第12話 買い物
「や゛ら゛がじだあああああッ……!」
ミリアルテは自室へと戻るや、叫んだ。
彼女は所謂「お持ち帰り」をされた。されはしたのだが……何も無かった。何も起こらなかったのだ。
加えて、粗相をしてしまったらしい。らしい──というのも、彼女は昨夜の記憶が朧気だったためだ。
「吐いちゃっただけかな? はしたない事しちゃったかな? 変な事言っちゃったよね? 絶対言ってるー! ああああああ! おしまいだああああ!!」
ベッドでバタバタと暴れること十数秒、体が熱くなる。も、しかし──怜悧な彼女の頭は冴えていく。
(いや、待て私……イェゴールは八十年前から来た人。私の研究してる魔導遺物学とも関わりが有るはず。というか、有る! あの刀──もっとよく見せてほしい。それに加えて、塵界魔京戦役で戦ってたって言うじゃない。現実的に考えて、八十年前から転移してきたとか信じるのはどうかと思うけど、状態の良い魔導軍刀を持っていることから考えて、信じてみる価値はあると思う。というか……私は彼を信じたい!)
それはそれ、これはこれ──と恋心とは別に、実利の上で彼をもっとよく知りたいという思いが湧き上がってくる。そう考えるや、体は動き出していた。
服を脱ぎ、洗濯をしながら水浴びをする。全身を入念に洗った。そして、持って来た服の中から一番のお気に入りに着替えて、部屋を飛び出す。次瞬、慌てて部屋に戻り、鏡で容姿を確認してから再度部屋を出た。
◇◆◇◆
ミリアルテが出て行った自室で一人、乾いたパンを水で流し込んでいるとドアが叩かれた。
戸を開ければ、先程飛び出して行った彼女が戻ってきた。毛先がしっとりと濡れている。どうやら水浴びをしたのだろう。
着替えてきた彼女だが、如何にも目に悪い。否、眼福ではあるのだが、脚を出し過ぎに思えた。スカートが短い──膝よりも上の丈であり、太腿が眩しい。現代では普通なのだろうか? しかし、屋内と言えども寒くはないのか──? と心配になる丈だ。足元は毛皮のブーツで暖かそうだが、であれば最初から防寒性の高いボトムスであるべきに思う。
「お話があります!」
胸の前で腕を組み、気合十分といった具合で彼女は言った。
「嗚呼。下へ行こうか」
「え、あ、いえ……はい」
気合は萎んでいった。
「や! イェゴール」
「おはようございます」
一階へ降りれば、当直ギルドガードのトレイ・トーマス・トゥーリオさんが一人だけ居た。三人の名前ではない。フルネームがトレイ・トーマス・トゥーリオなのだ。
受付嬢は出勤前。時計を見やれば七時過ぎ──もう小一時間は彼一人だろう。故にというべきか、他の冒険者らも未だ誰も居なかった。
「こんな朝っぱらから仕事?」
「いえ、彼女から話があるとの事で──」
「へぇ。ま、好きに使うといいよ。作戦会議でも談笑でもギャンブルでも。貸切だ」
「ありがとうございます」
軽く会釈をして、適当な卓に着く。
「其れで、話というのは?」
「私と、レガーティアへ来ませんか?」
昨夜聞いた話だった。
「私ね、帝国大学で魔導遺物学……って言っても多分ピンとこないよね? 考古学の中でも魔術全般が関わるモノゴト全般を探求する学問を研究してるの」
「知っている」
「へ? 話したっけ?」
ミリィは目を丸くする。
「まぁ、良いや。それで世界中を旅するのだけど──」
「その護衛をしないか──と」
「そう! そうなの! 察しが良いね!」
「否、昨日聞いた話だからな」
「え? いつ? どこで?」
「昨夜。アチバセで」
どうやら酒が入ると記憶が飛ぶタイプらしい。難儀なことだ。
「そう……? それならそれで。あ! 報酬は出すよ」
「其れは……ギルドを通さなくても平気なものなのか?」
金銭のやり取りが発生する冒険者への依頼となるなら、ギルドが仲介する必要があるのでは? と考えた。
「ただ仕事を依頼・受注するだけなら要らないよ。仲介手数料をギルドに引かれることなく直接イェゴールに手渡し出来る。依頼者と冒険者をマッチングさせるのがギルドの役割だからね。ただ、仕事をこなしてもギルドを通していないと実績としては扱われないから等級上昇には繋がらないっていうのはデメリットかも」
「成程」
「どうかな? 引き受けてくれる?」
「合衆国へも連れて行ってくれるのだろう?」
「うん! うん! 次の研究テーマをサンクトの魔石技術にすれば渡航費用が出るから!」
「ならば同行させて頂こう」
「やったー!!!」
両手を挙げて歓喜の声を上げるミリィ。
