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第四話 旗が関ヶ原を繰り返した


 慶応けいおう二年の暮れ、孝明天皇こうめいてんのうが死んだ。

 天然痘てんねんとうだと発表された。

 源太は台所でその知らせを聞いた。屋敷中が静まり返っていた。女中じょちゅうが泣いていた。忠能ただやすさまは御所にけつけたまま三日戻らなかった。

 佐吉さきちは何も言わなかった。ただ一度だけ、誰にも聞こえない声でつぶやいた。

「三十六やぞ」

 三十六歳。若すぎる死だった。

 うわさは当然のように流れた。毒をられたのではないか。攘夷じょういを叫ぶ天皇が邪魔じゃまになった者がいたのではないか。

 源太はその噂を佐吉に聞いた。佐吉は首を振った。

真相しんそうなんか俺らには分からん。分かるのは結果だけや」

 結果。

 十五歳の少年が、天皇になった。

 祐宮さちのみや睦仁むつひと。あの夜、借金の産屋うぶやで泣いていた赤ん坊が、日本の頂点ちょうてんに立った。

 源太は三十歳だった。あの子が生まれた夜から、十五年が経っていた。

 翌年。慶応三年の秋。

 将軍しょうぐん徳川慶喜とくがわよしのぶ政権せいけんを朝廷に返した。大政奉還たいせいほうかんという。

 二百六十年つづいた幕府が、自分から降りた。

 ──降りたように見えた。

 だが実際は降りていなかった。政権は返しても、兵も金も土地も徳川のものだ。名目めいもくを捨ててじつを取るはらだった。

 それを許さなかったのが薩摩さつま長州ちょうしゅうだ。

 十二月、王政復古おうせいふっこ大号令だいごうれい。天皇の名で幕府を完全につぶすと宣言した。慶喜の官位かんいぎ、領地りょうちし上げると言い渡した。

 十五歳の天皇がそれを自分の意志で決めたのか。

 源太にはもちろん分からない。誰にも分からなかった。分かっていたのはたぶん、薩摩の西郷さいごう大久保おおくぼ、長州の木戸きど、それに岩倉いわくらの数人だけだ。

 天皇の言葉は、天皇が考えた言葉とは限らない。

 これもまた、九十三年間変わらない構造のひとつだった。

 慶応四年、正月三日。

 鳥羽とば伏見ふしみで戦が始まった。

 源太はそのとき京都にいた。中山家の使いで伏見街道ふしみかいどうの近くまで荷を届けに出ていた。

 最初に聞こえたのは、遠くの銃声じゅうせいだった。

 禁門きんもんの変のときと同じ音だ。乾いた音が連続する。だが今回は数が違った。何百発、何千発と重なって、地鳴じなりのように聞こえる。

 源太は荷を放り出して走った。どこに逃げればいいのか分からなかった。道を行く人々もみな走っていた。方角が分からない。銃声があちこちから聞こえて、どちらが安全なのか判断がつかない。

