第15話 自覚
乗合馬車に揺られること三日。道中、他の乗客から己に奇異の視線が向けられていることを薄っすらと感じてはいた。しかし、だからといって何があるということもなく、護衛としてミリアルテの隣を守り続けた。
旅路で一度、馬車が獣に襲われかけたので、出張って撃退した。其れ以外は何事もなく馬車は順調に街道をひた走り──遂に第一目的地の都市、クラークへと足を踏み入れた。
「くぅ~……疲れたね」
「……嗚呼」
彼女に同意しておいた。が、己としては想定よりも疲労が少なかったというのが正直なところであった。馬車の乗り心地が、自分の知る其れよりも随分と良くなっていたためだ。技術の進歩だろうか?
技術の進歩と言えば、街並みについてもそうだ。
陽が落ちているというのに、街道に点々と灯りが設置されている。其れも己の知るランタンの類よりも明るく、揺らぎなく見える。
「ああ、街灯? あれは魔術師が点けてるものだよ」
灯りに目を奪われていた己が可笑しかったのだろう。彼女が教えてくれた。
「只のランタンではなさそうに見えるが」
「魔石を使ってるからね。オイルランプより明るくて長持ちするの。それに、一カ所ずつ点けて回らないで、夕方に回路を通して一括で点けられるんだよ」
「魔術回路はどの様に刻んであるんだ?」
「クッフッフ~……街道が回路になってるの!」
「……と、言うと?」
「街の開発に際して、街そのものを大きな魔道具として捉えることにしたの。街道と上下水道を大きな魔術回路として設計したんだ~」
得意げに彼女は言った。まるで自分事のようだ。
「此れも魔導遺物学で学ぶのか?」
「ううん。まぁ、私が専攻することにしたルーツではあるけど……っと、着いたよ!」
ミリアルテに付いて歩くこと十数分。大通りの喧騒から少し外れた静かな住宅街へと足を踏み入れる。其処に建っていたのは、石造りの落ち着いた、しかし明らかに平民の住処とは一線を画す二階建ての邸宅であった。
「ここが、私の実家だよ」
「……立派な邸宅だな」
正直に口にすると、ミリィは少し誇らしげに、けれど照れくさそうに笑った。
門を潜り、重厚な木製の扉を叩く。やがて内側から鍵の開く音が響き、エプロンをつけた老婦人が顔を出した。
「おや……まあ! これはこれはミリアルテお嬢様!」
「マーサ! ただいま!」
「まあまあ、お帰りなさいませ! 奥様、旦那様! お嬢様がお戻りですよ!」
奥の部屋から足音が響き、身なりの整った紳士と気品ある婦人が姿を見せた。ミリアルテのご両親だろう。
「ミリィ! 無事だったか!」
「お帰りなさい、久しぶりね、ミリィ。心配していたのよ」
娘の帰宅を心から喜ぶ二人に、ミリアルテは「ただいま! お父様、お母様」と抱きついた。ひとしきり親子の再会を喜んだ後、二人の視線が己へと向けられた。180セルクを超える体躯に、腰に軍刀を差した男──パーティならいざ知らず、一人となれば怪しむのも無理はない。
「ミリィ、彼は?」
「イニシラで雇った護衛冒険者のイェゴール! 凄腕の剣士さんで、道中も私を守ってくれたの!」
特に彼女を守ったりした記憶も無いが、口出しはしなかった。
「お初にお目にかかります。ミリアルテ様の護衛を務めさせて頂いております、イェゴール・マシラウと申します」
目線は父君に向けたまま、45度の敬礼をした。
「クハハ! 随分と折り目正しい冒険者さんも居るものだね。けれど、貴族の出とかではない様子だ。私はヴァルダー・フォン・ザイドリッツ。娘を無事に送り届けてくれて、まずは感謝を」
