第六話 日清戦争
明治二十七年、夏。
弥一から手紙が来た。
「広島にて待機中。暑い。飯はまずい。元気です」
源太は五十七歳になっていた。目が悪くなり始めていて、弥一の字を読むのに顔を紙に近づけなければならなかった。ハナが横で聞いている。
弥一は帝国陸軍の歩兵だった。第一軍、第三師団に配属されている。入営して三年の現役を終え、予備役に回っていたところを、召集された。
朝鮮で何かが起きている、ということは新聞で知っていた。朝鮮の農民が反乱を起こし、朝鮮政府が清国に助けを求めた。清が兵を出すなら日本も出す。日本と清が朝鮮で睨み合っている。
だが源太にとって、それは遠い国の話だった。
遠い国の話が、息子を連れていった。
◇
七月二十五日。宣戦布告より前に、海で戦闘が始まった。
豊島沖海戦。
朝鮮の牙山沖で、日本の巡洋艦三隻──吉野、浪速、秋津洲──が清の軍艦と遭遇した。
吉野は当時世界最速の巡洋艦だった。速力二十三ノット。英国で造られた四千百トンの快速艦で、速射砲十二門を持つ。
清の巡洋艦、済遠は逃げた。砲艦の広乙は座礁して自沈した。
そして浪速の艦長・東郷平八郎が、清兵千百人を乗せた英国商船、高陞号を撃沈した。
英国の船を沈めた。これは国際問題になりかけたが、結果として英国は日本の行動を正当と認めた。戦時中に敵兵を輸送していたのだから、沈めても国際法違反ではない、と。
源太は新聞を読んでもらいながら思った。
もう戊辰でも西南でもない。外の国と戦っている。外の国の船を沈めている。それが正しいのかどうかを、また別の外の国が判定している。
日本はそういう場所に出てきてしまった。
◇
八月一日、正式に宣戦布告。
日清戦争が始まった。
大本営が広島に置かれた。明治天皇が東京を離れ、広島に入った。天皇が前線近くに移ったのだ。
源太はそれを聞いて驚いた。
あの御所の奥にいた少年が、広島まで来ている。
もちろん戦場には行かない。大本営の中で報告を受けるだけだ。だが京都から一歩も出られなかった孝明天皇のことを思えば、天と地の差だった。
明治天皇は四十二歳になっていた。もうあの拳ほどの赤ん坊の面影はないだろう。
◇
九月十五日、平壌の戦い。
弥一は、ここにいた。
戦の後に届いた手紙に、こう書いてあった。
「九月十五日未明、平壌城に向けて進軍。五方面からの同時攻撃。我が第一軍、混成旅団、朔寧支隊の合計一万六千。清軍は城壁の中に一万四千。夜明けとともに砲撃を開始。清軍の砲台もよく応射す。弾が頭の上を通る音を初めて聞いた。蜂が耳元を飛ぶような音がする」
源太は手紙を握りしめた。
「激戦は玄武門付近。ここが最も堅く、左宝貴なる清の将が自ら砲を指揮して抗戦。我が軍は一度押し返される。砲弾が足元で炸裂し、左右の者が倒れた。自分は倒れなかった。なぜ自分だけ倒れなかったのか分からない」
ハナが泣き始めた。源太は読みつづけた。
「午後、左宝貴戦死。城内の清軍、白旗を掲げる。我が軍突入。清兵は北門より敗走。追撃の命令が出て走った。道に清兵の死体が並んでいた。自分も撃った。当たったかどうかは分からない」
手紙の最後にはこう書いてあった。
「我が軍の死者百八十、負傷五百余。清軍の死者は二千を超えると聞く。勝った。勝ったが、隣にいた男が死んだので、今は何も考えられない」
源太は手紙を膝に置いた。
弥一は生きている。それだけが大事だった。勝ったかどうかなど、どうでもよかった。
◇
平壌の二日後、海でも戦いがあった。
黄海海戦。九月十七日。
日本の連合艦隊と清の北洋艦隊が、黄海の上でぶつかった。近代の東洋で、これほどの規模の海戦は初めてだった。
