第十九話 二二六事件
昭和十一年二月二十六日。東京に雪が降っていた。
修は朝、兵営の窓から外を見た。二十五歳。陸軍の歩兵として東京に駐屯している。
雪は夜中から降りつづいていた。音のない雪だった。兵営の屋根にも、庭の松にも、通りの電柱にも、白いものが積もっている。
午前五時。起床ラッパの前に、修は叩き起こされた。
「全員起きろ! 完全武装で待機!」
意味が分からなかった。演習の予定はない。修は軍服を着て銃を取り、廊下に出た。
同じ顔をした兵隊が並んでいた。誰も何が起きたか知らなかった。
中隊長が来た。顔が青かった。
「首都で反乱が起きた。陸軍の一部が兵を率いて要所を占拠している。詳細は追って伝える。各自、持ち場を離れるな」
反乱。
修は最初、聞き間違いかと思った。
◇
窓の外は白かった。
雪の中を、軍のトラックが走っていくのが見えた。行き先は分からない。
午前中、断片的に情報が入ってきた。同じ中隊の下士官が、伝令から聞いた話をこっそり教えてくれた。
「歩兵第一連隊と第三連隊の一部が動いたらしい。将校が兵を連れて出た。首相官邸を占拠した。警視庁も押さえた」
「将校って、誰です」
「名前は分からん。若い連中や。皇道派の将校と聞いた」
皇道派。天皇の道に立ち返り、腐敗した政治を正すべきだと唱える陸軍の一派だ。修は軍の中でその名前を何度も聞いていた。
「それだけやない」下士官は声を落とした。「大臣が殺されたらしい」
「誰が」
「高橋大蔵大臣。斎藤内大臣。渡辺教育総監。三人とも自宅で襲われた」
修は息を止めた。
高橋是清。大蔵大臣。
その名前を、修は弥一から聞いたことがある。日露戦争のとき、ロンドンに飛んで戦費の外債を調達した男だ。ユダヤ系の銀行家シフに頭を下げて五百万ポンドを引き出した男だ。あの男がいなければ、日露は続けられなかった。
その男が、八十二歳の寝所で殺された。
布団の上で。
◇
修はその日、一歩も兵営を出られなかった。
窓から見える通りは白く、静かだった。人通りがない。車も来ない。雪と沈黙だけがある。
東京の中心部に千四百の兵がいる。国会議事堂の周辺、首相官邸、陸軍省、参謀本部の一帯を占拠している。
修は壁に背をつけて座り、考えた。
五一五事件のときは海軍の将校が少数で動いた。今度は陸軍の将校が千四百の兵を連れている。規模が違う。これは暗殺ではない。クーデターだ。
そして修はもう一つ気づいた。
反乱軍の将校たちは、天皇の名で動いている。
「昭和維新」。天皇の周りにいる奸臣を除き、天皇親政を実現する。天皇を悪い側近から解放して、天皇が直接国を治める世をつくる。
それが彼らの主張だった。
天皇のために。天皇の名前で。
錦の御旗と同じだ。戊辰のとき、薩長が天皇の名前で旗を立てた。今度は陸軍の若い将校が、天皇の名前で東京を占拠している。
天皇自身がそれを望んだかどうかは、誰も聞いていない。
◇
──御前。
弥一は宮中にいた。六十五歳。宮内省の仕事は半ば引退に近い状態だったが、この日は早朝から呼び出された。非常事態だった。
宮城の中は騒然としていた。侍従武官が走る。電話が鳴る。将校が出入りする。
弥一は廊下の隅で、宮中にいた四十年間で一度も感じたことのない空気を感じていた。
天皇が怒っている。
田中義一のときとは違う。あのときの怒りは静かだった。廊下にかすかに漏れる程度だった。
今回は違う。
弥一は奥の間の手前の廊下に立っていたとき、天皇の声を聞いた。
初めてだった。壁として四十年間立ちつづけて、天皇の声をはっきりと聞いたのは、これが初めてだった。
「彼らは反乱軍である。速やかに鎮圧せよ」
低い声だったが、壁を通り抜けた。
弥一は動けなかった。足が床に根を張ったように動かなかった。
天皇が怒っている。しかも明確に命じている。反乱軍だと断じている。鎮圧しろと命じている。
田中のとき以来、天皇は黙っていた。満洲事変でも黙っていた。五一五でも黙っていた。軍が何をしても、「気の毒であった」と言うだけだった。
今、声を出した。
なぜ今なのか。
弥一には分かった。
殺されたのが、天皇の近くにいた人間だったからだ。
高橋是清は天皇の財政を支えた男だ。斎藤実は内大臣として天皇のそば近くにいた男だ。侍従長の鈴木貫太郎も撃たれた。天皇のそばに仕える人間が、天皇の名前を叫ぶ者たちに殺された。
天皇の名前で、天皇の人間が殺された。
それは天皇自身への攻撃だった。
だから怒った。
◇
