら何とか訴えてみるもしかし、まるで聞く耳を持ってはくれない。
せめてミカヅキから「コイツはウチの人間じゃあねェ」と弁明でもしてもらえないかと考えて、僅かな隙の都度に彼奴を探したが、何時の間にやらか姿を消していた。屍山血河を残すだけ残して、頭目は撤退したようだ。
「どこを見ているっ! 仲間は全滅しているだろう!」
右足から繰り出される上段蹴りと共に、其の爪先に握られた白刃が首筋を鎌首のように刈り込みにくる。其れを間一髪スウェーで躱せば、ほぼ同時に左足から放たれる四本目の突刺を、軍刀の柄頭で弾き飛ばす。
地を蹴り、宙を舞いながら四つの刃が流星の如く交錯する。曲芸染みた体捌きで繰り出される連撃の軌道は恐ろしく鋭い。
刃を受け流しながら己は静かに息を整える。殺す気で掛かってくる相手に対し、此方は無力化に留めねばならないだろう。暴徒化した兵士らを制圧した直後の疲弊も手伝い、流石に苛烈な手数を誇る四刀流の相手は骨が折れそうだ。
(足を奪うか……否)
魔力を練り上げんとしたが、中断する。直ぐ近くにある”魔王の指”に魔力が伝われば再び過密魔力が発生してしまうことが懸念された。
(しかし……)
先程、ミカヅキは魔術としての形を取らずに只魔力を放出して其れにぶつけることで魔力増幅を引き起こした。魔力を無差別に吸収して増幅させて放散するという代物ではない線を考える。そうでなければ大気中の魔力を無尽蔵に吸収増幅させる永久機関になってしまうからだ。──否、そうでないと困るので、そうだと仮定する。
刀を握る右手を少し緩める。人差し指を立てる形で魔力を集中させる。
そして、仮面剣士が痺れを切らしたように放った強烈な一撃へカウンターを合わせることで生まれた間隙を見逃さず、夜天に向かって炎魔術を放つ。
尾を引いて打ち上がる火種は、パンッと音を立てて花開く。
──救難信号。
「目くらましのつもりか?」
一瞬、敵手が音と光に怯んだが、直ぐ様再びの攻勢に出た。
そして打ち上げた直後に己はハッとした。先程の過密魔力の発生で客車に影響が出ていない前提で動いていたが、余りにも楽観的過ぎたのではないかと。扉や窓が閉められて隔絶されていれば過密魔力による人体への影響は遅れる筈だが、列車事故の影響で窓が割れていたり扉が歪んでいたのではないかと今になって不安が押し寄せて来る。
心此処にあらず、戦闘は身体が本能と経験で動くまま半自動的に行っていただろう。
(救難信号に応じてくれなかった場合、自分が状況を理解するのに遅れたばかりに、結界を張るのが間に合わず──暴徒化した乗客たちによる血で血を洗う殺し合いに発展してしまったのでは……。ミリィは…………)
呼吸が浅くなるのを、ドクドクバクバクと早鐘が加速していくのを、否が応にも自覚してしまう。
(また……己は……)
飆──。
「待たせたな」
風と共に現れた女剣士によって、不安という影は切り刻まれ雲散霧消するのだった。
「ちィッ! お前は!」
「随分な挨拶だな? 第2八天」
己に代わって変則四剣を受け止めてくれたのは眼帯の侍女風冒険者レイチェル。そして、口振りからして仮面の男とは縁があるらしい。
「客車は無事だ」
レイチェルは手短に、己の知りたいことを背越しで語った。其の一言で、急速に冷え込みかけていた己の血が熱を取り戻す。不規則に脈打っていた心臓が静かな鼓動へと整っていくのが分かった。無事だ。ミリィは生きている。自分が守るべき日常は潰えていない。
「ありがとう……!」
其れだけで勇気が湧いた。希望が湧いた。力が湧いた。
なればこそ──。
「ハイネゴシクの真髄──」
握る刀に力を込めて、天の構えを取る。呼吸を一層深くする。