ヴァルダー氏の視線が隣の女性に移るのを認め、頭を上げて向き直る。
「私はミリィの母のルイーゼです。私からも感謝を──この子、我が儘でしょう? 迷惑をかけていないと良いのだけど」
「滅相もございません。私が助けられる事もしばしば──」
挨拶を終え、己は一歩引き下がった。
「私は此処で失礼します。冒険者ギルドへ赴き、宿を確保し──」
「えっ!? イェゴール、泊まっていかないの!?」
ミリアルテが驚いた声を上げる。が、そういう訳にもいくまい。
「マーサ! 客室の支度をして! 夕飯も豪勢にしてね」
「かしこまりました、お嬢様」
「い、いや、しかし己のような身元の怪しい冒険者崩れを……」
「怪しいだなんてとんでもない! ミリィが君に信頼を寄せていることは明らか。親の目を侮ってもらっては困るよ? さあ、どうぞ上がっていっておくれ」
父君は柔らかい口調で己の退路を断った。
◇◆◇◆
ザイドリッツ家のリビングテーブルには、目を見張るような豪華な夕食が並べられていく。使用人のマーサさんを中心とはしつつも、奥様まで「一品作るわ」と言ってキッチンへと行かれた。
(外食をせずに家でこんなにも立派な食事が出るとは。使用人が一人──そして、ヴァルダー・フォン・ザイドリッツ……フォンと言ったな。高貴な身分と見るべきか……)
今更ながらミリィ──ミリアルテ・フォン・ザイドリッツが名門の血族であったのかと思い知る。
「手紙だとオマサキにフィールドワークで行くと書いてあったね。どうだった? オサマキは何もない場所だと聞くけれど」
「そうなの。何も無かったんだー。本当に何も無いのかを見に行ったようなものだったから良いんだけどね」
「クハハハ、良かったのか悪かったのか……。次はどこへ行くか決めているのかい?」
「大学に戻って教授と相談にはなるけど、合衆国に行こうと思ってる。──なるべく早い内に」
「それはまた……!」
ヴァルダー氏は驚きと心配の混じった視線で娘を見た。
「お待たせ致しました」
父子の会話を断つように、料理が更に沢山運ばれてきた。
「さあ! 遠慮せず食べてくれ。マーサの料理は勿論、妻のラザニアも絶品だ」
ヴォルダー氏は言った。ご婦人方とミリィの視線も己に集まっている。仮にも客人の身である己が手を付けなければ彼らは料理を口にしないだろう。
手近に置かれていた件の奥様お手製ラザニアに手を伸ばすと、すかさずマーサさんが取り分けて下さった。
「い、頂きます」
期待の視線に緊張しつつ口にする。
「どうかしら?」
「大変美味しいです」
ルイーゼさんの問いかけに、己は嘘を吐いた。
味が薄かった。舌の上に伝わるのは、熱さと、微かな塩気、ソースのヌルりとした感触のみ。存在する筈の旨味も味わいも、己の舌には届かない。まるで温かい泥を噛み締めているかのような、無機質な感覚。
「クフフ、お母様のラザニアは私も大好きなの! イェゴールにも気に入ってもらえたみたいで嬉しいな」
そう言って、ミリィも掬い分けたラザニアを頬張る。
「奥様のラザニアには私も敵いません」
「嘘おっしゃい。貴女に料理で勝とうなんて思っていないわ」
彼女たちの幸せそうな表情を見るに、本当に美味しいのだろう。だが、此れは──。己は──。
イニシラや道中──つまるところ八十年の転移を経てからの食事についてを思い返す。周囲の人々は美味しそうに食べていた。自分の味の好みが時代遅れなのかと考えていたが、此れはそういった次元の話ではないように思えてくる。
美味しい美味しくないという味の品評の話に自分はいない。──味を感じ取ることが出来ていないのではないか?
