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第19話 目的

 ミカヅキ──そう名乗った半人半魔の傭兵団長が去った後の客車には、凍りつくような静寂が残った。狼狽や悲鳴こそ鳴りを潜めているが、未だ乗客達は緊張と恐怖に包まれている。代わりに客車の前方から響く重苦しい爆裂音と甲高い金打、戦士達の悲痛な怒号が車体を細かく振動させていた。


「ひ、ひぃ……っ。あいつ、本当に行ってくれたのか……?」


 先程の小競合いを止めた勇気ある御言葉を叫んだ少年は、窓から外の様子を窺いながら今になって震える声で言った。


「ミリィ、怪我はないか?」


 彼の声にハッとした己は振り返り、今になって主の無事を確認する。


「大丈夫……。イェゴールが受け止めてくれたから」


 ドレスの裾を気にしながら、ミリィは少し青ざめた顔で小さく微笑んだ。己はゆっくりと瞬きをして応じた。


「お前、行くのか?」


 そんな己に声をかけてきたのは隻眼の侍女──風の双剣使いだった。確か、王子にはレイチェルと呼ばれていた。


「何処へ?」


 己は只、質問の意図が分からなかった。


「渦中──」


 彼女の視線は己が握り締める右手にあった。


「帝国軍へ助太刀に行くのかと聞いている」


「己(おれ)は……」


 言葉が続かなかった。今以ての脅威であった傭兵団頭目は去った──彼女の様に剣を納めても問題は無い筈。だというのに、身体は得物を納めようとしない。

 血に飢えた猟犬でもあるまいに、無闇矢鱈に戦いたい訳では断じて無い。新兵訓練課程時代の思い出──帝国軍への里心めいたものが無いこともないが、其れだけのために助力をしようと考えているとも思えなかった。

 だというのに、此の猛りは何だ? 何に震えている? ──自分で自分が分からなかった。


「彼女を、ミリィを守らなければならない」


 此れだけは自信を持って宣することが出来た。


「イェゴール……」


 ミリィが心配そうな声色で己の袖を掴んでくる。ますます自分のやるべきことは彼女の護衛であると自覚する。


 だが、なればこそ、何故己の意識は前方の貨物車両から──戦場から離れない? 暗く渦巻く衝動めいたものが己が胸裏で感じられるからではないか。

 車窓の外、激しい白兵戦の音が響く貨物車両群の方向から大気を通じて流れ込んでくる其れを、己の肉体は克明に捉えていた。

 魔力の波長である。

 かつて、と言っても自分としては数週間前のことだが──塵界で感じた魔力に似たものを感じる。其れも只独特なだけではない強大な魔力。


『──生憎とクライアントから頼まれたのが、この貨物車に乗せてある軍のブツでな』


 ミカヅキの去り際の言葉が思い出される。貨物車の中に、何かが在る。己と同じ、あるいは己以上に歪められた何かが。


 仮に今感じている事実が正しかったとする。であれば、何故今までは感知出来なかったのだろうか? 乗車前に貨物車両の傍を通った際には感じなかった。封印されていたものが襲撃によって緩み始めていると見るべきか……。


「──なら、こっちは私に任せろ」


 彼女の声に己はハッと意識を客車内へと戻した。隻眼の女剣士は迷いを払った眼差しで己を直視していた。


「お前が何者かは知らん。だが……その佇まい、ただの一般客でないことくらいは解る。何かに気付き、動こうとしているな?」


 口振りからして、彼女も此の異様な魔力に違和感を抱いている様子だった。


「私はレイチェル。Aランクの冒険者をしている。そこの王子殿下の護衛でこの列車には乗り合わせた」


 そう言ってレイチェルはギルドカードを見せてきた。これまで出会った中で最上位の冒険者──先程のミカヅキとの攻防からも実力が相応にあることに疑う余地はない。


「……」


「客車の護衛なら私が引き受ける。王子を守るのが私の使命だが……同時に、乗客全てを守ることも私の役目だと考えている。その少女も含め、全員を私の命に代えて守ってみせる」


「何故?」


 己が問うと、彼女は鼻で笑って答えた。


「愚問だな。無辜の民を守るのに理由が要るか?」


「違いない……」


 彼女の意思には共感出来るものがある。力を持つ者が無辜の民を守るのに理由は不要だ。自分も其れが人間として正しいと思える。


「いや、質問に質問で返すのは卑怯か。そうだな……私を救ってくれたエメット・ハルトマンならそうするから」


 理由を語る彼女の声色は少し明るかった。ミカヅキに夢を語れと問われた際にも彼女はハルトマンの名を口にしていた。どうやら彼女は総統閣下の恩義に報いるために戦っているのだろう。


