33/36
第六章 見ていてほしい人 六
六
夜、ベッドへ入ってから、葉子が見せてくれたスケッチを思い出した。
ゴール後、笑っている私。
葉子を見つけたあとの顔。
私は携帯電話を開き、今日の記録を確認した。自己記録を更新した数字が表示されている。
嬉しい。
でも、数字だけでは今日を思い出せない気がした。
観客席を探したこと。
葉子の姿を見つけた瞬間、身体が軽くなったこと。
走り終え、最初に葉子のところへ行きたかったこと。
その一つ一つのほうが、記録より鮮明に残っている。
葉子から写真が届いた。
競技場の外で撮った夕方の空と、その下にあるトラック。
――今日は描かせてくれてありがとう。
私は返信を打つ。
――見に来てくれてありがとう。
それだけでは足りない気がして、もう一文を加えた。
――次も来てほしい。
送信する前に少し迷った。
葉子に期待させるかもしれない。
でも、昼間に約束した。
見てほしいときは、ちゃんと言う。
私は送信ボタンを押した。
すぐに既読がつく。
葉子から返事が来た。
――うん。次も行く。
短い文章だった。
私は画面を閉じ、枕元へ置いた。
葉子を好きなのかは、まだ分からない。
それでも、次の大会にも葉子がいると思うと嬉しかった。
それはもう、ただの習慣ではない気がした。




