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第八話 日露戦争(二)


 弥一やいちには、友がいた。

 辰次たつじという。同じ京都の生まれで、歳は弥一の二つ下。日清の前に同じ連隊で訓練を受け、弥一が近衛このえに移ったあとも文通がつづいていた。

 辰次は歩兵のまま第三軍に配属された。乃木のぎの軍だ。

 旅順りょじゅんに行く、と手紙に書いてあったのは、明治三十七年の初夏のことだった。

「第一回の攻撃の補充ほじゅうで回されることになった。おまえは宮中で天子さまのお側やろ。わしは満洲の果てや。えらい違いやな。まあ死なんようにするわ。死んだらあかんもんな」

 弥一はその手紙を読んで、笑えなかった。

 第一回総攻撃そうこうげきは、辰次が旅順に着く前に始まっていた。

 八月十九日から二十四日。

 弥一は宮中の侍従武官府じじゅうぶかんふの廊下で、電報が届くたびにその数字を聞いた。

 だが数字は、このとき弥一の頭に入らなかった。

 辰次はまだ移動中だった。間に合っていない。それだけが弥一の頭をめていた。

 五日間の死傷、一万五千八百六十。

 その数字が意味するものを、弥一は宮中で聞いた侍従武官の会話から知った。

「第一師団の連隊で、中隊ごと消えたところがあるそうです」

「消えた?」

「全滅です。斜面で機関銃に捕まった」

 弥一は壁として立っていた。

 中隊。約二百人。それが消える。斜面で動けなくなって、機関銃に撃たれて、二百人が消える。辰次がそこにいなくてよかった。いなくてよかった。それしか考えられなかった。

 自分が壁でいられなくなっている。弥一は初めて、そう思った。

 辰次が旅順に着いたのは、九月だった。

 手紙が来た。

「着いた。ひどいところだ」

 短かった。検閲けんえつがあるから書けないのだろうと弥一は思った。だが次の手紙はもう少し長かった。辰次なりに、書ける範囲で書こうとしていた。

ごうに入った。塹壕ざんごうというやつだ。幅は肩幅くらいしかない。底に水が溜まっとる。靴がずっと濡れとる。乾く暇がない。三日で足の皮がふやけてけた。それでも歩かなあかん」

「飯は握り飯が一日二つ。冷たい。味はない。腹が減る。腹が減ると考えることが減る。考えることが減ると怖くなくなる。怖くなくなるのはええことかもしれん。よう分からん」

「前の攻撃で死んだ人がまだ斜面にころがっとる。回収でけへんのや。敵の射線の中やから。だから放ってある。匂いがする。甘い匂いや。甘いいうのがいちばんきつい。飯が食えんようになる」

 弥一は手紙をたたんで、ふところに入れた。

 宮中の廊下は清潔せいけつだった。床はみがかれている。空気は乾いている。

 その床の上に立ちながら、弥一は辰次の足のことを考えた。ふやけて剥けた皮のことを。甘い匂いのことを。

 同じ国の、同じ天皇の、同じ軍の中で、廊下と塹壕がこれほど遠い。

 ──御前ごぜん

 弥一は天皇を毎日見ていた。遠くからだが、見ていた。

 明治天皇は五十二歳になっていた。

 日清のころの天皇は、体格たいかくがよかった。軍服がぴったりと合っていた。だが日露が始まってから、弥一の目にはっきりと分かる変化があった。

 せてきている。

 軍服の肩が少しだけ余っている。首まわりにも隙間すきまができている。

 侍従じじゅうのあいだで「お召し上がりが減った」という話がれていた。侍医じいが呼ばれる回数も増えている。

 ある朝、弥一が廊下で直立ちょくりつしているとき、天皇が侍従武官に向かってこう言うのが聞こえた。

「兵は、どれほど死んだ」

 短い言葉だった。声は低かった。

 侍従武官が数字を答えた。弥一にはその数字が聞き取れなかった。

 天皇が何か言った。聞こえなかった。

 だが侍従武官が深く頭を下げて、長いあいだ上げなかったのは見えた。

 弥一は息を止めていた。

 天皇は数字を聞いている。数字を聞いて、何かを感じている。だがそれが何なのかは、壁には分からない。分かるのは、軍服が少しずつ大きくなっていくことだけだ。

 ──廟堂びょうどう

 政府の中で、戦争とはまったく別の戦いが起きていた。

 金がない。

 開戦から半年で戦費は当初の見積みつもりを超えていた。日清の賠償金ばいしょうきんはとうに使い切っている。国内で公債こうさいつのったが足りない。

 高橋是清たかはしこれきよという男が、ロンドンに飛んだ。日銀副総裁にちぎんふくそうさい。この男の仕事は、英国と米国の銀行家に日本の戦時国債せんじこくさいを買ってもらうことだった。