だが陸軍は動かなかった。
弥一は宮中で、その動かなさを見ていた。
天皇は鎮圧を命じた。だが陸軍の上層部は、すぐには動かなかった。
理由は単純だった。反乱軍に同情する将官がいたのだ。「彼らの志は理解できる」「処分は穏便に」という声が、陸軍の中から聞こえた。
五一五の再現だった。またしても軍が身内を庇おうとしている。
弥一は侍従武官の会話を聞いた。
「陛下が再び仰せになった。朕自ら近衛師団を率いて鎮定に当たる、と」
弥一は壁として聞きながら、体が震えた。
朕自ら。天皇が自分で兵を率いると言っている。
それは明治天皇ですらやらなかったことだ。鳥羽伏見でも日清でも日露でも、天皇は戦場に行かなかった。大本営にいた。
今、昭和天皇は自分で行くと言っている。軍が動かないなら、自分が動くと。
この言葉が伝わって、ようやく陸軍が動いた。
二月二十九日。反乱軍に原隊復帰を命じる奉勅命令が出された。天皇の命令だ。
ビラが撒かれた。「兵に告ぐ」。おまえたちの上官は間違っている。今からでも遅くない。原隊に帰れ。
兵たちは帰った。将校たちは取り残された。
反乱は終わった。
◇
修は兵営で、反乱終結の報を聞いた。
三日間、窓の外の雪を見ているだけだった。何もできなかった。何もさせてもらえなかった。待機命令のまま三日が過ぎた。
だが修は、その三日間で一つのことを理解した。
反乱軍は天皇の名前で動いた。天皇がそれを拒否した。天皇が「反乱軍」と呼んだ。
天皇の名前を使う者と、天皇自身の意志が、真っ向からぶつかった。
これは、この国で初めてのことではないか。
戊辰のとき、薩長が天皇の名前で旗を立てた。天皇自身がそれを望んだかどうかは分からなかった。満洲事変のとき、関東軍が天皇の名前で国を作った。天皇は黙っていた。
今回、初めて天皇が「違う」と言った。おまえたちは自分の味方ではないと。
天皇の名前は、天皇のものではなかった。誰でも使えるものだった。だが今回、天皇がそれを取り返した。一瞬だけ、取り返した。
◇
鈴木貫太郎は生きていた。
頭部と胸部に銃弾を受けたが、妻のたかが将校たちの前に立ちはだかり、止めの一撃を思いとどまらせた。
弥一はこのことをあとから聞いた。
鈴木は六十七歳。侍従長として天皇のそばにいた男だ。弥一も何度か顔を見ている。穏やかな目をした人だった。
撃たれて、生き残った。
この男がこの先どうなるのか、弥一にはまだ分からなかった。九年後、この男は日本の最後の戦時首相になる。天皇が三度目の意志を示す日に、隣にいることになる。
だがそれは、まだ先の話だ。
◇
事件のあと、十七人の将校が銃殺された。
五一五の禁錮十五年とは違った。今度は殺した。
天皇が「反乱軍」と断じたからだ。天皇自身が敵だと認定したのだから、情状酌量の余地はなかった。
修は銃殺の報を聞いて、複雑な気持ちになった。
五一五では首相を殺して禁錮十五年だった。今度は大臣を殺して銃殺だった。
違いは何か。
五一五のとき、天皇は黙っていた。二二六のとき、天皇は怒った。
天皇が黙れば軽く、天皇が怒れば死ぬ。
法律ではない。天皇の声か沈黙かで、人の生き死にが変わる。
修は法律を学んだ人間だ。法の前の平等を学んだ。だがこの国では、法の上に天皇の意志がある。その意志が示されるかどうかは、状況次第だ。
修はそのことを誰にも言わなかった。言えるはずがなかった。
◇
事件の結果を、弥一は宮中で見つめていた。
皇道派は潰された。反乱を起こした将校たちは処刑され、皇道派の将官は予備役に回された。
代わりに台頭したのは統制派だった。
統制派は反乱を起こさない。クーデターはやらない。だが別のやり方で軍の力を広げる。合法的に。制度の中で。予算を握り、人事を握り、国策を動かす。
弥一はある将校がこう言うのを聞いた。
「これで軍の秩序は回復した」
秩序。そう呼んでいた。
だが弥一の目には別のものが見えていた。
天皇が二度目の意志を示した。反乱軍を潰した。だがその結果、軍の発言力はむしろ強まった。「反乱を防ぐため」という理由で、軍はさらに政治に食い込んだ。
天皇が声を出しても、結果は天皇の望みと逆に動く。
声を出さなくても動く。出しても動く。
天皇は何をしても、何をしなくても、機械を止められない。
弥一は六十五歳の体で廊下に立ちながら、思った。
この天皇が声を出す日が、もう一度来るとすれば。
それは機械が壊れる日だろう。
もうそれ以外に、止まる方法はない。
第十九話 了




