第14話 協議
陽が傾き始める頃にはケイン郡の市街地へ入ることが出来た。道中は5~6キルクを目安に休憩を挟んだが、特に何事も……否、有った──と言えば有った。
集落を発って数時間、道々の白が斑になり出した頃に其れは現れた。
「ギャハハハハ! オレは泣く子も黙る傭兵団邪轟侵域が一員! 人呼んで痺れ蜘蛛のゲンバー!!」
茂みから現れた男は手にナイフを持っていた。其の少し手前で気配を感知していた己は馬から降りて警戒態勢を取って歩いていたが、正解だった。しかし、何故奇襲を仕掛けて来ず、正面から堂々と現れたのだろう?
「痛い目を見たくなければ大人しく金目のものを置いていくんだな。でなければ、オレのこの、魔獣をも昏倒させる毒の塗られたナイフで──」
毒を塗ったナイフ──であれば尚のこと奇襲を仕掛けるべきではなかったろうか? そう考えながら此方も得物を抜くと、野盗は自慢のナイフを見せびらかすようにチロりと舐めた。
「は?」
「え?」
己だけでなく、やや後方に控えさせていたミリィまでもが困惑の声を上げた。
「は?」
痺れ蜘蛛は、己達が何に混乱しているのか分からないといった風に此方を見ていた。が、瞬く間に痙攣しながら倒れた。
「え? この人……。え?」
ミリアルテは只管に混乱していた。
「……」
毒の効果は確かに驚異的だった。成人男性が寸秒で昏倒するのだから、魔獣にも有効かもしれない。が、彼に必要なのは毒薬ではなく頭に効く薬だろう。
「行こうか、マスター」
己は再び馬に跨り、旅路を急いだ。
此れを何か有った。護衛の任務を果たしたとするならば危険な旅だった。が、ミリィ一人でも無事に乗り越えられたのではないかと考えもした。
閑話休題。
無事に陽の高い内にケイン群で一番大きな街ドルドーニへ到着できたのは何よりだ。
衛門の兵士はイニシラで見た其れよりは多少やる気を感じたものの、やはりルーティンワークといった風で危機感に欠いている様に見えた。しかし、戦争中でもなければこんなものなのかもしれない。平和なのは何よりだ。
等と考えながら馬を降りたのだが、検問前だというの雇用主は降りようとしない。
「ミリィ?」
「イェゴール……」
「如何した?」
不安そうに己を呼ぶ彼女に駆け寄る。
「……笑わない?」
「嗚呼」
「内腿が痛くて降りられない……」
「そんなことか。辛ければ言ってくれれば良かったものを」
馬を少し屈ませ、ミリアルテ嬢を丁重に抱き上げる。
「恥ずかしい……重くない……?」
彼女は林檎の様に頬を染めて、両手で顔を覆った。
「嗚呼」
女性とはこうも軽く、簡単に壊れてしまいそうなものかと感じた。
(彼女は──)
甘く苦い記憶が脳裏にチラついた瞬間、無理やり思考をミリアルテの事で塗り替える。よそう。女性を比べるような真似は。
「やっぱり重いんだ! ワアアアア!」
「のわっ、重くない! 重くないから、暴れないでくれ!」
腕の中で少女が暴れ始めた。
「だってイェゴール辛そうな顔したからァ!」
「其れは、違……! そら、高い高い!」
「きゃああああ!」
暴れる彼女を無理やり放り上げる。
「私のこと! ッひゃああああ! 子供だと! わあああ! 思ってるでしょ!」
投げてキャッチして、また投げてと幾度かして見せてやる。重たくないぞとアピールするために。
「ははっ、如何だろうな」
受け止め、そっと地面に降ろしてやる。
「失礼する」
彼女の足元へ跪いて、掌を彼女の太腿へ翳す。
「ハイルン」
此の程度なら簡単な回復魔術でも痛みは和らぐ筈だ。
「痛みはましになったか?」
「うん! ありがとう!」
回復した彼女と共に、馬を引いて列へと並んだ。
検問はミリアルテの護衛の冒険者という形でパスした。彼女が帝国大学の学生証を見せると「おぉ!」と声が上がった。自分の居た八十年前でも帝国大学は権威ある学位だったが、今も立派な身分らしい。己はギルドカードを見せる準備をしていたが、必要なかった。「帝国」という威光は凄いなと思い知る。
無事に街へ入った己たちは、まずは借りていた馬を借馬屋へと返却した。此処からクラーク行きの乗合馬車が出ているとのことで、明朝の便の予約をした。天候等にもよるが二、三日で着くらしい。
「それじゃ、宿に荷物置きに行こっか」
「決まっているのか?」
此処は昨日の集落と違い、イニシラよりも大きな市街だ。宿だって幾つもあるだろう。
「ギルドへ行くよ」
「嗚呼、成程」
「探せばもっと安い宿も有るかもしれないけど、ある程度安くて綺麗でってなるとギルドかなって」
思えば彼女はイニシラで自分と同じ冒険者ギルドの抱える宿に泊まっていた。帝国大学の人間は宿泊出来るのだったなと思い返す。
