第16幕 夢見るglow starter。①
「それと」
──折角なので、この機に乗じて言ってしまおう。
清寿は後日する予定だった話を前倒しする事にしたようだ。
言うかどうか悩んだのだろう。様子を見ながら重い口を開いた。
「数点、個人的に確認したい事も有るんだが……もう少しだけ時間を貰っても良いだろうか?」
そう言いながらも、頭の中には箇条書きにされたリスクがチラついている。
だが、またタイミングを計り直すのも骨が折れると判断したらしい。
「勿論、答えたくない場合は、そう言って貰えれば強制はしないから」
だから、1番の懸念材料だけは言っておく。
出来ればもう少し距離を縮めてとも考えない事はなかったが、この場にいる全員と打ち解ける時間がどれほどかかるのか予測が出来ない。
ならばと思い直し、賭けに出たようである。
「そんなに改まって、どうしたぁ?」
困惑の声音に若干の呆れ。先程からグレイスの眉間には、深い皺が標準装備になりつつある。
何せ清寿の話題や提案は、グレイスにとってどれも奇想天外。
そうやって態度を改められると、次に何が出てくるのか恐ろしくて、無意識に身構えてしまうのも仕方なかろう。
「いや、ここ数日見ていて、気になった事があるんだよ」
ほら来た。清寿の言葉に、グレイスの眉間の皺がより深くなる。
「え? まだ何かあんのぉ?」
グレイスは、ついつい心の声を漏らしてしまった。
今度は、鬼が出てくるのか蛇が出てくるのか。そんな心境なのだろう。
「……ただ、俺がいきなり不躾に聞いて良いものかどうか、判断に困ってしまって」
清寿は言葉を続けたが、言い淀んだ声の音量は少し落ち、瞳には不安が灯っていた。
そんな様子から、グレイスは清寿の葛藤を読み取ったのだろう。小さく短い息を吐き、頭をポリポリ掻いた。
「まぁ、聞いてみるだけ聞いてみりゃいい。答えるかどうかは本人に任せっからさぁ」
人の良さと言うか、陰りに弱いと言うか。グレイスは、弱味を見せられるとダメらしい。
何処まで踏み込んでくるのかは予測出来ていないようだが、それでも観念したように苦笑いを返した。
そして、グレイスは辺りを見渡す。
「みんなそれで良いかぁ?」
そのグレイスの声に反応するように、凪いでいた空気があちらこちらで波を立て始めた。
まぁ、何せ訳アリばかりの集団だ。
中でも脛に深い傷を持つ者にしてみれば、動揺するのも無理はない。
それを表すように空気が不穏に揺れ、先程とは違う沈黙が漂い出した。
そんな空気の中、不意に「アハハ」と短い笑いが割って入る。
「良いんじゃない? 別に俺は構わないぜ? 答えられる範囲で構わないんだろ?」
ユルは戯けたように手を挙げ、芝居がかった素振りで肩をすくめてみせた。
グレイスと清寿への賛同、そして念押しの確認。それが空気を混ぜっ返す。
「良いに決まってら。キヨだって無理に聞くつもりはねぇって言ってっしぃ。俺も強制権がねぇしなぁ」
グレイスの言葉は、答える側に選択権があると言う明確な線引きだ。
この言葉で再び空気が緩み始めた。
「まぁ、聞くだけでも良いなら、吝かではありませんね……」
アルがポソリと呟いた。
「だね。聞くだけなら、別に支障はないし」
セディの言葉に、レニーとメイビーも頷いている。
そんな状況を受け、他もポツリポツリと了承のリアクションをし始めた。
皆の発言から察するに、元々怖いもの見たさはあったのかもしれない。
それに、清寿の言動から、良い方に転ぶ期待は考えなくもなかったのだろう。
ただし、自分に刃が突き付けられる状態になるならば話は違う。
そこが即答出来なかった原因と言う事のようである。
けれど、グレイスとユルのやり取りで、主導権が担保されたのだから安心したようだ。
再び凪いだ空気が訪れる。
そしてそれを見計らったように、ガタリと大きな音が響いた。
音の先にはアッシュ。乱暴に立ち上がって、わざと音を立てたようである。
「なら、俺は最初からお断りだ。そいつと話す事なんかないからな」
アッシュは冷笑を浮かべながら清寿を一瞥し、小馬鹿にするように鼻をフンっと鳴らした。
「それはそれで、構わねぇよ」
グレイスは「やれやれ」と言った表情でアッシュの言葉を肯定する。
斜に構えている態度は褒められた事ではないが、提示された権利を行使する事は『悪』ではない。
それに、強制しないと言った以上、嗜めるつもりもないようだ。
「キヨ、それで良いんだろ?」
グレイスは、この状況も含めて了承するようにと清寿を見やる。
「ああ、勿論。俺のワガママだから」
一筋縄でいかない事なんぞ、清寿の方も端から織り込み済みである。
考える素振りもなく、小さな笑顔を返して静かに状況を肯定した。
ただ、アッシュからすれば、清寿の態度が思ったような反応ではなかったようである。
憎々しく舌打ちひとつ。
「じゃ、俺は部屋に戻る。これ以上無駄話に付き合う義理もないからな」
そして、負け惜しみとばかりの冷笑を再び浮かべると、椅子を乱暴に戻して食堂を後にした。
「……俺も部屋に戻る」
コハクは呟いて、静かに立ち上がった。アッシュの選択をみて、彼も自身の決断を下したのだろう。
だが、こちらはまだ迷いがあるのか目線を誰とも合わさずに、静かなまま食堂の扉を潜る。
そんなコハクを、ルリが心配と不安が入り混じった顔で見送っていた。
「他のヤツは、引き続き残るって事で良いかぁ?」
グレイスは辺りを見回しながら、念押しのための言葉を投げかける。
その言葉に、同意の返事と、同意代わりの沈黙。
そして。
「じゃ、お替わりのお茶、淹れるね」
イリーニャの屈託のない笑顔が、場の空気を整えた。
清寿は、イリーニャがお茶を注ぐ姿を目で追いながら、静かに息を吸い込む。
そして暫し目を瞑ると、ゆっくり息を吐いて前を見据えた。




