第五章 葉子の目に映る私 三
三
練習後、葉子はグラウンドの水道近くで待っていた。
私は髪をほどき、首へタオルを掛けたまま近づく。
「どうだった?」
聞くと、葉子はスケッチブックを胸へ抱えた。
「まだ見せない」
「私を描いたのに?」
「途中だから」
「変な顔だった?」
「桜が思ってるよりは」
「それ、どっち」
葉子は答えず、私の額へ手を伸ばした。
指先が前髪へ触れる。
反射的に身体が止まった。
葉子もすぐに手を引く。
「ごめん。土がついてた」
「取ってくれたんでしょ」
「うん」
「じゃあ謝らなくていい」
私は額へ触れた。
そこに土が残っているかどうかは分からない。葉子の指の感触だけが残っている。
「葉子」
「なに?」
「今まで、こういうとき謝ってなかったよね」
葉子は少し考えた。
「そうかも」
「告白してから、私に触るたび謝ってる」
「だって、桜が嫌かもしれないから」
「嫌じゃないって言った」
「触られるのが嫌じゃないのと、好きな相手に触られるのが嫌じゃないのは、違うかもしれないでしょ」
その違いを、私は考えたことがなかった。
友達の葉子に触れられることは平気だ。
私を好きな葉子に触れられることは。
答えを探すように、葉子の手を見る。鉛筆を握っていた指の横が黒く汚れている。
私はその手首をつかんだ。
葉子が目を見開く。
「嫌じゃないよ」
確かめるように言った。
「今のところ」
「今のところって」
「この先、変わるかもしれないから。絶対とは言えない」
「桜らしい」
葉子は困ったように笑った。
私は手を離す。
指が離れたあと、葉子はつかまれていたところへ反対の手を重ねた。
「桜は、私に触りたいと思う?」
不意に聞かれた。
私は答えに詰まる。
さっきは、葉子が謝ることをやめさせたくて手をつかんだ。触れたいと思ってしたことなのかは分からない。
「今のも、嫌じゃないって証明するため?」
「たぶん」
「そっか」
葉子はそれ以上聞かなかった。
少しだけ寂しそうに見えたのは、私がそう思っただけかもしれない。
グラウンドの片づけを終えた部員たちが、校舎へ戻っていく。
「着替えてくる。待ってて」
「うん」
葉子はベンチへ戻った。
私は部室へ向かいながら、自分の手を見た。
葉子の手首は細かった。
その感触を思い出しただけで、また胸が落ち着かなくなる。




