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第二十二話 ノモンハン


 昭和十四年五月。満洲とモンゴルの国境で、また戦闘が始まった。

 おさむはそのとき中国大陸にいた。武漢ぶかんの奥、果てしない掃討戦そうとうせんのなかにいた。

 ノモンハンという地名を最初に聞いたのは、中隊の古参兵こさんへいからだった。

「関東軍が北でソ連とやり合っとるらしい」

「ソ連と?」

「国境のあたりでめとる。モンゴルの騎兵が越境してきたとかで、関東軍が出た」

 修は地図を思い浮かべた。満洲の西の果て。草原しかない場所だ。

 また関東軍か、と修は思った。

 松田まつだから手紙が来た。

 長いあいだ音沙汰がなかった松田からの手紙は、五月末の消印けしいんだった。中国にいる修のもとに届いたのは六月の半ばだった。

「修さん、久しぶりに書く。満洲で七年になった。ずっと駐屯勤務ちゅうとんきんむやった。退屈やったが飯は食えた。その飯のおかげで生きとる」

「五月に動員がかかった。ノモンハンいう場所に行く。名前も知らんかった。地図で見たら何もない草原や。ここでモンゴルの兵と小競り合いがあって、関東軍が出ることになった」

「小競り合いやと聞いとった。すぐ片付くと。満洲事変のときと同じや、と古参の下士官が言うた。相手はモンゴルの騎兵やから楽なもんやと」

 修はこの手紙を読んで、嫌な予感がした。

 「すぐ片付く」。上海でも同じことを言っていた参謀がいた。三日で落とすと。三か月かかった。

 そして松田は「相手はモンゴルの騎兵」と書いている。

 だがモンゴルの背後にはソ連がいる。

 六月、松田から二通目が来た。消印は六月上旬。

「修さん、えらいことになった」

「敵がモンゴル兵だけやなかった。ソ連が出てきた。装甲車そうこうしゃが来た。戦車せんしゃが来た。見たことのない戦車や。でかい。速い。砲塔ほうとうが回る。こっちの対戦車砲たいせんしゃほうが当たってもはじかれた」

「飛行機も来た。空が真っ黒になるほど来た。爆弾を落とされた。地面が裏返るみたいに吹き飛んだ。塹壕に伏せてもだめや。塹壕ごと潰される」

「こっちは歩兵と軽い戦車しかない。歩兵が突撃する。戦車に向かって突撃する。肉弾にくだんや。火炎瓶かえんびんを持って走る奴がおった。戦車の前で撃たれた。瓶が割れて、その男が燃えた。自分の持っとった火で自分が燃えた」

 修は手紙を持つ手が震えた。

 辰次の手紙を弥一から聞いたことがある。旅順の塹壕、スコップの殴り合い、手榴弾の破片。あれは三十五年前の戦争だ。

 松田が書いているのは、それとはまるで違う戦争だった。

 戦車。装甲車。航空機の絨毯爆撃じゅうたんばくげき。機械の戦争だ。歩兵が走って勝てる戦争ではない。

 日本軍はまだ歩兵で戦車に突撃している。三十五年前と同じ思想で、三十五年後の兵器に向かっている。

 七月、手紙が途絶えた。

 修は中国の陣地で、毎日の郵便を確認した。来ない。一週間。二週間。三週間。

 辰次の手紙が途絶えたとき、弥一は宮中の廊下で右手が震えた。

 修は中国の塹壕で、同じことをしていた。右手が震えた。左手で押さえた。

 柏木家の男は、手紙が来なくなると手が震える。三代にわたって。

 八月。ソ連が反撃に出た。

 修がこのことを知ったのは、断片的な軍の通信つうしんからだった。正式な発表ではない。中国にいる修のもとにノモンハンの詳報は届かない。だが通信兵つうしんへいの顔色が変わったのを見た。

