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第11話 吐き出す

「新星暦……星暦ではない、のか?」


 縋る思いで問いかける。

 呼吸が浅くなるのを──、手が震えるのを──、視界が揺らぐのを自覚しながら。


「ぇ……え、あの……星暦は、塵界魔京戦役が平定した区切りで終暦して、新星暦になったんだ……よ?」


 またも、ミリィは当然の事のように言う。しかし其れは突き放す様にではなく、慰めてくれる様な声色だった。

 そして、肩を掴んでいた己の手に彼女はそっと触れる。


「何があったのか、聞かせてくれない? 温かい物でも飲みながら。ね?」


 決壊寸前だった己は、只頷き返す事が精一杯であった。


 ◇◆◇◆


 気が付けば、酒場──昼と同じ小さな二人掛けのカウンター席で並んで座っていた。きちんと歩いて来られたのかは自信が無かった。


 ミリィは己の分まで注文してくれたらしく、ホットティーが二つ卓に置かれていた。


「……」


「何から──」

「何から……」


 言葉が重なる。


「……」


「──んん~……何から知りたいかな?」


 己が黙り込んでいると、彼女が話の軸を少しずらしてくれた。


「……此処は、己が知るゾティーク帝国であっていマスか?」


「クフフ。敬語──ま、いいや。うぅん、それは……どうだろう? イェゴールの知ってるゾティークが分からないから、何とも……」


「済まん。そうだな……クリストファー大陸全土にわたる大帝国だということ、帝都がアシュトンと呼ばれていた頃のゾティークは少しは知っている。今はレガーティアと呼ばれているという事も教えてもらった。だが、本当に同じ世界なのかは確証は持てていない。並行世界……と言ったろうか? 物語であるような。そういった可能性も否定は出来ない。……嗚呼、質問を変えよう。ジン・フィリップス・ホワイトヘッドという男を知っているか?」


 戦線を共にした仲間の代表の名を挙げてみる。


「勿論。魔王を倒した勇者様だよね。……って、認識は一致してるかな?」


「嗚呼。嗚呼──!」


 魔王を倒した──其れだけで込み上げてくる。歓喜が、安堵が、そして涙が。


「彼は、彼らは無事に勝利したのだな……!」


「うん。まぁ一般人からしたら、歴史上の出来事って言うか、半分は御伽噺に近い印象だけどね──」


 そう言って、彼女は語ってくれた。

 サンクトで稀に生まれる光の使徒──類いまれなる力を宿す選ばれし存在とされる人をそう呼ぶ。其の使徒が五人、奇跡的に同じ時代──其れも人類の危機に揃い、パーティとなった彼らは侵略を企む魔王アザトルトを打ち倒すべく、塵界へ乗り込み魔王を打ち倒した。

 魔族達の狙いは人類の豊かな土地で実る食糧。過剰な魔力が漂う塵界では食物は限られていた。魔族は魔力さえ有れば餓死する事はないが、嗜好品として食べ物を接種しなければ凶暴化するという性質を持っていた。そんな折、個体数──もとい、人口の増加した魔族は食糧難に陥り、其の問題を解決すべく魔王は人類側へと攻め込み、戦争──今に言う塵界魔京戦役が始まった。

 が、タカ派筆頭であったアザトルトが勇者によって倒され、穏健派が台頭。人類と和平を結び交易を行うという形で終結したのだという。

 人類側は食糧を、魔族側は人類にとっては希少な魔石を提供する形を今も取っているとの事だった。


「成程……。其れは、本当に……良かった」


 彼らの努力は、同胞の犠牲は、彼女の死は無駄では無かったのだ。そう思うと、目から雫がポロポロと零れた。


「あぁ、あぁ~泣かないでぇ……ほら、拭いて拭いて」


「……済まぬ、済まぬ……」


 ハンカチを借り、目元を拭った。


「……イェゴールは、ジン様とは知り合い? って言うか、もしかし……なくても、戦争に居た感じ……だよね? でも、どうしてこんな所に? あ! 疑ってるワケじゃないんだけど、気になって!」


 尤もな疑問である。


「其れは……自分にもよく分かっていないのですが……」


 話して良いモノか、とは思いながらも己の見た戦い──塵界魔京戦役についてを語った。

 覚えている最後の光景。アザトルトの放つ魔術から、皆を守らんと必死で対抗魔術を練り上げぶつけた事。結果として発生した魔力の渦に飲まれて、死を悟った事。そして気が付けば、此の別大陸は北方大地で目を覚ました事。