日本側、軍艦十二隻。旗艦は松島。司令長官は伊東祐亨。先頭を走るのは吉野、高千穂、秋津洲、浪速の快速艦隊だ。
清国側、軍艦十四隻。旗艦は定遠。提督は丁汝昌。定遠と鎮遠は排水量七千トンを超えるドイツ製の装甲艦で、三十センチ砲を四門ずつ備える。日本にこれに匹敵する艦はなかった。
数では清が上。大きさでも清が上。
だが日本には速度と速射砲があった。
戦闘は正午過ぎに始まった。新聞はこう伝えた。
日本艦隊は単縦陣──一列に並ぶ隊形──で突進した。吉野を先頭にした快速艦隊が清の艦列を回り込み、側面から速射砲を叩き込んだ。清の大砲は口径では勝るが、発射速度が遅い。三十センチ砲が一発撃つ間に、日本の速射砲は十発以上撃てる。
清の艦が燃え始めた。超勇が沈没。揚威が炎上。致遠は日本艦に体当たりを試みて沈んだ。経遠も沈んだ。五隻を失った。
日本側は一隻も沈まなかった。松島は被弾して死傷者を出したが、浮いていた。
定遠と鎮遠は最後まで沈まなかった。三十センチの装甲は日本の砲弾を弾いた。だが上部構造物は破壊され、戦える状態ではなくなった。夕方、清艦隊は旅順へ退却した。
日本は黄海の制海権を握った。
源太は読み手の声を聞きながら、定遠と鎮遠のことを考えた。あの二隻は沈まなかった。三十センチの砲と装甲。日本にはあれがない。勝ったけれど、あれがない。
その差を埋めるために、この先どれだけの金が軍艦に注ぎ込まれるのか。源太にはまだ見えていなかった。
◇
十一月二十一日、旅順口が陥落した。
第二軍、大山巌の指揮のもと、旅順の清軍を攻撃。清軍は約一万三千がいたとされるが、組織的な抵抗は少なく、一日で陥落した。
新聞は「大勝利」と報じた。
だが、弥一の手紙には別のことが書いてあった。
弥一は旅順にはいなかった。平壌のあと別の部隊に合流して遼東半島にいた。だが同じ師団の者から聞いた話を、短く書いていた。
「旅順にて、占領後に良くないことがあったらしい。詳しくは書けない。書いたら届かないかもしれない」
源太はその行間を読めなかった。
だが新聞の外で、別の文字が動いていた。
従軍していた外国人記者──アメリカのクリールマンという男が、本国の新聞に書いた。日本軍が旅順で非戦闘員を殺害した、と。数日間にわたって、兵が民間人を斬り、撃ち、町を荒らした、と。
旅順虐殺事件。
アメリカの新聞が報じた。ヨーロッパの新聞が転載した。
日本の新聞は、ほとんど報じなかった。
大本営の明治天皇に、この報告が上がったかどうか。源太には知る術がない。
だが佐吉ならこう言っただろう。
──知らせんほうが楽や。上の人間にとっては。
十年前に死んだ男の声が、源太の耳の奥で鳴った。
◇
翌年二月、威海衛が落ちた。
旅順から逃げた北洋艦隊の残りが、ここに集まっていた。日本は陸と海から挟撃した。陸軍が砲台を奪い、その砲台を海に向けて撃った。自分の砲台から撃たれた北洋艦隊は、もう逃げる場所がなかった。
定遠が沈んだ。自沈だった。鎮遠は降伏して、日本海軍に編入された。
提督の丁汝昌は、毒を飲んで死んだ。
北洋艦隊が消滅した。清の海軍は存在しなくなった。
日本は完全に勝った。
◇
四月、下関で講和条約が結ばれた。
清は朝鮮の独立を認めた。遼東半島を日本に割譲した。台湾と澎湖諸島を日本に渡した。賠償金二億両。日本の国家予算の三倍を超える額だった。
弥一が帰ってきた。
痩せていた。頬がこけて、目の下に隈があった。右手の人差し指に傷があった。
「撃たれたんか」
「擦っただけです」