市街を散策しながらギルドを探した。道を教えてもらい、大通りの賑わいから一つ角を曲がる。ギルドへ向かう近道と思われる裏路地へと足を踏み入れた時のことだった。
「……ミリアルテ、己の傍を離れるな」
「え? う、うん……?」
歩を緩め、静かに彼女を背後に庇う。
前方から二人、そして背後から一人。足音を殺しているつもりなのだろうが、体重の乗せ方が雑で石畳を蹴る音が丸聞こえだ。兵士どころか、只の乱暴者の足取りだった。
(大きな街、人が多ければ相応に悪漢も増えるのは今も昔も変わらぬか)
「へへっ、怖気づいたか? 旅人さんだろ? なぁ、金置いてけよ。痛い目見たくなかったらよォ!」
薄汚れた革鎧を着た男が二人、ナイフをちらつかせながら前方の物陰から現れた。背後を振り返れば、角材を構えた大柄な男が逃げ道を塞ぐように立っている。
「イェゴール……!」
ミリィが己の服の裾をぎゅっと掴んできた。彼女の手からは不安が伝わってくる。
「インヴォーク・ソ──がァッツ!」
魔術での牽制から入ろうとした様子の敵手──掲げた腕に火を点す。市街で炎魔術はなと考えながらも、対手を怯ませる程度の低出力なら良いだろうと考えた。
狙い通り、不意の出来事に慌てる男。インヴォークメソッドという簡易詠唱魔術が普及していようとも、完全な無詠唱の方が速度に勝る。今後の旅でも牽制として有効に使えるだろう事を確信する。
しかし、突然に腕が炎上した仲間に驚きながらも、挟み込むように前後から男が詰めてきた。
己は得物を抜き放ち、敵方の腕を二本切り飛ばす。ハイネゴシクは抜刀術”眞月”にて真一文字を描けば、男共は地面を転がった。
そして大柄の方へ一歩歩み寄った次瞬、ミリィが声を上げた。
「だ、ダメだよ! 殺しちゃ!」
「相手は悪人だろう」
「悪人でも人殺しはダメ!」
「何故だ?」
「何でも何もない! 駄目ったら駄目! 命令! 止血してあげて!」
命令。上官──もとい雇用主の其れは絶対である。従わざるを得ない。習性と言っても良いだろう。
痛みに悶える大男を殴って黙らせ、腕に回復魔法をかけてやる。続けて、ナイフを持っていた方にも同様に。そして、未だ腕の消火が出来ずに暴れている者には水魔術をぶつけて消してやった。
「して、如何する? マスター」
そう尋ねた折、何処からともなく戦士風の男らがやって来た。
「ギルドガードだ! 大人しくしろ!」
「大丈夫かお嬢さん!」
ミリィを庇う様に立ち、剣を抜くギルドガード。
「あぁ! その! 違くて! そっちは私の連れで! 襲われたのを、その! 助けてはくれたんですけど、やり過ぎちゃって~! あの! その!」
「は?」
「パニックになってるんじゃないか?」
「あ、貴方達! ちゃんと事実を言って! 早く! じゃないと私のイェゴールが連れて行かれちゃうでしょ! あ、いや! その! 私の『護衛の』イェゴールって意味で! 変な意味じゃないからね!? 誤解しないでよ!?」
顔を林檎どころか熟しきったトマトのように真っ赤にして、両手をぶんぶんと振るミリィ。ギルドガードの兵士たちは、地面で呻く男たちと、水浸しで倒れる男、そして刀を手にした己とミリィを見比べ、深く大きな溜め息を吐いた。
「……まぁ、そっちの三人はこのあたりの裏路地で悪さをしてる有名なゴロツキだ。お嬢さんの言い分からして……カツアゲしようとして返り討ちに遭ったってところか」
「はい! その通りです! イェゴールは私を守ってくれただけで──」
「だからって、街中で腕を二本刎ね飛ばす奴があるか!」
ガードの男に一喝され、己は僅かに眉を寄せた。
「即座に回復魔術を施した。命に別条はない。敵対意図を削ぐための最小限の無力化だが」
「それが過剰防衛だって言ってるんだよ! ……はぁ、だが怪我の治療まで済ませてあるのは助かった。身分証の確認だけさせてもらうぞ」
まず己がギルドカードを見せた。Dランク──暴力沙汰を起こしたにしては幾分か信用された。Fではこうはいかなかったかと思う。エドマンドさんに内心感謝する。
次にミリィが帝国大学の学生証を提示すると、ギルドガードたちの態度は一変し、拍子抜けする程スムーズに事態は収束した。
彼らに案内され、ギルドへと到着する。
宿の手続きを済ませ、其々の部屋で荷物を置いた。
◇◆◇◆
イェゴールと一度別れてミリアルテは宿で一人になった。鍵を閉めて、荷を下ろし、彼女はベッドへ身を投げた。心臓はドキンドキンと早鐘を打っている。
(怖かった……)
襲われたという事もそうだけれど、それ以上に彼が──イェゴールが怖かった。瞬きよりも速く刀を抜き放ち、あまつさえ何の躊躇もなく、眉一つ動かさず涼しい表情で暴漢達を殺そうとまでしたということが恐ろしかった。
(昔の人は皆ああなのかな──?)