 つまり、借金の営業だ。

 弥一がこのことを知ったのは、中山家経由けいゆで宮中の空気を拾っていた源太からの手紙だった。源太の字は弱々しくなっていたが、中山家で聞いた話を短く書いてくれた。

「政府の金庫が空っぽらしい。外国に頭を下げて金を借りとる。負けたら返せん。負けたら日本が潰れる」

 高橋はロンドンの社交場しゃこうじょうを回り、晩餐会ばんさんかいに出て、銀行家の前で日本の将来を語った。日本は勝つ。だから国債を買ってくれ。利回りは高い。

 最初、誰も買わなかった。極東の小国がロシアに勝てるわけがない、と彼らは思っていた。

 だがユダヤ系アメリカ人の銀行家、ジェイコブ・シフが手を挙げた。ロシアでユダヤ人が迫害はくがいされていたからだ。ロシアに勝つ国を応援したかった。

 シフが五百万ポンドを引き受けた。

 これで最初のとびらが開いた。英国の銀行も追随ついずいした。日本は合計で八億円の外債を調達ちょうたつした。戦費十七億円の半分近くが、借金だった。

 勝っているように見える国が、実は金を借りて戦っている。

 その事実を国民は知らない。新聞にも書かれない。

 弥一は源太の手紙を読んで、懐に入れた。辰次の手紙と、源太の手紙。二通が胸の中で重なっていた。

 ──ちまた

 京都の源太は六十七歳だった。

 もう中山家の屋敷には通っていない。足が動かなくなったのだ。ただ中山家の若い使用人が、ときどき見舞いに来て、宮中から降りてきた話の切れきれはしを置いていってくれた。

 それとは別に、源太の暮らしには戦争がみ込んでいた。

 近所に、吉田よしだのおかみさんという女がいた。源太より十ほど若い。その息子が第三軍にいた。弥一の辰次と同じように、旅順に送られた。

 おかみさんは毎日、郵便屋ゆうびんやが来る時刻になると戸口に立った。手紙が来れば生きている。来なければ分からない。生きているかもしれないし、死んでいるかもしれない。手紙が届くまでに二週間はかかる。その二週間のあいだ、息子が生きているかどうかは、この世の誰にも分からない。

 源太はその姿を、自分の家の窓から見ていた。

 ハナが言った。

「吉田さんとこ、今日も立ってはるわ」

「そうか」

「うちは弥一が宮中やから、まだましやな」

「……ああ」

 ましだ。そう思うことに、うしろめたさがあった。近衛にいる息子と、旅順にいる息子。同じ天皇の兵なのに、生き残る確率かくりつがまるで違う。

 十月の終わり、吉田のおかみさんのところに、白い封筒ふうとうが届いた。

 戦死公報せんしこうほう

 おかみさんは戸口でくずれるように座り込んだ。声は出さなかった。声が出ないのだと、源太は思った。

 ハナが走っていった。おかみさんの肩を抱いた。

 源太は窓から動けなかった。足が悪いからではなかった。何を言えばいいのか、分からなかったからだ。

 新聞は「旅順攻略戦、なおも進行中」と書いている。提灯行列の日程も書いている。

 その同じ紙面しめんの裏に、戦死者の名前が小さな活字かつじで並んでいることを、提灯を持つ者たちは読んでいるだろうか。

 十月。第二回総攻撃。

 辰次から手紙が来た。前の手紙より字が乱れていた。

坑道こうどういうもんを掘った。地面の下に穴を掘って、敵の堡塁ほるいの下まで行くんや。暗い。蝋燭ろうそく一本しかない。壁から水がにじむ。息が詰まる。何メートル掘ったか分からんようになる。上を歩いとる敵の足音が聞こえる。こっちの掘る音も敵に聞こえとるはずや。どっちが先に着くかの競争や」

