第二章 デートではない休日 二
二
スポーツ用品店は、電車で二駅先の市街地にあった。
駅前の商業施設へ入り、エスカレーターで三階へ上がる。春休みのためか、店内には家族連れや学生が多い。
陸上用品の売り場には、色とりどりのスパイクが並んでいた。
私は事前に調べておいた三足を店員へ出してもらい、試着用の椅子へ座る。
葉子は少し離れた場所から眺めていた。
「どれがいいと思う?」
「履いてないのに分からないよ」
「色」
「白と青のやつ」
「汚れそう」
「桜、手入れするでしょ」
「するけど」
私は白と青のスパイクへ足を入れた。
紐を結び、店内の試走スペースを軽く歩く。足先には余裕がある。踵も浮かない。ただ、左だけわずかに幅がきつい。
葉子の前へ戻ると、彼女は私の足元を見た。
「左、痛い?」
「何で分かったの」
「右と歩き方が違った」
自分では意識していなかった。
店員に相談すると、同じ型の幅が広いものを持ってきてくれた。履き替えてみると、確かにこちらのほうが合う。
「葉子、店員になれるかも」
「桜専門なら」
葉子は自然に答え、それから言葉の意味へ気づいたらしい。視線をスパイクへ戻した。
私も聞こえなかったふりをした。
二足目は軽かったが、踏み込んだときに足先が滑った。三足目は安定しているものの、少し重い。
何度か履き比べ、最初の白と青へ戻る。
「これにしようかな」
「似合うと思う」
「速そう?」
葉子は少し考えた。
「逃げた金魚よりは」
「まだ覚えてたの」
「あれは忘れられない」
葉子の笑い声を聞き、店員まで口元を緩めた。
会計を済ませ、紙袋を受け取る。最初から買うつもりだったものなのに、新しい箱を抱えると少し気分が上がった。
「ありがとう。葉子が来てくれて助かった」
「私は見てただけだけど」
「左がきついの、私より先に分かったでしょ」
葉子は紙袋を一度見て、嬉しそうに笑った。
その笑顔を見たとき、誘ってよかったと思った。
友達として。
胸のなかでそう言い足した自分が、少し嫌だった。
店を出ようとしたところで、後ろから名前を呼ばれた。
振り返ると、陸上部の真琴がいた。母親らしい人と一緒で、手にはランニングシューズの箱を持っている。
「桜も買い替え?」
「うん。今終わったところ」
真琴は私の隣へ視線を移した。
葉子とは記録会で何度か会っている。二人は軽く頭を下げ合った。
「今日は葉子ちゃんとデート?」
悪意のない、いつものからかいだった。
私は反射的に否定した。
「違うよ。スパイク買いに来ただけ」
自分でも驚くほど、早い返事だった。
真琴は笑った。
「分かってるって。二人、いつも一緒だもんね」
それから母親に呼ばれ、手を振って売り場の奥へ戻っていった。
葉子は何も言わなかった。
私たちはエスカレーターへ向かう。
隣に並んでも、葉子はいつもと同じ顔をしていた。けれど、その横顔を見れば見るほど、私の返事が引っかかった。
違うと言ったこと自体は間違っていない。
私にとって、今日はまだデートではない。
でも、葉子にとっては違う。
「ごめん」
エスカレーターを下りながら言うと、葉子がこちらを向いた。
「何が?」
「さっき、すぐ否定したから」
「本当のことでしょ」
「葉子にとってはデートなのに」
葉子は前を向いた。
下の階から、焼き菓子の甘い匂いが上がってくる。
「私が勝手にそう思ってるだけだから、桜が合わせる必要ないよ」
声は穏やかだった。
責められていないことが、かえって苦しかった。
「でも」
「桜が困らないようにしたいって、昨日言ったでしょ」
葉子はそれ以上話さず、エスカレーターを降りた。
私は紙袋の持ち手を握り直した。
告白されてから、葉子は何度も私を困らせないようにしている。
私はそれを優しさとして受け取っている。一方で、葉子が自分の気持ちを小さくするたび、少し寂しく感じていた。
矛盾している。
葉子には今までどおりでいてほしい。それでも、自分を好きだという気持ちは失ってほしくない。
私はいつまで、そんな都合のよい場所にいるつもりなのだろう。