「……とても、素晴らしいお味です」
己は表情一つ変えず、そう嘘をついた。手厚く饗してくれている温かな家族に対して、「味がしない」などと言える筈もなかった。完食することこそがせめてもの礼儀とばかりに、黙々と皿を空にしていった。
◇◆◇◆
あてがわれた客室は、己が此れまで見てきたどの部屋よりも豪華で、清潔であった。
羽毛が詰まったフカフカのベッドに、清潔なシーツ。窓からは先ほどミリアルテが誇らしげに語っていた魔導街灯の柔らかな光が差し込んでいる。
「おやすみなさいませ、イェゴール様。ごゆっくりお休みください」
「ありがとうございます。マーサさん」
燭台の火を消そうかと考えた際に、ドアが軽く叩かれた。
「イェゴール君。一杯付き合ってくれるかな?」
ご主人の声だった。
「はい」
己が扉を開けると、ヴァルダー氏は手に二つのグラスと、琥珀色の液体が揺れるボトルを抱えて立っていた。
「夜分にすまないね。客人にゆっくり休んでもらうべきなのだが……少し、男同士で話がしたくてね」
部屋に入ったヴァルダー氏は小さな丸テーブルに促した。
「クフフ、緊張することはない。楽にしておくれ。私は……僕は一介の町役人だ。高貴な身分なんてことはないよ」
見透かすように彼は言う。
「爵位などは……」
「ああ、フォン・ザイドリッツ──ってね。親の七光りって奴さ。君をちょっと脅かすのに名乗ってみたら効果覿面だった。クハハ──いや、申し訳ない。ミリィはミドルネームを伏せて君に名乗っていたみたいだね。父が現役のときは準貴族ぶるのに名乗ったらしいけど、僕はしがない三男坊だからね。本家のゴタゴタについては兄さんに任せきりだよ」
苦笑しながらヴァルダー氏──ヴァルダーさんはグラスを二つ並べ、深みのある香りを放つ酒を注いだ。
「これはクラーク特産の銘柄でね。十二年ものだ。──さあ、遠慮なく」
「頂戴いたします」
グラスを掲げ、ノージングをすれば芳醇な香りが鼻を抜ける。口に含むとピリリとアルコールの微かな痺れ。独特のコクもあるのだろう……しかし、己の舌が感じ取ったのは刺激のみであった。
「……美味しい酒です」
己は先程と同じく、滞りなくそう答えた。申し訳ないが、先程の食事よりは幾分か風味や刺激が感じられて「美味しい」と感じられたのが正直なところだ。
だが、グラスを傾けていたヴァルダーさんはフッと口元を緩めると、穏やかに首を振った。
「君は、とても誠実で優しい人だな。イェゴール君」
「……と、おっしゃいますと?」
「夕餉も、今の酒も。君にとっては何の味もしていないのだろう?」
「──ッ」
心臓が不快な跳ね方をした。無意識に背筋が強張り、指先がグラスを強く握り締める。
「そう身構えないでおくれ。責めているわけではないんだ」
ヴァルダーさんは困ったように笑い、静かにグラスをテーブルに置いた。
「自慢じゃないが、人を見る目はそれなりでね」
彼はくつくつと自嘲がちに笑い、「貴族崩れを侮ってもらっては困るな」と言って続ける。
「君が湯浴みをしている間、ミリィから少しばかり君の話を聞かせてもらったよ。過酷な戦場で同胞を失い、ただ一人でこの帝国へと流れてきた……とね。若いのに随分とご苦労をされたみたいだね」
「……」
あらましは合っている。が、己が塵界魔京戦役で戦っていた八十年前からの放浪者であることはミリィは伏せてくれたと見えた。話がややこしく胡乱になる。
「どのような地獄を潜り抜けてきたのか、僕には想像もつかない。けれどね、死と背中合わせの極限状態に長く身を置いた者は……時に自らを守るため、五感の一部を遮断してしまうことがあると聞いたことがある。激しい心身の負担が原因でね」
彼は静かにグラスを傾け、琥珀色の液体を喉へと流し込んだ。