 機密──己が魔導改造人間である事については伏せて話した。


「信じてくれとは言わないが……此れが己(おれ)の知る顛末だ」


「んん~……信じるよ!」


「は?」


 いとも簡単に「信じる」と彼女は口にした。


「魔法についてはまだまだ解明されてない事も多いし、時間とか飛び越えちゃう事だってあるよ。きっと! それに──」


 うんうんと頷いてから、彼女の澄んだ瞳が此方を射抜く。


「イェゴール、嘘とか下手そうだもん!」


 ニカと笑うミリィ。彼女の笑顔は、純で、無垢で、女神の様に己には映った。


「ありがとう……ありがとうございます……!」


「うんうん!」


 ◇◆◇◆


「へぇ~……じゃあ、こっちに来てからずっと星暦1589年だと思って生活してたんだ? その頃と比べたら、物価とかも全然違うだろうね」


 落ち着いた己の背を擦りながら、彼女はあの微妙な味の雪鹿の煮込みを美味しそうに食べている。彼女曰く結構美味しいらしい。人の味覚は其々──とやかく言うものでもない。時代遅れな自分が変わっているのだろう。周囲の人らも美味しそうに食べている。八十年前の人間の舌には合わなかっただけかもしれない。


「嗚呼。最初に報酬として10シルバ超を貰った時は腰を抜かしそうだった」


「クフフ、当時だとどのくらいの価値なの?」


「家が建つな」


「クハハハハ! それは驚くのも無理ないね! Eランクの報酬で家が建つ訳ないのにね」


「ゾティークの物価が異常なのかと思っていたが、時代が変わればインフレも起きようという物か。成程、ようやく合点がいった。寧ろ安心したと言って良い」


 八十年で世界は豊かになり、物の質と価値が高まれば、相応に金銭の相場観も変わったのだろう。健全な事だろうと浅学なりに思うのだった。


「それで? イェゴールはこれからどうするの? ゾティークで冒険者として生きていくのぉ?」


 しゅるりとタンカードの縁を指でなぞりながら聞いてきた。


「ゾティーク帝国軍本部へと赴き、人類軍へ合流するつもりでいた。いたのだが……」


 此処へ流れ着いて一週間弱。ずっと、原隊へ復帰する事を考えていた。しかし、八十年の時を超えての……転移と称するべきだろうか? 転移した人間、作戦行動中行方不明となった己が軍に出頭したとて、何がどうなると言うのか。己を知る上官や同僚が生きているとは到底思えなかった。


「あぁ〜……人類軍は解隊されたから、帰る先が無くなっちゃったんだ。『八十年前に部隊にいた者です〜』って言っても……ねぇ?」


 ミリィは己の髪の先から全身までを見回す。


「こんな若者が何を言ってるんだってな……ならないかもしれないよ!」


 大声で言った。


「長命種だよ。長命人種! 長命種の同僚とか知り合い居ない!? エルフとかドワーフの人! 長命種の人なら生きてるはずでしょ! 外見年齢の成長も緩やかだし、イェゴールから見ても当時と変わらない人が居るんじゃないかな!?」


「成程。冴えているな」


 大学生は流石だ。己の思い付かなかった事を簡単に閃いてみせた。


「誰か居ない? 知り合い。部隊の仲間とか上司の人とか」


「テトラ──テトラ・マクシミリアン・サンポ。彼女とは戦線を共にした」


 使徒。双星サンクト生まれに稀に生ずる、魔王に伍する──奇跡を授かる謂わば選ばれし存在。其の中での唯一の長命人種。エルフの女性の名を挙げた。

 しかし──。


「テトラ様かぁ……テトラ様かぁ〜……。ご存命はご存命だけど……」


 彼女は無事らしい。だというのに、ミリィの表情は芳しくなかった。


「彼女の事も知っているのか。ジン同様、有名か?」


「有名なんてもんじゃないよ! 何ならジン様より現代では偉大とされてる天上人だよ! 現代魔術の祖、インヴォークメソッドを開発した人だもん」


「インヴォークメソッド……」


 ゾティーク──今のゾティークで幾度か聞き、己も試した技術だ。


「あ、分かる? インヴォークメソッド。魔力の少ない人でも──」


「『インヴォーク・何某』と唱えれば、魔術を扱えるというものだろう? 聞き齧りではあるが、知っている」


 己には使えなかったのだが。


「そうそう! インヴォークメソッドを体系化した凄くすっごくスンゴイ大賢者様。だから──」


「だから、会うのが……謁見するのが難しい、といったところか……」


「そうなの……」


 申し訳なさそうに肩を落とす。


「そうか」


 だが、一切合切全く頼る手立てが無い訳ではない。一縷の希望である事は確かだ。


「え? 何で嬉しそうなの?」


「生きている仲間に会える可能性があるのだから、当然だろう。其れに、己からすれば彼女が地位を上げてくれている事は却って都合が良い。会って話さえ出来れば、口利きをして貰える可能性も有る。まあ、八十年も昔の己を覚えていてくれればの話だが」


 苦笑して返す。


「そっか……そうだよね」


「ミリィ、ミリアルテ。貴女のお陰で見失いかけていた目的が定まった。またしばらく路銀を貯めて、合衆国を目指そうと思う。現状──現世についても知る事が出来た。本当に、本当にありがとうございます」


