第4幕 君が知らない物語。③
──権力と階級で、命の重さは変化する。
元の世界にも存在した概念だが、この世界ではその比ではないほど、明確な線引きが存在しているようだ。
「だなぁ。この土地も治安も詳しくないヤツ、こんな時期にあんな場所に警護も付けず放り出してんだからな。……しかも、狙われ易い様に、あからさまな手土産まで担がせてさぁ」
不満気に言い放つ灰髪の男は、三白眼を細めて眉を寄せる。
「世話もせんで良いし、養わんでも良い。何より自分達の手も汚さんで良いしの。しかも後片付けもせんで良い。万々歳の状態じゃけぇのう」
ボブヘアの男は彼の不満の理由を端的に、そして間髪容れずに一蹴する。
「やる事といや、向こうにしてみりゃ懐も痛まん程度の端金を持たせて野に放つだけじゃ。むしろ、本当に悪いと思うとるんなら、せめて安全な場所には送り届けるじゃろ」
ブラウンアッシュの髪の男が、呆れながら畳み掛けた言葉が結論だろう。
ーーだが、何よりも残酷な『正解』だ。
「ほんに。ワシらが通りかかって良かったのう」
そう言って、ボブヘアの彼は大きな口を開け、カラカラと笑う。
「あのまんまじゃったら、賊に金品剥ぎ取られた後、山犬の餌になっとるか、雪に埋もれてあの世に逝くとこじゃ」
そう続いた言葉があまりにも軽い口調で、正直冗談なのか、日常の他愛ない出来事なのか判断に困る。
けれど、ただ1つ言えること。
──どちらにしたって、状況は微塵も好転しないな。
「……そうですね。ありがとうございます」
先ほどから続く嫌な予感の答え合わせが辛すぎて、清寿は力なく微笑むしか術がなくなっていた。
「まぁ、ボロくてむさ苦しいとこじゃが、体調良うなるまで、ゆっくりしていきんさいや。知らんとこで、気も尻も落ち着かんじゃろうけどの」
そうやってボブヘアの彼は愉快そうに笑う。
迷いなく、至極簡単にあっけらかんと言い放つ姿に、清寿の心は少し軽くなった気がした。
「いえ。そこまで迷惑をお掛けするワケには……」
けれども、口をついて出たのは、遠慮の言葉。
気を掛けてくれる事は、本当にありがたい。
だが、自身はこの世界にとっての『異物』である。
その事実が重過ぎて、理性が『素直に甘える』と言う行動にブレーキをかけたのだ。
この優しさに縋った結果、恩を仇で返すような事態を招きたくないのだ。
「くたばってる時に無理しても、ロクな結果にゃなんねぇぜ? それに、このまま送り出して何かあったら、俺らの寝覚めも悪ぃしな」
そうやって、少し戯けた口調で笑う灰髪の彼には、不安の断片を見透かされてしまったのかもしれない。
「ほうじゃの、これも何かの縁じゃ。男所帯で、もてなしは出来んがの。寒さと雨風は幾許かでも凌げるけぇ、我慢してくれや」
そうやって、苦笑するブラウンアッシュの髪の彼には、少し誤解を招いてしまったのかもしれない。
「……すみません。ありがとうございます」
優しさの追撃も効いたが、結局言葉に甘えてしまったのは、まだ疲れが残っていて重い身体と鈍い思考のせいだ。
3人の温かい言葉をゆっくり反芻し、情のありがたさと、自分の無力さを痛感する。
「あとで晩飯置いとくけぇ、今はゆっくり寝ときんさいや。何事も、命あっての物種じゃけぇ」
ブラウンアッシュの彼がそんな言葉を残して、3人は部屋を後にした。
声と足音が遠ざかり、自分以外の音が消えたあと、清寿は再び布団に潜り込み天井を見上げた。
正直に言わせて貰えば、ベッドは硬いし、毛布は重い。
それに、若干カビ臭くて寝心地も良くない。
──それでも、1人きりじゃない場所でゆっくり寝ていられることが、今はひたすらありがたい。
そう、心から思うのだ。
気が緩んだのか、瞼が一気に重くなる。
清寿はその重力に逆らう事もできず、微睡みの中に落ちていった。