大上段より放つは、渾身。全身全霊の真っ向斬り下し。皆伝がための奥義にして、剣術の基礎。
──其処へ更に、応用として己は魔力を練り上げる。水魔術派生の氷結魔術を応用し、小さな稲妻を生成する。刃に雷を纏わせ、御するべく握力が一段と強まる。
「待て! 冒険者!」
いざ放たんという臨界点。仮面の男から飛び退き、レイチェルが己を制した。
「殺すな。……イェゴール、だったな? 刃を納めろ。お前もだ、クラヴィウス。一度冷静になれ。彼はこの事態を招いた傭兵ではない」
「チッ……」
クラヴィウス──そう呼ばれた仮面は舌打ちを一つしてから、器用に得物を鞘へと納めた。
己も、やり場を失った力を放散させてから構えを解き、納刀する。
「説明してもらおうか?」
クラヴィウスは尊大な態度でレイチェルへ詰める。
「……」
レイチェルの困ったような視線が此方へと移る。仲裁こそしてくれたが、事態を理解はしていないらしい。当然と言えば当然か。
「では、まず己から……」
様子を窺いつつ言葉を発したが、再びクラヴィウスは舌打ちをした。微塵も信用されていないらしいが、一先ず無視して己は事の経緯を話した。
傭兵団、邪轟侵域が河川から襲撃してきたために橋と線路が破壊されて、魔導列車は急停止。戦闘になった帝国軍兵士と傭兵。傭兵の狙いは二つ──軍の物資輸送を妨害して帝国へ被害を出すこと。そして、貨物にあった”魔王の指”。
護衛として乗り合わせた冒険者である己は、雇用主の安全のために帝国兵へ助力することにしたが、身分の不鮮明な自分が軍の味方であることを示すべく大将首たるミカヅキを狙う選択をした。
ミカヅキとの交戦中にミカヅキが放った魔力によって”魔王の指”が魔力増幅を起こし、帝国兵が暴徒化。其の事態を鎮圧するために帝国兵の無力化を行った。
其処へクラヴィウスが現れて……というのが己が把握する限りの事のあらましである。
「……だ、そうだ」
レイチェルは、さも自分が説明したかのような堂々たる態度でクラヴィウスへと視線をやった。
「遅れてやって来た挙句、適切な判断をした人間を傭兵呼ばわりとは……相も変わらず短絡的で思慮が浅いな」
「ンだと!?」
激情家なところがあるらしい彼を、レイチェルは馬鹿にするようにあしらう。
「嗚呼……其方の事情も伺いたい。何者なん──ですか?」
「オレはゾティーク帝国軍少尉、クリス・クラヴィウス」
姿勢を正して名乗る。折り目正しさは軍属らしいきらいを感じる。
「しゃーふ? らいぷにっつ? と言っていたのは?」
「黙秘する」
「位階だ。八天という八人組の中で二番目──」
「オレの所属は機密だぞ!」
少尉がレイチェルの言葉を遮るように言ったが、ほとんど聞こえてしまった。機密部隊の上から二番目という事は凄い立場なのだろう。
「其れなら其れで……何故レイチェルが軍の機密部隊について知っているんだ? Aランク冒険者ともなると軍と連携をすることがあるのか?」
「いや、八天の長が私の育ての親だというだけだ。ヤーヴィス・ギュンター・ホイジンガ中将。知らないか?」
首を横に振ると、彼女は「そうか」と短く返した。
「ペラッペラペラペラと……こっれだから女は……」
澄ました顔で事情を口にするレイチェルと、対照的に怒髪天といった具合で震えるクラヴィウスだが顔を仮面で隠したままなので実際の表情は分からない。
こうも彼女が明け透けに話しているのを見ると、八天という機密部隊はクラヴィウスが勝手に言っているだけで、本当は誰もが知ることの出来る公開情報なのではないかとさえ思えてくる。……が、判断材料が正反対の二人しかないので今の自分には分からない。