 彼女の眼を見て感謝を伝え、頭を下げる。


「その……提案、なんだけどね? あ! 顔上げて、顔」


「提案?」


 己が表を上げると、彼女は「おほん」と咳ばらいを一つ。


「私と、来ない? レガーティアに」


「…………何故?」


 彼女の提案には首肯しかねた。


「私は、帝国大学の学生です」


「嗚呼。其れは聞いた」


「私は大学で、魔導遺物学……って言っても多分ピンとこないよね? 考古学の中でも魔術全般が関わるモノゴト全般を探求する学問。それを研究してるの。フィールドワークでオサマキに行っていてたのもそのため。本当にオサマキでは近年まで魔術が一般化していなかったのか──っていうのを調べるデーモンの証明みたいな事をしに来たから、成果が無かったのが成果みたいな感じだったんだけど……ってそれは良いや。そういった研究のために、あちこち世界中を旅する予定なの」


 果実酒を煽ってから彼女は続ける。


「そこで! イェゴールには一緒に旅してもらいたいの。冒険者をボディガードに雇おうにも長旅を引き受けてくれる人は少なくって。こればっかりはお金の問題じゃないんだよ」


 大学からの研究資金もカツカツだけど……とボソリと吐いた。


「冒険者って言いながらも、拠点にする故郷だったりはあるから片道分だけお願いする、っていうのもなかなか見付からないの。往きはたまたま帝都から北部へ用事のあるパーティを見つけられたから無理を言って同行させてもらったけど、帰りの護衛はまだ手配出来ていなくって、ここでしばらく探そうかと思っていたら、貴方が居た! 運命だと思わない?」


「はぁ……まあ」


「私と一緒なら海だって渡れるよ! ご飯も出すしお給料も出る! イェゴールは行軍経験もあるから長旅も平気でしょ? それに、人類軍に居たってことは強いよね? それにそれに、貴方は軍戯も指せる!」


「其処は大事なのか?」


「大事だよ! 馬車に揺られている間私の遊び相手になってくれるもん!」


 けぷ、と小さな噯気をしながら言った。


「護衛をしなければならないだろう」


「真面目だなぁイェゴールは。平和な道なら良いでしょ? 道中退屈なの~!」


 酔いが回っているのか頬を火照らせながら子供みたいな事を言い出した。


「なら交代の利くパーティを探した方が賢明だと思うが……」


「ヤダヤダヤダヤダー! 貴方がいい! イェゴールと一緒に旅したい~! 貴方が守った今の世界を見せてあげたいの~! イェゴールの新鮮な感想を味わいたい! ワアアアアア! ──ップ、オエエエエエエエエエ!!」


 駄々をこね始めたかと思えば、絶叫の末に彼女は嘔吐した。


「済みません。連れが戻しまして、はい。水と拭く物を頂けますか?」


 店員を呼び、ミリアルテには水を飲ませる。吐瀉物の掃除も店員がやってくれようとしたが、忙しそうだったので己が引き受け片付けた。

 数日前にギルドで嘔吐した時に助けてもらった分を此処で返したと思えば何て事はない。

 其の間に彼女はカウンターに突っ伏して眠りこけていた。


 が、店での居心地が悪くなったのと、酔っ払いを此のままにしておけないのと、二つの理由から退店。彼女を負ぶってギルドへと帰った。


 ◇◆◇◆


「んん……」


 ミリアルテ・ザイドリッツは宿のベッドで目を覚ました。しかし──。


「ん?」


 違和感を覚える。部屋の間取りが少し違う気がした。

 辺りを見渡す。


「おはよう」


 床に座り込んでいた男と目が合う。


「どわあああ!!!」


 目と目が逢う瞬間、好きだと気付いた。彼の顔貌が自身の好み真ん真ん中であった。


「元気そうだな。何よりだ」


 声までタイプときたものだ。


「え? あ、嘘? 私……!!」


 帝国大学生としての明晰な頭脳が回り始める。

 目の前にいる男性は昨日運命的な出会いを果たした駆け出し冒険者──もとい旧人類軍兵士イェゴール・マシラウその人である事を理解する。そして続けて、ここが彼の借りる部屋、彼のベッドである事に気が付く。

 彼のくたびれた顔と状況から導き出されるは──。


「ッ──!」


 少女は彼の視線も憚らず全身を弄る。着衣の乱れはない。下着も湿ってはいない。しかし服は少し臭い。


「起きないから己の部屋に寝かせた。衣服を探って鍵を借りることは……な」


「は?」


 ガッカリだよイェゴール・マシラウ──そう一瞬頭に浮かんだが、重要なのはそこではない。


「もしかして……私、酔って……」


「嗚呼。店で吐いて、眠ってしまった」


 彼の言葉は明け透けであった。それによって、聡明な彼女は全てを理解する。


「ご、ご……ごめんなさーい!!」


 ミリィは部屋を飛び出して行った。

 お酒は程々に

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