「そうか」


「私も総統閣下のように大勢の人を守りたい。だが現実問題、今の私の手が届くのは……精々この客車内の人間が限度だ。お前には私の代わりに──私の分まで帝国軍の者たちを助けに行って欲しい」


「……ミリィ」


 屈み、袖を握る主へ目線を合わせる。


「己は人間として正しくありたい」


 そうすることで、自分が殺人兵器でなく人間であると思える気がする。


「暴虐な傭兵団を退けるため、帝国軍の手助けに行っても良いだろうか? マスター」


「……怪我しないでね。ちゃんと帰って来てね」


 卑怯な聞き方をした己をミリィは温かな笑顔で送り出してくれた。


 ◇◆◇◆


 客車を出ると、直ぐ目の前で帝国兵と邪轟侵域(レッドゾーン)の傭兵が交戦していた。客車を狙わせない云々というのは何だったのか──悪人の言うことを素直に信じる方が馬鹿だと言えば其れまでのことだが。


「なっ! 一般客は降りて来るな! 中で大人しく──」


 兵士は不意に現れた己に意識を奪われた様子、其の隙を突くかたちで傭兵が剣を打ち込む──己は握る得物を走らせ、傭兵の腕を斬り落とす。


「生憎と一般客ではない。当方一身上の都合につき軍へ助太刀させていただく」


 絶叫する傭兵にやや遮られながら、自分の立場を軍人に伝える。


「え、あ……あぁ。冒険者の人か? なら前の方が押されてるから助けに行ってやってほしい。こっちは任せてくれ」


 のたうつ傭兵の首を刎ねながら、彼は己に指示を出した。


「──心得た」


 駆け出す。暗中に感じ取られるは土と鉄と炎の臭い。何処か懐かしささえ感じる。


「ぐおおおああああ!」

「怯むな! 我ら精強ゾティーク帝国軍!」

「カッハッハー! どうしたどうした帝国軍ン!? 精強精鋭なんだろう? もっと本気を見せてみろ! 総統閣下はこんなもんじゃアなかったぞォ!」

「てぃああああ!」


 気声が近付く。

 敵味方の区別が付かない今、高威力の魔術で一掃するという選択肢は現実的ではない。


 であれば──。


「ハッハーン? さっきの兄ちゃんじゃあねェの。何しに来たよ?」


「帝国軍の助太刀へ参った」


 唯一顔の判る大将首──ミカヅキを狙うのみ。


「カハハ、面白ェ」


 刀と手甲が火花を散らし、キリキリと張り詰める。


「将を射んと欲すれば先ず将を射る……素晴らしい闘志だ。惚れ惚れするぜ」


 戦略的な打算や勝算があったわけではない。帝国軍の制服を着ていない自分が、今此の場で他の帝国兵に味方であると示すにはミカヅキに刃を向けることが一番に思えただけであった。


「名乗れよテメェ……。気に入った」


 「気に入った」という言葉に反して、客車でのレイチェルとのやり取りと比べて気乗りしていない風に思えた。


「Dランク冒険者、イェゴール・マシラウ。──一身上の都合につき、帝国軍へ加勢させてもらう!」


 ミカヅキの挑発に乗ったというよりも、周囲の帝国兵に自分の所属と立場を喧伝することを目的に声を張った。が、薄っすらと「Dランクか……」という落胆めいた空気が流れたのを感じ取る。

 と、同時──此の首魁を引き付けるべく剣撃を放ちながら混戦を早駆けで抜け出す。


「嘘は良くないなァ!!」


 敵手は此方の作戦に乗ってきた。策に嵌ってくれたというのは自惚れだろう。飽くまでも今現在、此奴の興味対象たれているが故に己に集中してくれているだけだろうと考える。其れでも構わない──一大戦力であろう頭目を引き付けることで、帝国兵には他の傭兵団を集中して相手取ってもらうことが出来る。


「イェゴールゥァッ!!?」


 刀と手甲──得物の間合いに圧倒的な優位が有ったというのに、彼奴の熱の籠った一撃で己は数ルク吹き飛ばされる。打ち負けたという事だ。

 次瞬、まるで空間其の物が圧縮されたように、開いた間合いが詰められて、目の前にミカヅキが居た。


 振り注ぐ打突の雨を刀身で往なしながら自分の間合いへと徐々に退く。


「それ程の実力でDだァ? どういう理屈だ教えてくれよァ! 八十年サボってたのか? いや、そうは見えねェ。俺の目は誤魔化せねェなァ!」


 戦闘の最中だというのに良く回る口だ──そう感じたと同時、彼の言葉に引っ掛かりを覚える。


「八十年?」


「白ばっくれるか? オーバーロード!」


「何故ッ……!?」


 何故、此奴が其の名を知っている?