「味もしないだろうに、二人の料理を『大変美味しい』と褒めてくれた。酒にも不平を言わず付き合ってくれる。君のその不器用な優しさに、大人として感謝こそすれ、責める理由なんてどこにもないさ」
「……不躾な真似をいたしました。手厚い饗応に対し、嘘を吐いて誤魔化そうとしたこと、深くお詫び申し上げます」
「クフフ、謝る必要はないと言っているだろう? ……あの子が気に入っているのも頷ける。朴訥──といった具合が僕も気に入った」
「畏れ入ります」
「それから、あまり眠れていないだろう?」
「あ……まぁ、はい……」
「どうしてまた? みたいな顔をするね。味覚については直観だったけど、こっちについては誰が見ても気付くと思うよ」
彼はそう言って目の下をトントンと指先で叩いた。
「クマが酷い。最初は酷く人相の悪いのを連れてきたな、なんて思ったけれど──娘の話を聞いて合点がいったよ」
「ミリィ──ミリアルテさんは何と?」
「日中もずっと眠そうに憂いを帯びた眼をしている。なのに夜はなかなか寝ない──眠ってもすぐ起きて、鍛錬をしている。と話していたよ」
「其れは……いえ、そうですか」
よもや気付かれていたとは。
「味覚障害に不眠とは……難儀な事だね。三大欲求の内二つが不満足ときた。ついでに聞くけど、性欲の方はどうだい? 親の贔屓目を抜きにしても、ミリィは美人だと思うんだけど」
何て事を聞くんだ此の人は──。
「なぁに、酒の席だ。聞かなかったことにしてあげるよ。僕としては家の事を気負わずに自由に生きて欲しいと思っているんだ。だから大学に通わせて世界を知って欲しいと考えているのだけど、妻は──あ、妻もそれなりの名家、ヴァルトルートの人間でね。自身と同じ様に良家へ嫁いで貰いたいと考えているみたいなんだが……ミリィは嫌がっている。自由恋愛に憧れがあるらしい」
酒が回っているのか、よく回る口だ。
「恋に恋する──というのはあるだろうけれど、ミリィは君のことを中々に気に入っているらしいけれど。君としてはどうかな? イェゴール君」
「ミリアルテさんは、素敵な女性です。聡明で優しく、己の知らない事を多く教えてくれます」
「それで──?」
「好悪で言えば、好きではありますが……そういった好きであるかは、未だ……何とも……」
「旅路で夜を共にもしたろう?」
「まぁ、はい……」
「抱いたかい?」
あけすけな人だ。
「いえ……」
「娘じゃ勃たないと言うのかい!? 僕が君くらいの年の頃は毎夜妻と熱い夜を過ごしていたっていうのに……」
あけすけで無茶苦茶な人だ。
「いえ、そういう……訳では……否……」
思い返す。彼女で勃たないというよりは、此の数週間──より正確には初めての夜を明けて、ルルチェを喪って以後、愚息が主張してきた覚えがない。
よくよく考えれば、此れまで──戦役に列するまでは戦闘後や激しい訓練の後などは性欲が滾っていた。危機に身体が本能的に子孫を残したがっていたのだろう。だが、此方へ来てからは討伐など命のやり取りをしても肉体は悲鳴も歓喜も──何も訴えてくることはなかった。
食うことも、眠ることも、そして血を残すことすら──生物としてのあらゆる欲求が、あの戦場で死に絶えているとでも言うのか。
(まさか……己は……)
「ほう……? 何か思い当たる節が?」
己が急に言葉を失い、蒼白になったのを見逃さず、氏は探るように覗き込んできた。
「……酒の席の戯言として、お忘れいただきたいのですが」
己は深く息を吐き出し、搾り出すような声で呟いた。
「……機能していないのやも、しれません」
「あぁー……な、る、ほ、ど。……やあ、すまない。冗談のつもりだったんだが……踏み込みすぎたね」
ヴァルダー氏は気まずそうに苦笑いし、自身のグラスを弄った。