彼の本来生きていた八十年前がどんな時代だったのかミリアルテは知らない。魔導遺物学を研究こそしているが、戦時下の倫理観については門外漢である。
(戦争……魔族と戦ってたんだよね)
魔族。今では合衆国を中心とはしつつも、人間社会でもそう珍しくはない存在だ。エルフや獣人などの亜人と変わらない扱いが保証されている。
(魔族に会ったら、どうするんだろう……。殺そうとしちゃうのかな?)
この旅路でも──早ければここドルドーニでも遭遇する可能性はある。
「よしッ!」
ミリアルテは意を決してベッドから跳ね起きた。
コンコン──。
手の震えを自覚しながら、イェゴールの部屋の戸をノックする。
「ミリアルテです」
「嗚呼」という短い返事と共に、鍵が開いた。
「如何した?」
「これ、やろう?」
ミリィは盤と駒の入った袋を見せる。軍戯のセットであった。
小さな机に向かい合い、二人で盤上遊戯に臨んだ。
「戦争は終わったのは言ったよね?」
盤の上で仮想の小さな戦、その一手目を指しながらミリィは言った。
「挑発か?」
イェゴールが顔を上げる。怒りよりも諦めに近い表情をしていた。ミリィに指導され徐々にではあるが棋力の上がっている彼であったが、勝てるとは思っていないといった口振り。
「こっちじゃなくて! 現実の話!」
「嗚呼。……実感は、未だ湧いていないのが正直なところだ」
困った表情でイェゴールは言う。
「此の街も己の知る大都市、アラオザルに勝る街並みだ」
アラオザル州──双星サンクト合衆国の首都であり、一番の街だ。
「己の居た時代より技術が進んでいるのだろうと頭では解っているつもりでも、今一つ実感は持てない。此処がサンクトでない、己の知らない町だからか、そういうものかと思ってしまう」
「そっか……」
駒を進めながらミリィは返す。
「魔族と交易をしているって話したのも覚えてる?」
「俄かには、信じ難いが……」
「それでね──魔族も、他の人種みたく普通に街で生活してるの。それで、イェゴールが……」
「殺してしまうのではないか──と」
ミリィの歩兵をコツと騎士で倒しながらイェゴールは言う。
「──うん」
振り絞るような声で肯定する。
「案ずるな」
「え?」
「何も己は魔族憎しで戦っていた訳ではない。其れが任務であったから、魔族の兵と戦っていただけだ。魔族だからと見境なく殺しはしない」
「そっか──」
ミリアルテは胸のつかえが取れた感覚を抱く。
「其れに、貴女に嫌われたくはない」
「へ──?」
ミリィの動きがピタリと止まる。耳まで一気に熱が集中し、心臓が跳ね上がった。
「な、何言ってるの……!?」
「己と向き合い、信じ、救ってくれ、こうして導いてくれている恩人に嫌われるのは、単純に気持ちの良いものではない」
「〜〜〜〜ッ!」
真っ直ぐで、しかし全く恋愛的な意味の含まれていない彼の言い分に、ミリィは恥ずかしさと脱力感で顔を覆った。変にドキッとした自分が心底バカみたいだ。
「……もう! そういう紛らわしい言い方しないでよ!」
「紛らわしい……? 己は只──」
「いいの! とにかく! ここは戦場じゃないんだから、過剰に暴力を振るうのもダメだし、魔族だからって攻撃するのも絶対ダメ! わかった!?」
「……了解した。マスターの命だ」
深々と頷く彼の姿に、ミリィの胸の中にあった冷たい恐怖は、いつの間にか綺麗に消え去っていた。彼は冷酷な人斬りなどではない。ただ、戦場という過酷な世界を生き抜くために身につけた刃を、未だ上手く仕舞い直せていないだけなのだ。
ミリィは小さく息を吐き、赤くなった頬を両手で叩いて気合を入れた。
「よし! じゃあこの勝負、負けた方が夕飯奢りね」
「其れは……」
数分後ミリアルテが圧勝した。
◇◆◇◆
翌朝。未だ薄暗いドルドーニの街から、クラーク行きの大型乗合馬車が発車しようとしていた。
木製の頑丈な車体には、既に数人の旅人や商人が乗り込んでいる。ガタゴトと揺れる車内でミリィは窓際の席に腰掛け、隣に並んで座る大きな背中にちらりと視線を向けた。
彼はベルトの剣帯から得物である軍刀を外し、それを抱き抱えていた。狭い座席で縮こまって座る大男が少女の目にはどうにも可愛らしく映った。
「狭くない? 軍刀、私が預かろうか?」
「貴女の提案とて其れは出来ない。護衛だからな」
至極真面目な顔でそう答える彼に、ミリィは思わず笑みをこぼした。
「クフフ、そうだよね。お願いね、私の剣として」
「嗚呼」
書き溜めが心許無くなってきたので、連載ペースを落とそうと思います。
ブックマークなどしていただき、気長に待っていただければ。




