第四章 私の知らない時間 三
三
翌日、葉子は昼休みのチャイムが鳴ってすぐに来た。
私がD組を出るより先に、廊下で待っている。
「早いね」
「昨日の分」
「唐揚げ一つで?」
「桜、待ってたでしょ」
葉子はそう言い、階段へ向かった。
返事をする前に歩き始めたので、私はその背中を追う。
「待ってたけど」
隠しても仕方がないと思い、正直に答えた。
「連絡に気づかなかった」
「授業終わってすぐ委員会だったから。ちゃんと伝えたつもりになってた」
「別に怒ってないよ」
「知ってる。でも桜、怒るときより、何も言わないときのほうが怖いから」
「私、そんなに怖い?」
「私には分かる」
葉子は踊り場の窓際へ座った。
二年間同じ教室で過ごしてきたから、私が何も言わないときの意味を知っている。
それなら葉子も、私のことなら何でも分かると思っているのだろうか。
私はまだ、自分の気持ちさえ分からない。
弁当を広げる。
今日は葉子の弁当に唐揚げが二つ入っていた。
「交換するもの逆じゃない?」
「昨日のお返し」
葉子は二つとも私の弁当箱へ移した。
「そんなにいらない」
「一つは昨日の分」
「昨日、食べたでしょ」
「冷たかったから半分」
結局、私は唐揚げを三つ食べた。
葉子は私の卵焼きを二つ取った。
食べ終えるころには、昨日会えなかったことなど小さな出来事に思えた。
「今日、美術部?」
私が聞くと、葉子は頷いた。
「公募展の説明があるの。夏に市民会館でやるやつ」
「出す?」
「まだ分からない。紬に、一緒に出そうって言われた」
「二人で一枚描くの?」
「作品は別々。でも、締切までお互いに見せる」
葉子は少し楽しそうだった。
公募展へ出すかどうかを迷っていたのに、紬に誘われると前向きになったらしい。
「紬、絵うまいもんね」
「うん。悔しいくらい」
「葉子より?」
「たぶん」
葉子が自分より上手だと言うのは珍しかった。
私は紬の絵を何度か見たことがある。美術室の窓や、校庭の木。余白の多い静かな絵を描く人だった。
上手いかどうかは、私には判断できない。
「葉子も上手でしょ」
「桜は私の絵しかちゃんと見てないから」
「展覧会でほかの人のも見てるよ」
「この前まで、全部同じ顔で見てた」
否定できなかった。
美術館へ行ったときも、葉子の説明を聞いて初めて気づいたことがいくつもある。
「じゃあ、今度紬の絵もちゃんと見る」
「見に来る?」
「どこへ?」
「今日の説明、見学していいと思う。部活、何時から?」
陸上部の集合まで四十分ほどある。
美術室へ寄る時間は十分にあった。
「行っても邪魔じゃない?」
「桜なら大丈夫」
葉子は簡単に言った。
その言葉が嬉しかった。
桜なら大丈夫。
それが幼なじみだからなのか、好きな相手だからなのかは分からない。
でも、葉子のいる場所へ自分だけが入ることを許されたように感じた。




