第4幕 君が知らない物語。②
顛末を思い返したあと、意識は再び目の前の彼らに戻った。
「そりゃ構わんよ。乗りかかった船じゃけぇ、気にしんさんな」
今度はもう1人、灰髪の男性と共に剣を振るってくれたブラウンアッシュの髪色の男が、ケラケラと笑いながら話しかけてきた。
「ほいで、体は大丈夫なんか? ダルさやら違和感のあるとこはないんか?」
少しハスキーな声で、中国地方の方言に似た喋り方に少し面喰らう。
よもや、この異世界で聞こうとは、思ってもみなかった。
そこに意識が向いて、一瞬思考が飛んでいった。
……なので、安否を即答できなかった事は許して欲しい。
「……えっと……あちこちガタが来ています」
清寿はそう絞り出すと、一旦口を閉じ、暫しの思案。
「……が、ここに来る前からこんな感じですので。昨日の事で身体がどうこう言うことはないようです」
今度は思考停止ではなく、現状の報告修正。
誤情報で要らぬ誤解を招くのは、いささか後ろめたさが湧いたのだ。
けれど続けた言葉で、無駄な馬鹿正直さを披露するハメになってしまったが、性分なので仕方ない。
「そりゃ、よかった。昨日はブチ死にそうな顔しとったが、ちぃと顔色も良うなったようじゃしの」
案の定、苦笑を返されてしまったが、清寿は咄嗟の嘘は得意ではないので、苦笑いを返すしか術はなかった。
「……じゃが、何でまたあがーなとこに、あがーな格好で居ったんじゃ?」
最後に口を開いたのは、巨大な火の玉をぶっ放した人物であろう黒髪ボブヘアの男。
彼もまた、中国地方の方言に似た喋り。
──ブラウンアッシュの髪の彼と同郷なのだろうか。
今度は、思考が上手く機能した。
それを皮切りに、少しずつではあるが頭が回り、欠けた記憶が断片的に蘇る。
あの時、火の玉が着弾した直後に怒号が響いた。
その時の猛りと、ボブヘアの彼の声音が重なった。
そして、魔法での先制攻撃を皮切りに、雪煙に紛れ、残りの2人が突っ込んでいった……ような記憶だ。
「ありゃ、襲うて下さい言うとる様なもんじゃ。時期的にも無謀じゃろうが? むしろ、あそこまで無事に良う来れたもんよ」
──やっぱり……予想通りか。
ボブヘアの男の言葉で、疑念が確信へと変化する。
「成り行きで……としか言いようが無いのですが……」
そう前置きを口にして、清寿は言葉を続けた。
異世界から急に召喚された事。
自分が召喚されたのは間違いだった事。
間違いが判明して、お金を握らされてあの場所まで送られて来た事。
あそこから自力で都まで行けと言われ降ろされた事。
その後自分でどうする事もできず、途方に暮れていた事。
清寿は自身の現状把握のためにも、脳内を整理しながら、起こった事だけを感情を交えずに淡々と話してゆく。
「……に、してもさぁ、アンタは本当に異世界から来たってのかぁ?」
確認するように、灰髪の男は尋ねる。
灰髪の男の言葉は当然の疑問だろう。
こんな突拍子もない事など、信じて貰えなくてもしょうがない。自分が言われても、彼と同じ反応をしたに違いないのだから。
……と、思っていたのだが、ボブヘアの男性の一言で、状況は一変した。
「まぁ、浄界祭の時期も来とるけぇの。召喚したんは、準備の一環じゃろうて」
まさかのまさか。すんなりと受け入れる言葉が返って来たのだ。
「そがーな時期なんか。そりゃご苦労な事じゃのう」
そして追随するように、ブラウンアッシュの髪の彼も、あっけらかんと笑った。
「では、私の他にも、異世界の人間に会った事があるんですか?」
予想していなかった反応に、清寿は思わず理由を探すための問いを投げかける。
こんな時にも出てしまう会社時代の悲しいサガだが、身に付いたクセはそうそう消えてはくれないらしい。
「いんや、ワシらは多分無いのう。……むしろ、神話上の話と変わらんよ」
この問いにも、別段の違和感を覚えなかったらしい。
だが、清寿は現状を上手く飲み込めずにいる。
『多分ない』そして『神話上』。なのに、事も無げに答える。
その状況に、質問した清寿の方が困惑してしまう。
「なんせ、前の浄界祭は50年前じゃけぇ。ワシらが生まれる四半世紀ほど前の話じゃ。それも本当に召喚できたんかも、定かじゃないしのう」
清寿の困惑を見て取ったのか、ブラウンアッシュの髪の男が苦笑しながら言葉を足す。
――なるほど、そう言う事か。
召喚儀式の存在は確かで、ただ周期が長い。だから、歴史的な認知はしていても、真偽は定かでないと言う事だろう。
日本史で言えば、卑弥呼の話と似たような感覚だろうか。
居た事は確からしいが、どこまで真実かは分からない。けれど、実在したとしても驚きはしない。ーーそう言う感覚だろう。
「しかしよぉ。召喚対象間違えるとか、何やってんだかなぁ」
灰髪の男は、そう言いながら口の端をヘニョリと下げて渋い顔をする。
清寿も、この意見には丸ッと賛成だ。
だって、何をどう間違ったら、聖女召喚と言う名分で、必要条件を満たしていない男性を呼ぶ顛末になるんだ。ちっとも意味が分からない。
「中央なんぞ、血統と体面ばっかり気にしとるボンクラだらけじゃ。貴族様だか特別聖職者様か何か知らんが、権力やら階級に胡座かいて、堕落した使えん者しかおらんのじゃろ?」
ボブヘアーの男が『然もありなん』と言った感じで嫌味を放ったが、その言葉に軽い既視感を覚える。
「まぁ、ここんとこ、中央の直轄領で王家と貴族階級が一生懸命やっとるんは、ランク付けと異分子排除ばっかりじゃ。我がの面子と地位を保つんに忙しいんじゃろうの」
ブラウンアッシュの髪の男の言葉に、2度目の既視感。
「ったく、貧富の差ばっかり広がりやがる。ヤな世の中になったもんだよぉ……」
灰髪の男の言葉で、既視感は確信へ。
──どこの世界も変わらないものだな……
ファンタジー溢れる世界にあっても、根底は大して変わらないらしい。
実に生々しくて、眩暈がしそうだ。
「まぁ、話を聞く限りじゃあ、アンタは証拠隠滅され掛けたっちゅうことじゃの」
確信はしていたが、改めて正解を言語化されると、思った以上に胸に刺さる。
それと同時に、ボブヘアーの男の口調の軽さで、清寿はこの世界の命の価値を垣間見た気がした。