「北がひどいことになっとるらしい」

 ひどいこと。それ以上は言わなかった。言えなかったのだろう。

 あとから修が知った全容はこうだった。

 八月二十日、ソ連軍が総攻撃を開始した。指揮官はジューコフ将軍。のちにドイツをスターリングラードで破ることになる男だ。

 ソ連は戦車五百両、装甲車三百両、航空機五百機を投入した。

 日本軍は歩兵を主力に、軽戦車が少数。航空機もソ連に劣った。

 ソ連軍は日本軍の両翼りょうよくを戦車で包囲し、砲兵が壊滅的な砲撃を加えた。日本の歩兵は草原の中に取り残された。退路を断たれた部隊がいくつもあった。

 壊滅した。

 投入された約三万のうち、死傷者は一万八千にのぼった。六割だ。

 旅順の損耗率そんもうりつと同じだ。だが旅順は五か月かかった。ノモンハンの本格的な戦闘はわずか十日間だった。十日間で六割が倒れた。

 九月、停戦ていせんが成立した。

 同じ月、ヨーロッパでドイツがポーランドに侵攻しんこうした。第二次世界大戦が始まった。

 だがノモンハンの結末は日本国内ではほとんど報じられなかった。

 修は中国の陣地で新聞を読んだ。ノモンハンの記事は小さかった。「国境紛争こっきょうふんそう、停戦により解決」。

 解決。

 一万八千の死傷を「解決」と呼んでいる。

 修は新聞を畳んだ。

 これまでの嘘は、書き方を変える嘘だった。「自衛のため出動」「果敢に前進」。事実を別の言葉で包む嘘だった。

 今度は違う。事実そのものを消している。一万八千が消えている。

 修は弥一の言葉を思い出した。

 ──新聞に書いてあることと、書いてないことの両方を見ろ。

 書いてないことが、今回は一万八千人だった。

 十月、松田から手紙が来た。

 修は封筒ふうとうを見たとき、息が止まった。松田の字ではなかった。

 別の男の名前が差出人さしだしにんにあった。松田と同じ小隊にいた兵だった。

「柏木修殿。松田は八月の戦闘で負傷し、野戦病院やせんびょういんに収容されました。右脚みぎあしに重傷を負い、現在も歩行困難の状態です。松田から、柏木殿に手紙を出してくれと頼まれました。以下、松田の口述こうじゅつです」

 修は読みつづけた。

「修さん、生きとる。右脚をやられた。戦車の破片や。もう走れんかもしれん。飯屋では皿が持てたのにな。足でかせぐ仕事はもうできん」

「あの草原で見たもんはな、戦争やなかった。屠殺とさつや。牛や豚を処分するように殺された。こっちが何をしても敵の装甲に通らん。弾が弾かれるんや。こっちの弾が通らんのに、向こうの弾は通る。こんなもん戦争やない」

「わしは飯が食えるから軍に入った。英霊のために来たんやない。それでも死ぬところやった。死んだ連中はみんな普通の奴や。東北の百姓の倅や。飯を食いに来た奴らや。その連中が戦車に踏まれて死んだ」

「修さん、このことは誰も言わんやろ。新聞にも出んやろ。負けたて認めたら関東軍の面子めんつが潰れるからや。一万八千が消える。なかったことにされる。わしの脚もなかったことにされる」

 修は手紙を読み終えて、しばらく動けなかった。

 辰次は旅順で死んだ。辰次の死は「英霊」に変えられた。

 松田は生き残った。だが松田の脚と、松田の仲間の死は、「なかったこと」にされようとしている。

 英霊にすらしてもらえない。

 大正九年にシベリアで起きた尼港事件にこうじけんと同じだ。シベリア出兵で目的もなく駐留していた日本軍と居留民が、ニコラエフスクという港町で革命軍のパルチザンに包囲され、七百人以上が殺された。なぜあの町にいたのか、誰も説明できなかった。目的のない出兵に巻き込まれた死。「英霊で買った土地」とすら言えない死。新聞は「暴虐なる露賊」と書いたが、「なぜそこにいたのか」には答えなかった。

 ノモンハンの一万八千も同じだ。どこにも回収されない死。名前を使われることすらない死。

 ──御前ごぜん

 弥一やいちは東京で、ノモンハンの話を断片的に聞いた。

 宮中にはもう通っていないが、古い知り合いの侍従が一人だけ残っている。その男が、ぽつりと言った。

「陛下には、国境紛争は解決した、と申し上げた」

「一万八千のことは」

「……数字は申し上げた。だが詳細は」

 男は言葉をにごした。

 弥一は聞かなかった。聞く必要がなかった。

 詳細は上げていない。戦車五百両に歩兵で突撃して壊滅したとは言っていない。関東軍が独断で始めて収拾しゅうしゅうがつかなくなったとは報告していない。

 届かない。また届かない。

 旅順。韓国。南京。ノモンハン。

 四度目だった。

 弥一は六十八歳になっていた。もう体が言うことを聞かない日が増えた。

 だが数えることだけはできた。届かなかった回数を数えることだけは。

 ──幕僚ばくりょう

 ノモンハンの敗北は、陸軍の内部で秘匿ひとくされた。

 参加した将校の一部は、責任を取って自決じけつを命じられた。戦って負けたことではなく、負けたことが知られることを恐れた自決だった。

 敗北から学ぶ者はいなかった。

 ソ連の機械化部隊に歩兵では勝てないという教訓を、陸軍は受け入れなかった。受け入れれば、陸軍の存在意義が揺らぐからだ。歩兵の精神力で戦車に勝てると信じつづけた。

 だが一つだけ、変わったことがあった。

 「北」をやめた。

 ソ連とはもう戦わない。北に行っても勝てないことは、認めたくなくても体が覚えている。一万八千の体が。

 ならば「南」へ行く。

 東南アジア。石油がある。ゴムがある。すずがある。

 ノモンハンの敗北が表に出ることはなかった。だがその敗北が、日本の進路を南に曲げた。

 太平洋への道が、草原の血の上に引かれた。

 修は中国の陣地で、松田の手紙を引き出しに入れた。

 松田の手紙。辰次の万年筆は弥一が持っている。源太の手紙も弥一が持っている。

 修の引き出しには松田の手紙だけがある。

 松田は生きている。脚を失ったが生きている。

 でも松田の戦った戦争は消された。新聞にも出ず、報告書にも残らず、天皇にも届かなかった。

 一万八千人が消えた国で、修はまだ銃を持っている。

 この銃がこれからどこに向くのか。北ではないことだけは、ノモンハンが決めた。

 南だ。

 だが南に何があるのか、修にはまだ見えていなかった。

第二十二話 了

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