「途中で敵の坑道とぶつかった。向こうも掘っとった。暗闘あんとうになった。銃は使えん。狭すぎる。スコップで殴り合うた。隣の奴がスコップで顔を割られた。俺はなんとか引っ込んだ。顔を割られた奴は引っ込めんかった」

手榴弾しゅりゅうだんいうもんがある。鉄のかたまりを投げるんや。壕の中で転がってくると、せるしかない。伏せても破片が飛んでくる。横にいた男の背中に破片が刺さった。抜いてくれと言うから抜いた。血がいた。衛生兵えいせいへいを呼んだが来なかった。衛生兵も足りてへんのや」

 弥一は手紙を読む手が震えた。

 宮中の報告では「第二回総攻撃、所期の成果を得ず」とだけ伝えられていた。死傷三千八百余。

 三千八百。辰次の隣で顔を割られた男も、背中に破片が刺さった男も、その数字の中の一だ。

 ──幕僚ばくりょう

 旅順の司令部では、意見が割れていた。

 弥一がそれを知ったのは、侍従武官府に届いた内部報告の断片からだった。近衛の下士官かしかんが聞ける範囲は限られるが、将校たちの会話には温度があり、温度は壁にも伝わった。

 乃木希典は正面攻撃をつづけようとしていた。

 要塞の東北面にある永久堡塁群えいきゅうほるいぐん──二竜山にりゅうざん東鶏冠山ひがしけいかんざん──を力で抜く。それが乃木と、参謀長さんぼうちょう伊地知幸介いじちこうすけの方針だった。

 問題は、その「力」で二度失敗していることだった。

 侍従武官府で、ある将校がこうらした。

乃木閣下かっかは、正面から行くしかないとおっしゃっている。要塞を全部落とさねば意味がないと」

「二〇三高地に集中すべきだという意見は」

「参謀の一部が言っている。だが伊地知参謀長が退けた。あの丘は要塞の外れだと」

 弥一は聞いていた。

 二〇三高地。標高ひょうこう二百三メートルの丘。要塞群からは外れている。だが頂上に立てば、旅順港が見下ろせる。港が見えれば、砲で艦隊を沈められる。

 軍人ではない弥一にも、それは分かる話だった。

 だが乃木は動かなかった。

 弥一はあるとき、侍従武官が天皇への奏上そうじょうの準備をしているのを見た。書類の上に乃木の名前があった。その書類を持つ侍従武官の指が、少しだけ白くなっていた。握りしめていたのだ。