「おほん! 早速だけど、お金の話。報酬は後払いになります。持ち逃げされても困っちゃうからね。報酬額は一月50シルバ。少なくてごめんね……」
己からすれば少なくない。大金だ。だが一つ気になることがあった。
「其れは、パーティであっても同額なのか? 極端な例だがAランクパーティ五人だとか」
「そうだよ~……。五人パーティさんだったら五等分して頂くかたちで……」
ミリィは渋い顔をして言った。
五人なら一人頭10シルバということになる。一月分の報酬として見ると、生活が不可能とは言わないが、かなりの少額だ。何事も無ければ旅に同行するだけで済むと見ることも出来るものの、野盗や魔獣等から依頼者を守る事態がきっと発生するだろう。
同じ行先でなければ、とても引き受けては貰えないだろうと短い冒険者経験からでも察しは付いた。
「……であれば、己の報酬も10シルバで構わない。己はDランクと新人の身。相応の……五人分、期待に応える働きが出来る保証がない。役に立たないと思えば、己を捨てて新たにパーティを探してくれ」
「えぇ~ッ! うぅ~ん……それも、そうだよね……。ま、後払いだし。でも、無事に大学まで着けたらきちんと満額受け取ってもらうからね?」
「嗚呼」
貰えるものは貰っておこう。その為にも、彼女を無事にレガーティアまで送り届けなければ。
「乗合馬車で町から町へ移動したり、時には何日も歩いたり、旅程はアドリブ多めにはなると思うけど、一度来た道だしイメージは付いてる。馬車の運賃とかは私持ちだから安心してね? 宿代は、申し訳ないんだけど……」
「気にしなくて良い。手前一人でも帝都へ行くべく貯金をしていた。其のくらいの金はある」
馬車分の金が浮いたことに寧ろ感謝をしている。
「イニシラからだと、先ずは何処を目指す? マスター?」
「マ、マスターって……」
「依頼主と請負人の関係だろう?」
「友達から一気にビジネスな距離感になっちゃったね……」
彼女は「トホホ……」と嘆いた。
「まあ、カッコイイから悪い気はしないし良っか。ちょっと待ってて」
そう言って彼女は一度席を外し、自室から持って来たのだろう地図を広げて見せてくれた。
「イニシラがここでしょ? 馬を借りて一週間くらい南下して行って、まずはクラークを目指そうと思います」
彼女が指で、すーと引いた先に示されたのがクラークという町だった。
「面積は小さいけど、イニシラなんかよりずっとずっと栄えてるんだよ! 私の実家もここなの」
「ほぉ」
「初手から往路と違う道なんだけど……久々に家族に顔を見せておこうと思って」
「其れは大事だ。会える内に家族は大事にしておくと良い」
「うん……。そうだよね! いつ出発しようか? 旅支度は出来てる?」
「如何とも言い難い。日用品は揃えたつもりだが、保存食の類が未だだ。道中で魚だの獣だのを獲って食うのなら、直ぐにでも出立出来るとも言える」
「んん~……そういうこともする可能性はあるけど、数日分の食料は用意しておいた方が良いと思うな。私は」
ミリィは苦笑した。
「じゃあ今日中に必要なものを買い揃えておいて。善は急げ。明日にでも出ましょう」
「分かった。──そうだ。後、三日宿を取ったのが残っているのだが……」
「あぁ、十泊でまとめて取ると安くなるってやつ。キャンセルって出来ないの?」
「聞いてくる」
席を立ち、カウンターで退屈そうにしているトレイさんに事情を話した。
キャンセル料として半分が必要とのことだった。二泊分をキャンセルし、55カッパだけ返却される。無に55カッパを支払ったことを悔しく思うが、前向きに考えよう。新たな旅立ちに55カッパ使ったのだと。
「キャンセル出来た」
「良かったね。じゃ、行こっか買い物」
卓へ戻ると、そう言って彼女も立ち上がった。
「え?」
「え?」
己の買い出しに付いてくる風な口振りであった。
「私が一緒じゃ嫌?」
風ではなかった。
「嫌という訳では……だが、食料を買いに行くだけだから楽しいものではないかと……」
「私はイェゴールと一緒だと楽しいよ?」
下から覗き込む彼女の上目遣いは眩しかった。
男というのは馬鹿なもので、瞳が大きく見えるだけで赤子を見る様に愛おしく思えてしまうのだった。
加えて、彼女の言い回しも良くない。男を惑わす魔性がある。ギリリと歯を食い縛って堪える。
「勝手にしてくれ」
視線を彼女から外し、努めてぶっきらぼうに返す。
「やった。地図置いてくるから待っててね?」
「己も金とコートを持ってくる」
上階へ駆けて行く彼女を追った。
(……黒……だと……!)