「まさか──」


「何考えてるか当ててやるよ。『まさか大戦の生き残りか?』ってとこだろ?」


 ミカヅキはキシリと歯を剥き笑う。


「その、まさかだよォッ!!」


 気声と共に放たれたフックを己はスウェーで回避し、腕へ斬り上げを噛ませると、バギン! と硬い音が鳴り響いた。


「俺はテメェらが大好きだ。いや、正確にはテメェらを生み出すにまで至った当時の人族の気概が好きだ。勿論、んなワケ分かんねぇモンに身を窶してまで戦ったお前らの根性も気に入ってる──」


 腕の感覚を確かめるようにプンと数回スナップさせながらミカヅキは言う。


「何処で知り得た──」

「おいおいおい、まだコッチのターンだろうが? もう少し気持ち良く喋らせろよ。影の英雄さんよォ」


 此方の問いかけを遮る。己達魔導改造人間の存在は軍の中でも機密情報の筈。ミリィから聞いた歴史の中にも自分達は出て来なかったことからも、秘匿されているだろうことは窺えた。だというのに、此の男は──。


「お前達はジン・フィリップス・ホワイトヘッド達が塵界で戦えるようにするための人柱だったんだろう? 命を燃やして結界張って、普通の人間が生きられるようにするための──素晴らしい! 人類軍が死に物狂いで考え出して実行に移した存在! お前達には感服する!」


 彼は、ずばり自分達の生み出された因果と役割を言い当てた。


「だが! だからこそ! 人倫に反するオーバーロードは輝かしい人類史の闇に消された。製造方法も抹消された。あぁ! 何て嘆かわしい。俺は人類に落胆した。そんな半端な冷静さをまだ持っていたのかと。なぁ、お前もそう思っただろ? 違うか?」


「お前がそう言うのなら、そうなのだろうな。己は戦後を知らん」


「はァ? 知らん……? ……どういう意味だ? どういう契約でテメェは今生きてる。軍に口止め……されてって具合でもなさそうだな」


 初めて、此のミカヅキという男が困惑を見せた。


「己は八十年前の戦場から、魔力の歪に飲まれて此処ゾティークに転移してきた。……と言ったら信じるか?」


 自分でも納得も理解も出来ていない信じ難い事実を伝えてみる。


「…………。カッハッハッハッハッハ! 面白ェ冗談だ。……が、お前がそうも若いのには筋が通る。改造人間ってのが老けないと考えるよりは。見たとこ純血の人間だろ? 長耳だとか魔族の混血には見えねェ」


「嗚呼」


「信じよう。信じようとも! その方が面白ェからな!」


「己が……最近になって生み出されたオーバーロードだとは考えないのか?」


「考えないでもなかった。……けどな、お前の魔力の巡りは忘れようもなく当時あの戦場で感じた気色悪さだ。俺が保証してやる。今ならもっとマシな回路を組むだろうよ。良くも悪くも人間はあの頃より賢くなっちまった。テメェらみたいな無茶苦茶な構築をしないだろうという信頼がある」


 ミカヅキはコツコツと蟀谷(こめかみ)を指で叩いて宣う。魔族には魔力の流れを視覚情報として読める者がいると聞いたことがあるが、彼もそうなのだろう。


「さて、イェゴール・マシラウ──一つ取引といかないか?」


 だらりと腕を広げて敵意は無いと訴える風に彼は言った。


「断る」


 だが、己は其れを突き放す。構えを解いた其れを恰好の隙として飛び込み、斬撃を幾つも見舞うもしかし──どれも有効打とはならず。


「まぁ、そう言うな。俺達は雇われの傭兵団だ。金だの諸々のために帝国にちょっかいをかけているわけだが……」


「黙れ。列車から手を引け」


「人類軍と今の帝国軍じゃ縁はないハズだろ?」


「己の今の主が──守るべき人が乗っている」


「そりゃあ良い。人間、守るものがあれば明日を見据えて強く生きられる。大事にしろよ?」


 ミカヅキはカラカラと笑いながら、まともに取り合わない風に此方をあしらう。


「お前も感じてるんだろう? 貨物の中にある妙な気配を──」


「……」


 核心へと迫ってきたが、飽くまでも無視を決め込むつもりでいた。

 己としても妙な気配は感じ取っているものの、無法者の口車に乗る気は無い。


「アレが、魔王アザトルト絡みだとしたらどうするよ?」


「──何、だと……!?」


 だというのに、此ればかりは無視を貫くことは出来なかった。

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