 天皇にどう伝えるか。二度の失敗をどう報告するか。

 そこにもまた、選別せんべつがある。何を伝え、何を伝えないか。乃木と伊地知の対立を報告するのか。しないのか。

 弥一には分からなかった。壁は判断しない。見るだけだ。

 だがこのとき弥一は、壁でいることが苦しくなっていた。辰次の手紙が懐にある。スコップで殴り合った話が、紙の上に残っている。

 その紙と、侍従武官が天皇に持っていく書類のあいだに、どれだけの距離があるのか。

 御前に届く旅順と、塹壕の中の旅順は、同じ旅順なのか。

 十一月に入った。

 辰次からの手紙が、途切れた。

 一週間。二週間。三週間。

 来ない。

 弥一は廊下に立ちながら、郵便のことばかり考えていた。近衛兵が郵便のことを考えるのは職務怠慢しょくむたいまんだ。だが考えずにはいられなかった。

 京都では、吉田のおかみさんが息子の位牌いはい仏壇ぶつだんに入れたと、ハナが手紙で知らせてきた。

「吉田さんとこ、毎朝お線香せんこうあげてはるわ。静かにしてはるけど、目ぇが赤いのは分かる。お父もな、最近咳せきがひどいんや。寒なったからかなあ」

 弥一は壁として立ちながら、京都の家を思った。咳をする父。線香をあげる隣の女。手紙の来ない友。

 宮中の床は今日も磨かれている。

 十一月二十六日、児玉源太郎こだまげんたろうが旅順に来た。

 満洲軍総参謀長。乃木の上の上。

 弥一が直接知ったのは戦後だが、宮中の空気は即座に変わった。侍従武官の一人がこう言った。

「旅順の方針が変わるかもしれん」

 翌日、二〇三高地への攻撃集中命令が出た。

 そしてもう一つ。

 二十八糎センチ榴弾砲りゅうだんほうの砲口が、二〇三高地に向けられた。

 辰次から手紙が来た。

 十一月二十九日の日付だった。二〇三高地への第三回総攻撃が始まった翌日だ。

「生きとる。まだ生きとる。あの丘に二回登った。二回とも押し返された」

「二十八糎が撃つと地面が揺れる。こっちの壕の中でも砂が落ちてくる。あれが敵に落ちるのを見た。コンクリートが割れて、中から土煙つちけむりと一緒に人間が飛んだ。人間が飛ぶのを初めて見た」

「丘に登るときが怖い。壕を出た瞬間から機関銃が来る。隣を走っとった男が転んだと思ったら死んどった。走りながら死ぬんや。足が動いとるまま倒れるんや。体が先に死んで、足だけがまだ走ろうとしとる」

「頂上近くまで行った。石と土嚢どのうの向こうに露助ろすけの顔が見えた。銃を撃った。当たったかどうか分からん。横から手榴弾が来て、転がり落ちた。気がついたら壕の中やった。傷はない。なんで傷がないのか分からん」

「明日また登る。三回目や」

 手紙はそこで終わっていた。

 弥一は何度も読み返した。

 走りながら死ぬ。体が先に死んで、足だけがまだ走ろうとしとる。

 その一行が、弥一の頭から離れなかった。

 宮中の報告では「第三回総攻撃、二〇三高地に対し鋭意攻撃中」と伝えられていた。

 十二月五日。

 弥一は廊下で、侍従武官が走るのを見た。走るのは珍しいことだった。この建物では誰もが歩く。走ることは、よほどのことだ。

 侍従武官は奥の間に入った。しばらくして出てきた。

 弥一に目もくれず、別の部屋に向かった。その背中は真っ直ぐだったが、歩調がわずかに乱れていた。

 しばらくして、別の将校が廊下で小声で言った。

「二〇三高地が落ちた」

 弥一は息を吐いた。知らないうちに、止めていた。

 落ちた。あの丘が落ちた。

 辰次は生きているだろうか。

 三回目の突撃で登ったのだろうか。登って、戻ったのだろうか。

 弥一は壁として立ちつづけた。だが右手が震えていた。左手で右手の手首を握って、止めた。

 辰次から手紙は来なかった。

 十二月が過ぎた。正月が来た。

 一月二日、旅順が開城した。ステッセルが降伏した。

 宮中で報告を聞いたとき、弥一は初めて壁を捨てた。

 自室に戻り、辰次のすべての手紙を並べた。七通。九月から十一月まで。十二月以降はない。

 三日後、弥一は近衛の上官じょうかんに頼んで、第三軍の名簿めいぼを確認した。

 辰次の名前は、十二月一日の戦死者名簿にあった。

 二〇三高地。第三回総攻撃。四日目。

 三回目の手紙を書いた翌々日に、辰次は死んでいた。

 「明日また登る。三回目や」

 その三回目から、辰次は降りてこなかった。

 旅順攻囲戦こういせんの全体の数字を、弥一は宮中で聞いた。

 日本軍の戦死、一万五千四百。負傷と病気を合わせた損耗そんもうは六万に迫った。

 第三軍の兵力は最大時で約十三万。その半数近くが倒れたことになる。

 乃木希典の長男は南山で死に、次男は二〇三高地で死んだ。

 将軍は兵を死なせた。将軍の息子も同じ場所で死んだ。

 それを批判する声と、それを悲劇と呼ぶ声が、同じ新聞の同じ紙面に並んでいた。

 弥一は何も言わなかった。

 ただ、辰次の最後の手紙を畳んで、懐に入れた。

 それは侍従武官が天皇に持っていく書類とは、まったく違うものだった。

 同じ旅順について書いてある。同じ二〇三高地について書いてある。

 だが辰次の手紙を、天皇は読まない。永遠に読まない。

 天皇が読むのは、数字だけだ。

第八話 了

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