↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
好きと言うには近すぎた  作者: 桔梗鹿々
第五章 葉子の目に映る私
PR
23/36

第五章 葉子の目に映る私 二

 放課後、葉子は顧問の許可を取り、グラウンドの外側にあるベンチへ座った。

 膝の上にはスケッチブック。右手に鉛筆。風でページがめくれないよう、左手で端を押さえている。

 葉子がそこにいるだけで、グラウンドの景色がいつもと違って見えた。

「今日も来てるね、葉子ちゃん」

 真琴が私の視線を追った。

「絵のため」

「桜を描くんだっけ?」

「たぶん」

「専属の絵描きがいるなんていいじゃん」

 真琴は、私と葉子の告白について何も知らない。言葉に別の意味はない。

 それでも、専属という響きが胸へ残った。

 葉子は私を描く。

 ほかの部員ではなく、私を選んだ。

「走るよ」

 顧問の声が飛び、私たちはスタート地点へ向かった。

 今日は四百メートルを五本。最初の二本は余裕を残し、後半でペースを上げる。

 靴紐を結び直す。

 顔を上げると、葉子と目が合った。

 葉子はすぐにスケッチブックへ視線を落とした。

 見られている。

 そう思った瞬間、身体の動かし方が分からなくなった。

 腕はいつもどのくらい振っていたのか。顔を上げすぎていないか。走るときの口元は変ではないか。

 号砲が鳴る。

 最初の一歩が遅れた。

 前を走る真琴の背中を追う。足は動いているのに、意識だけがベンチのほうへ残っていた。

 一周目を終える。

 顧問が目標より遅いタイムを読み上げた。

「桜、硬い。もっと楽に」

「はい」

 返事をし、スタートへ戻る。

 ベンチでは葉子が鉛筆を動かしている。

 何を描いたのだろう。

 今の不自然な走りまで残っていたら嫌だと思う。

 二本目も、思うように身体が動かなかった。

 三本目の前、紗季先輩が私の横へ来た。

「葉子に見られてるからって、格好つけすぎ」

「つけてません」

「じゃあ何でいつもより遅いの」

 言い返せなかった。

 紗季先輩はベンチを見た。

「葉子は、速い桜だけ描きたいわけじゃないでしょ」

 私は葉子のほうを見た。

 彼女は紙へ目を落としている。

「何を描きたいかは、聞いてません」

「なら普段どおり走れば」

 簡単に言い、先輩は離れていった。

 普段どおり。

 告白されてから、その言葉ばかり聞いている。

 今までどおりにする。普段どおりに走る。

 意識した時点で、それはもう同じではない。

 三本目が始まる。

 最初のカーブで、私は葉子のことを考えるのをやめた。

 前を走る真琴の肩だけを見る。呼吸を整え、足を運ぶ。直線へ入ったところで速度を上げる。

 身体がようやく軽くなった。

 四本目では真琴の前へ出た。

 五本目、最後の百メートルで脚が重くなる。呼吸が崩れ、腕を大きく振った。

 右肩が下がっているかもしれない。

 それでも直そうとはしなかった。

 そのままゴールを越える。

 膝へ手をつき、何度も息を吐く。汗が顎から落ち、赤い土へ小さな点を作った。

 顔を上げる余裕はなかった。

 しばらくして呼吸が落ち着き、ベンチを見る。

 葉子は私を見ていた。

 鉛筆を動かさず、まっすぐこちらへ顔を向けている。

 目が合うと、葉子はわずかに笑った。

 私は何となく視線を逸らした。

 走っているあいだより、見つめられた今のほうが胸が苦しかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。