「レイチェル! 軍の内部事情を部外者にどこまで話す気だ! これ以上喋ったら、いくら中将の養女だろうと……! つーか余りに堂々としているから触れ損ねていたが、何だ貴様のその不似合いの格好は!? 防御力の欠片もない破廉恥な──!」
(其れに触れて良いのか……)
己も彼女を初めて見た数日前から気にはなっていたことだが、女性の外見や服装に口出しをすることは憚られたのだが、彼は何も包み隠さず直球をぶつけた。
「……クライアントの趣味だ。私も辟易している」
戦士然とした空気を醸す彼女には件の侍女服は確かに不似合いだが、其れを指摘されて照れ恥じらうように裾を引っ張る姿には如何とも言い難い色香を感じてしまった。
「──ところで少尉殿? 今、私に突っかかるよりも真っ先にやるべき仕事があるはずだろう?」
レイチェルが顎で示したのは、ひしゃげた金属匣の中に鎮座する”魔王の指”だった。クラヴィウスは「くそっ」と毒づき、不機嫌さを隠そうともせずに指の方へと向き直る。彼は懐から特殊な幾何学模様が刺繍された布と、重厚な小箱を取り出し、慎重な手つきで干からびた指を収容していった。
「其れを……如何するんだ?」
「無論──」
己が問えば、一言だけ返ってきた。壊すのか、使うのか、あるいは……。クラヴィウスは教えてはくれなかった。
厳重そうな重厚の小箱に刻まれた鍵が、カチリと硬い音を立てて噛み合わされた。彼は慎重な手つきで其れを懐に収めると、一切の油断なく周囲の夜気に視線を走らせる。
「おい冒険者、今日のことは他言無用だ。オレのことも、指のこともだ」
「話す知り合いもいない。無用な面倒は己も御免だ」
諸手を上げて敵意が無い事を示す。
「ふん。聞き分けが良いのは結構だ」
クラヴィウスは荷を纏め始めた。
思えば彼は一度たりとも客車の方を見ようとはしなかった。其処に居る上流階級の乗客たちがどのような混乱や不安に苛まれていようと、彼にとっては関知するに値しないのだろう。
「乗客の聞き取りや処置は、後続の警護と衛生に任せてある。線路がやられた以上、列車はどうにもならん。数日で直るものでもない。迎えの馬車の手配はされている。夜明けには到着するはずだ」
軍属ではあれど、機密部隊の人間は良くも悪くも視座が違うらしい。民草を守る方法は直接手を差し伸べるだけではないということかもしれない。
「オレは先に帝都へ戻る。お前も帝都へ戻ったら中将の元へ顔を出せ」
「分かった」
仮面の男は早駆けで夜闇に消えていった。
「此処から帝都まではどの位ある?」
「知らんが、遠い。数日はかかる」
「……走って行ったが」
「あいつ等は異常だからな」
「そうか……」
去っていった少尉の背を見送り、己は転がっている帝国兵たちへ視線を落とした。呼吸はある。だが、凍結させた腕や切断した腱をそのまま放置すれば、夜気の冷え込みも手伝って壊死や後遺症が残る恐れがあった。殺さぬために無力化したのだ、ここで野垂れ死にされては意味がない。
「何をする気だ?」
屈み込もうとした己に、レイチェルが呆れたような声をかける。
「凍結させた箇所の解除と、酷い出血の止血をしようかと。衛生部隊が来るとはいえ、夜明けまで持たねば死人が出る」
「やめておけ。ミカヅキと交戦した後にクラヴィウスともやり合ったのだろ? 疲弊した体で無駄な魔力を使うな。お前が死ぬぞ」
「……しかし」
言われ、気付く。くらりと視界が歪む感覚。魔力量には覚えがあったが、彼女が言うように連戦での疲れがあったらしい。
「軍属のことは軍に任せろ。誉れに泥を塗ることになる」
冒険者とは言え、民間人──守るべき対象に守られたとあれば……。
──思い起こされるのは塵界での戦い。己は、我が身を盾にしてでも守るべき女性に守られて生き延びてしまった。己の誉れは……。
「己は……」