階段を上がる彼女のスカートがふわりと揺れるのを、己は二つの眼で確と認めた。
◇◆◇◆
「思ったよりは盛況だね」
「嗚呼」
チャコールグレーのコートが似合うイェゴールと並んで、ミリアルテはイニシラの朝市を歩いた。干した魚や肉の香ばしい匂い、新鮮な根菜の土の匂いがする。彼女の故郷や帝都のそれとは比べるべくもない、こじんまりとしたそれではあったが、この町では重要な市場。朝から活気があった。
「そんな石みたいなパンとか干し肉で良かったの?」
ミリィは彼の持つ紙袋を見て問うた。
「食べている実感があるから、此れらが比較的好みだ」
彼はイニシラの食事が薄味で食べている実感のないものに思えていた。そんな中、食感が強いというのは彼の中で優先度が高い点だった。
「後は此れだ」
そう言ってイェゴールが手に取ったのは瓶詰めのマスタード。
「此れは己の知っている味がする」
「味っていうか……刺激じゃない?」
「食事に刺激をくれる」
「そ、そっか……」
ミリィは曖昧な笑顔を返す。意中の相手の食の好みに口出しをすることは、恋する乙女には憚られた。些細な事で嫌われるのを恐れていた。
「他には良いの? 服とか、旅の道具とか」
「現状で不便はない。着替えと雨具、手入れ用の油脂があれば十分だ」
必要最低限しか持とうとしないイェゴールの横顔に、ミリィは密かにくすぐったいような愛おしさを覚える。とりわけ嬉しかったのは、彼が自分の歩調に合わせてくれている事だった。ギルドを出てしばらくは自分が数歩遅れて歩く調子だったのが、気が付けば彼は長い脚での歩幅を狭めて、こちらへ気遣ってくれていた。
「はぁ……」
思わずため息が出る。
(好きだ……)
声には出さなかった。
「疲れたか?」
「ぉわっ──!」
好みの顔面が覗き込んできた。心臓が跳ね上がる。
「だだだ大丈夫! ちょっと物思いに耽っていたと言いますか何と言うか──」
「そうか」
「お、アンタは──」
「うわ……」
市場を歩いていると、二人の女性が声をかけてきた。ミリアルテにではなく、イェゴールにだ。
「アイアンウェッジの……。先日はどうも」
イェゴールは涼やかな表情のまま軽く会釈をした。知り合いらしい。
──アイアンウェッジ、パーティ名だろうとミリィは推察する。
(え? イニシラに来て数日でしょ? 冒険者仲間とか居たの!? しかも女の人)
まことに身勝手な嫉妬心がミリアルテの胸中に湧き上がる。
「ハハッ! 覚えてくれてるとは光栄さね。ソロかと思ってたけど、お仲間かい?」
「冒険者には見えないわね」
ガタイの良い方──ジョリィン・ザンバリは笑っている。一方、背の低い方の女性──ニキータ・ベッソンはミリアルテを値踏みするように見回した。
「雇用主──」
「友人です! よ、ね!」
イェゴールの言葉を遮って、ミリィは関係性を主張する。
「友人でもあります」
彼は困った顔をしつつも、否定はしなかった。少女はほっと胸を撫で下ろす。
「友人ねぇ、そんな社交的なガラには見えなかったわ」
「自覚はあります」
イェゴールは若い方の女性の不躾な物言いを受け流す。
「ミリアルテ・ザイドリッツです。帝国大学の学生です」
ミリィは彼の立場を良くできないかという考えの下、自己紹介をしてお辞儀をした。
「へぇ。帝国大学……ハッ、そりゃスゴイ」
「知識階級サマってワケだ」
彼女の思惑は裏目に出た。筋金入りの冒険者──反知性主義と見えた。少なからず居るらしいと知識として持ってはいたが、実際に煙たがられることは予測していなかった。
こういった連中は礼儀正しく下手に出た人間を舐めてかかるきらいがある。面子も大事な腕っぷしの世界──そういうサガなのだ。
「そうだマシラウ! 今度ウチと一緒に任務受けないかい? Dに上がったんだろ? Cの依頼をちゃちゃっとこなして一儲けどうよ?」
「ちょ、ジョリィン──」
「ありがたい提案ですが、辞退させて頂きます。明日、此処イニシラを発ちます故」
「そいつぁ残念。ま、生きてりゃまたどっかで会うかもね」
じゃ、と手を振ってジョリィンはニキータと連れ立って去っていった。
「……知り合い?」
彼女らが離れたのを確認してから、ミリィはイェゴールのコートの裾を遠慮がちに掴みながら問うた。その手は少し震えていた。
「ええ。まあ。彼女らの獲物を横取りしたので嫌われている」
「あぁ~……」
冒険者事情には明るくないミリィでも、それがご法度だろうことは推察できた。しかし、その割には背の高い方──ジョリィンは嫌ってはいない様にミリィには思えた。背の低い方は……皆まで言うまい。
「聞いても?」
「ウィンドバリオスだったか──魔獣討伐任務の只中に乱入してしまった。折悪く、ギルドガードが同席していて、戦果が己に比重があるという運びに」
「え! ウィンドバリオスってAランクでしょ!? 倒しちゃったの?」
「まぁ、成り行きで」
「成り行きって……」
(経歴から腕は少し期待してたけど、Aランク魔獣とやり合えるDランク冒険者なんて下手なBランクパーティ五人雇うよりずっと頼りになるよ! もしかして、もしかしなくても──)
「大当たり?」
「何がだ?」
「え、あぁああ! いや、何でもないよ! 何でもないったら!」
声に出ていたらしい。ミリィは勢いで誤魔化す。
それはともかく、彼が10シルバどころか50シルバで買い叩いてはならない人材に思えてくるミリアルテであった。