「話したくなければ、これ以上は聞かないけれど……話してみると楽になるかもしれないよ?」
父も死んでいなければ──より正確には八十年経っていなければ、眼前の男性と同じくらいの年齢だったかもしれない。そう思うと、初対面だというのに正直に話すことが出来た。
戦場で仲間の女性と恋仲になり、体を重ねたこと。その翌日、彼女が戦死したこと。其れを引き摺っているのかもしれない、と。
「──話してくれて、ありがとう」
ヴァルダーさんは深く静かに頷き、ゆっくりとグラスの酒を飲み干した。己の過去を糾弾するでも、安易な同情を寄せるでもない。ただ、受け止めてくれた。その静けさが、強張っていた己の肩の力を少しだけ抜けさせた。
「君の時計はそこで止まっているのかもしれないね。けれど──そう悲観することもないと僕は考える」
グラスの縁を指先でなぞりながら、彼は窓の外に浮かぶ街灯へ視線を向けた。
「忘れようとする必要も、無理に乗り越えようとする必要もないさ。それ程までに誰かを深く想い、命懸けで戦い抜いた証なんだからね。……男として尊敬こそすれ、その生き様を嘲笑うつもりも、安易に『新しい恋をしろ』なんて励ますつもりもないよ」
そう言って彼は小さく苦笑し、己のグラスへ琥珀色の酒をほんの少しだけ注ぎ足した。
「ただね、イェゴール君。止まったままの時計でも、ポケットに入れて持ち歩くことはできる」
「……」
「ミリィとの旅はどうだった? まぁ、大学まで送り届けるのだから序盤だけどね」
「……はい。己の知らない事ばかりで、彼女には助けられています。新鮮で、刺激的です」
「なら、今はそれでいいのさ。その止まった時計を胸に抱えたまま、ミリィの旅に付き合ってやっておくれ。そうしてあちこち引きずり回されている内に……いつか、凍りついた針が不意に一刻を刻む日が来るかもしれない。……たとえ来なかったとしても、君が今日まで懸命に生きて、誰かを守り抜いた事実に変わりはないんだから」
ポン、と肩を叩かれる。
「まあ、親の贔屓目としては……その不意の一刻を刻ませるきっかけが、うちの娘だったら少し嬉しいけれどね。クハハ」
「ヴァルダー様……」
「様なんてよしてくれ。うちのジジイみたいじゃないか。さて、酒の席での話──男同士の秘密という事で。病気についてはミリィにはまだしばらく言わない方が良いだろう。あの子は聡明だがまだ若い。君の過去や傷を知れば、余計な責任を感じて空回りしてしまうかもしれないからね」
ヴァルダーさんは悪戯っぽく笑うと、「おやすみ」と言い残して静かに客室の扉を閉めた。
一人取り残された部屋の中。再び静寂が室内に満ちていく。
己はテーブルの上に残されたグラスを見つめた。
味がしない食事。訪れない安眠。そして、生き物としての本能を拒絶する身体。
八十年前の惨劇から、己の肉体と心は未だにあの冷たい戦場で立ち尽くしたままだ。自分は生き残ったのではなく、あの時に死に損なっただけなのかもしれない。
(……ルルチェ)
亡き彼女の名を心の中で呟く。胸を刺すような痛みは、今も変わらず其処にあった。
けれど──。
ふと窓の外を見やれば、整然と並ぶ魔導街灯の柔らかな光。
道中で見たミリアルテの誇らしげな笑顔や、くだらないことに目を輝かせる姿。そして先ほどヴァルダー氏が残していった、温かな言葉。
冷え切り、固まりきった胸の底に、小さな小さな熱が灯っているのを感じた。
「……情けないな、己は」
ぽつりと呟いた声は、静かな夜の闇に溶けて消えた。
己は結局ベッドには横にならず、軍刀を抱えて壁に背を預けた。
舌の感覚も戻らなければ、眠気も訪れない。けれど、己の内に残るかすかな温もりを確かめるように静かに目を閉じ、深い夜の静寂へと意識を沈めていった。