弥一は多くを語らなかった。平壌のことも、旅順の噂のことも、聞いても短い言葉しか返ってこなかった。
ただ一度だけ、夜中に弥一が庭に出ているのを源太は見た。月を見ていた。
「眠れんのか」
「……隣で寝てた奴の顔が出てくるんです。平壌で死んだ奴の」
源太は何も言えなかった。
西南戦争のとき、新聞の数字を聞いて震えた。死者一万三千。だがあれは数字だった。弥一が抱えているのは数字ではない。隣にいた人間の顔だ。
◇
勝利の余韻は、六日で消えた。
四月二十三日。三国干渉。
ロシア、フランス、ドイツの三国が、日本に要求した。遼東半島を清に返せ、と。
源太は新聞を読んでもらって、意味が分からなかった。
「戦争で勝って取った土地を、返せ言うんですか」
「そう書いてありますわ」
「なんでです」
「ロシアが遼東を欲しいからや、て書いてある人もいますけど……新聞には『東洋の平和のため』て理由が出てます」
日本は返した。三国を相手に戦う力はなかった。
弥一は黙っていた。眠れない夜に浮かぶ、隣で死んだ男の顔。その男の命と引き換えに取った土地を、一発も撃っていないロシアに脅されて手放す。
京都の町には、四文字が広まった。
臥薪嘗胆。
薪の上に寝て苦しみを忘れるな。胆を嘗めて屈辱を忘れるな。いつか仕返しをする日まで耐えろ。
賠償金二億両。そのうち遼東半島の返還の代償として上乗せされた三千万両を加えた合計は、当時の日本円に換算して約三億六千万円。
その金がどこに流れたか。
軍拡だった。
海軍は六・六艦隊計画を立てた。戦艦六隻、装甲巡洋艦六隻。定遠を超える艦を揃える。二度と砲で負けない海軍を造る。
陸軍も師団を増やした。砲兵を増やした。
勝って、取り上げられて、怒って、軍を大きくする。
その金は、清が払った賠償金だった。つまり戦争で得た金で、次の戦争の準備をしている。
源太はそのことに気づいていたかどうか。たぶん気づいていなかった。町は臥薪嘗胆で燃えていて、いつかロシアに仕返しをするという空気が、水のように当たり前に流れていた。
その流れの先に何があるかを、まだ誰も考えていなかった。
◇
弥一は除隊して京都に戻った。
源太の荷運びの仕事を手伝いながら、少しずつ日常に戻っていった。夜中に庭に出ることは、しばらくつづいた。
ある夜、源太が隣に座った。
「弥一。おまえが見てきたもんは、俺には分からん。けどな、一個だけ聞いていいか」
「何です」
「旅順で良くないことがあった、て手紙に書いとったな。あれは何や」
弥一は長いこと黙っていた。
「俺は旅順にはおらんかったから、直接は見てません」
「聞いた話でええ」
「……兵がおかしくなったんやて。城が落ちたあと、清兵の死体を見て、仲間の死体を見て、それで抑えがきかんようなった奴がおったと。軍服を着てない人間も斬ったと。何人かは知らん。聞いた奴も数は言わんかった」
源太は黙った。
「それ、天皇は知ってるんかな」
「知るわけないでしょう」弥一は即答した。「そんなこと上に報告する将校がおるわけない。外の新聞には出たらしいけど、日本の新聞には出てへん。出してへん」
知らせないほうが楽。
佐吉の言葉が、また鳴った。
この構造は、蛤御門の夜にはもう始まっていた。天皇に届く情報と、届かない情報。その選別を誰がやっているのかは分からない。だが選別は確かに行われていて、天皇はきれいな勝利だけを見ている。
五層のうち、一番上には一番下が見えない。
源太は六十に近づいていた。足が弱り、目がかすむ。もうあまり長くないだろうと自分で分かっていた。
次の戦争を見届けるのは、弥一の仕事になる。
第六話 了




