↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
好きと言うには近すぎた  作者: 桔梗鹿々
第五章 葉子の目に映る私
PR
29/36

第六章 見ていてほしい人 二

 記録会当日の朝は、雲一つない晴天だった。

 六月を前にして、陽射しには夏の強さが混じっている。競技場の赤いトラックが光を返し、観客席には学校ごとのテントが並んでいた。

 私は部員たちと準備運動を終え、午前の競技を応援した。

 葉子から連絡はない。

 中間講評が始まったころだろう。携帯電話を鞄へしまい、競技へ集中することにした。

 午前十一時を過ぎる。

 昼食を取っても、葉子からの通知はなかった。

 十二時半、八百メートルの招集に備えてスパイクへ履き替える。

 新しい白い靴には、すでに赤い土が残っている。葉子は、使った証拠だからそのほうがよいと言っていた。

 左の靴紐を結ぶ。

 一度立ち上がり、またしゃがんで結び直す。

 緊張しているときの癖だった。

「今日、何回目?」

 隣にいた真琴が聞いた。

「何が?」

「左の紐。さっきから三回くらいやってる」

「緩い気がするから」

「葉子ちゃん、来ないの?」

 唐突に名前を出され、手が止まった。

「どうして葉子」

「桜、ずっと観客席見てるから」

「ほかの学校の走り見てただけ」

「ふうん」

 真琴はそれ以上追及しなかった。

 私は紐を結び終え、招集所へ向かった。

 トラックの内側へ入ると、観客席の全体が見える。

 家族連れ。部員。大会関係者。色の違うジャージと、日除けの帽子。

 そのなかに葉子の姿はなかった。

 分かっていたことなのに、胸の奥へ小さな失望が落ちた。

 講評が長引いているのだろう。

 葉子には葉子の大事なものがある。

 私が走ることと同じように、葉子にとって絵を描くことは大切だ。

 頭では理解している。

 それでも、見てほしかった。

 私が走るところを葉子に見てほしい。

 告白される前にも、そう思ったことはある。大会の結果を葉子へ話したい。よい記録が出れば褒めてほしい。

 でも今日の願いは、それよりも強かった。

 葉子が描いている私と、実際に走る私が同じなのか、見届けてほしかった。

 招集が始まり、名前を呼ばれる。

 返事をして、腰のゼッケンを確認する。

 同じ組の選手たちと待機場所へ並ぶ。

 もう観客席を探すのはやめた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。