第三章 別々の教室 一
一
三年生の始業式の朝、昇降口の前には人だかりができていた。
新しいクラスを知らせる紙が、ガラス扉の両側へ貼り出されている。登校してきた生徒が次々と足を止め、名前を見つけては声を上げていた。
私と葉子は、人の輪から少し離れた場所に立っていた。
「先に見てきて」
葉子が言った。
「一緒に行けばいいでしょ」
「人多い」
「朝の電車より少ないよ」
「電車は立ってれば運んでくれるけど、これは自分で入らないといけないから」
葉子は人混みが苦手だった。
小さな展覧会なら平気なのに、同じ場所へ一斉に人が集まると、急に動きが鈍くなる。二年間、クラス替えの紙を見るときも、私が先に人のあいだへ入って名前を探した。
今年も同じように、鞄を抱えて人垣を抜ける。
まず、葉子の名前を探した。
自分の名前より先にそうしたことへ、後から気づいた。
葉子はF組だった。
その周囲に私の名前はない。
隣のE組にも、C組にもなかった。
紙を一枚ずつ確かめ、最後にD組で自分の名前を見つける。
私はD組、葉子はF組。
二年間続けて同じだったクラスが、初めて分かれた。
驚くほどのことではなかった。
選択科目が違うのだから、可能性は高いと分かっていた。三学期にも、真帆から離れたほうが友達を作れると言われたばかりだった。
それでも二人の名前が別の紙にあることは、思ったよりはっきりした事実として目へ入った。
後ろから押され、私は人の輪を出た。
葉子は、さっきと同じ場所で待っている。
「どうだった?」
「葉子はF組」
「桜は?」
「D組」
葉子は一度だけ、掲示のほうを見た。
「そっか。別だね」
「うん」
それだけの会話だった。
残念だと口にするほどではない。階が違うわけでもなく、D組とF組の間にはE組しかない。休み時間に行こうと思えば、数分もかからない。
葉子も同じように考えているのだと思った。
「美咲はF組だったよ」
私は覚えていた名前を伝えた。
「本当?」
「あと、紬も」
「じゃあ知ってる人いるんだ」
葉子は少し安心した顔になった。
「桜のクラスは?」
「真琴がいた。真帆も」
「よかったね」
よかった。
私にも葉子にも、知っている相手がいる。
それなのに、胸の奥へ小さく残ったものは消えなかった。
昇降口で靴を履き替え、廊下へ上がる。
D組とF組の分かれ道で、私たちは止まった。
二年生までは、ここで別れる必要がなかった。同じ教室へ入り、それぞれの席へ鞄を置く。葉子はだいたい私の机まで来て、提出物を確認したり、昨日見たテレビの話をしたりした。
「じゃあ、あとで」
葉子が言う。
「昼、どうする?」
「どっちかの教室だと邪魔になるかも。落ち着いたら決めよう」
「分かった」
葉子はF組へ歩いていった。
私はD組の扉を開ける。
窓際には、春の光が入っていた。すでに何人かが席へ座り、名簿を見ながら話している。
黒板に貼られた座席表から、自分の名前を探す。
廊下側、後ろから三番目。
鞄を置き、椅子へ座った。
何となく窓際の席を見てしまう。
そこに葉子はいなかった。