 つじで倒れている男を見た。着物が赤く染まっている。侍だった。どちらの側かは分からない。顔が土にまっていて、動かなかった。

 源太は初めて、人が戦で死んでいるのを見た。

 きそうになった。足が動かなくなった。道のはしにしゃがみこんで、頭を抱えた。

 戦は三日で決まった。

 決めたのは、旗だった。

 にしき御旗みはた

 赤地に金のきくきりもんえがいた旗で、これをかかげた軍が天皇の軍である。天皇の軍にさからう者はぞくになる。朝敵ちょうてきになる。

 鳥羽伏見の初日、薩長さっちょうの軍にこの旗が立った。

 それを見た瞬間しゅんかん、幕府側のはんがつぎつぎと戦うのをやめた。寝返ねがえった藩もあった。一万五千の幕府軍が、五千の薩長軍に負けた。数で勝っていたのに負けた。

 旗一枚で、ひっくり返った。

 源太はあとからそれを聞いて、背筋せすじが寒くなった。

 二百六十年前の関ヶせきがはらと同じだ。あのときも、戦の最中に旗がどちらにつくかで勝敗が決まった。

 旗の持ち主である天皇は、戦場にいない。刀も振るわない。銃も撃たない。

 なのに、旗だけが戦場を支配している。

「なあ佐吉さん」源太は聞いた。「あの旗は、誰が出したんです」

「岩倉さまやろな」

「帝が出せと言うたんですか」

「さあな」

 佐吉は庭を見ていた。

「十五の子どもにそんなこと決められるか。周りの大人が決めたんやろ。帝の名前を使って」

 天皇の名前で旗を出す。天皇の名前で戦をする。天皇の名前で勝つ。

 天皇自身は何も決めていない。

 それでも、天皇の軍が勝った。天皇の名を使った者が勝った。

 鳥羽伏見のあと、源太の生活が変わった。

 中山家は天皇の外戚がいせきだ。新政府しんせいふの側の家である。そして新政府は兵がいくらでも必要だった。

 二月、源太は呼ばれた。

荷駄隊にだたいに入れ」

 断れるような言い方ではなかった。荷駄隊というのは、兵糧ひょうろう弾薬だんやくを運ぶ部隊だ。戦う兵ではない。だが戦場にはいく。

「銃は持たされるんですか」

「持てるか、おまえに」

 持てない。持ったこともない。

「なら荷をかつげ。それがおまえの戦や」

 佐吉が予言した通りだった。侍でない者が、侍の戦のために使われる。

 源太は東へ向かった。

 江戸えどに向かう官軍かんぐんの後ろを、米俵こめだわらと弾薬箱を背負って歩いた。

 街道かいどうの両側に、田んぼが広がっている。農民のうみん畦道あぜみちから軍を見ていた。歓迎かんげいする者もいた。おびえた顔で見ている者もいた。

 源太は歩きながら思った。

 この行列の先頭に、錦の御旗がある。あの旗のおかげで、行く先々の藩が道を開ける。抵抗ていこうする者はほとんどいない。旗を見ただけで降参する。

 便利なものだ、と思った。

 そして、怖いものだ、とも思った。

 あの旗に逆らえない。誰も逆らえない。逆らったら賊になる。賊になったら殺される。

 旗の持ち主である天皇は、この街道を歩いていない。御所の奥にいる。十五歳の少年が、何千人もの兵を動かしている。いや、動かしているのは周りの大人だ。少年の名前を使って。

 源太の背中で弾薬箱が揺れた。この弾が誰かを殺す。殺すのは天皇の名においてだ。

 だが天皇はこの弾を見たことがない。

 江戸は戦わずに開城かいじょうした。

 勝海舟かつかいしゅう西郷隆盛さいごうたかもりの会談で、江戸城が無血で明け渡された。百万の民が焼け出される寸前だったと、あとで源太は聞いた。

 だが戦はまだ終わらなかった。

 幕府に最後まで従う者たちが、北へ逃れていく。会津あいづ庄内しょうない箱館はこだて。新政府軍はそれを追った。

 源太は会津まで歩いた。

 会津の城下で、焼けた家を見た。京都の禁門の変のあとと同じ景色けしきだった。焦げた柱。散らばった日用品にちようひん。座り込んだ女。泣いている子ども。

 勝った側が官軍で、負けた側が賊軍ぞくぐん

 その違いを決めたのは旗だ。旗の名義人めいぎにんは天皇だ。天皇は会津を見ていない。

 源太は会津で、佐吉に手紙を書こうとした。だが字があまり書けない。中間は読み書きを習わない。筆を持って、何も書けないまま、紙をたたんだ。

 代わりに声に出して言った。誰にも聞こえない声で。

「焼けるのは、やっぱり外ですわ。佐吉さん」

 明治めいじ二年、箱館の五稜郭ごりょうかくが落ちて、戊辰戦争ぼしんせんそうは終わった。

 源太は京都に帰った。三十二歳になっていた。

 中山家の屋敷は変わっていなかった。塀は崩れたままだし、屋根もまだ雨漏りする。だが佐吉が門の前で待っていた。

「生きて帰ったか」

「帰りました」

「何か変わったか」

 源太はしばらく考えた。

「俺は何も変わっとりません。でも国が変わりました」

 天皇は京都から東京へ移った。祐宮はもう祐宮ではない。明治天皇だ。十七歳で、東のみやこにいる。

 源太がもう一度あの顔を見ることは、たぶんない。

 だが源太の背中で揺れた弾薬箱は、あの少年の名前で戦場に届けられた。殺す側も殺される側も、あの少年の名前のもとで死んだ。

 旗と、名前。

 それだけで国が動く仕組みが、この戦争で完成した。

 これから先、この仕組みは七十七年間動きつづける。

 止める者は、最後まで現れなかった。

第四話 了

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