第15幕 灯火stargazer ④
「ほいじゃぁ。露払いも終わったようじゃし、意中を聞こうか?」
イタズラにニヤリと笑うマリィが誘い水を向けたのは、清寿を見透かしたからだろう。
提案の奥にある本丸。その機微を見逃してはくれなかったようだ。
「え? どう言う意味……」
てっきり話はまとまったと思っていたグレイスは、訝しげに言い淀んだ。
それから清寿に目線を移せば、気まずそうに苦笑いを浮かべていたので、尚の事表情を歪めた。
「じゃ、お言葉に甘えて……」
清寿は静かに口を開いた。
今なら言葉を濁しても良かったのだろうが、マリィが折角道を作ってくれたので、この際遠慮なく進ませてもらう事にする。ーー若干、獣道ではあるのだけれど。
「まず。誰でも、何人でも良いから、料理を覚えて欲しいと思っている。勿論、俺が教えるから」
端的に、結論。そして、微細な追記。
そうして清寿は気まずさを誤魔化そうと、最後にニッコリと営業スマイルで繕った。
けれど、アルが申し訳なさそうに乾いた笑いを浮かべる。
「でも……俺たちじゃ、高額なレシピ代が払えませんよ」
やはり、彼の中でレシピは高価な物、購入する物と言う概念が覆せないようだ。
だから、覚えて欲しいと言われたとて、無い袖は振れない。そこへ収束してしまう。
「いや、さっきも言った通り、俺が作れるレシピは無料で大丈夫」
清寿はゆっくりと念を押す。
そう、清寿にしてみれば、この国の料理界隈みたいに利権商売を企んでいるわけでなし。
居た堪れなさの解消と、最低限の品質の料理。基本は自己満足のための投資なのだから。
「ですがそれでは……」
それでもアルが躊躇うのは、金勘定を担っている所以であろうか。
それとも、清寿の胡散臭さを嗅ぎ取っているからだろうか。
まぁ言ってしまえば、海のものとも山のものとも分からない男が、でき過ぎた提案をしてきているのだから、疑ってかかるのも無理はないか。
そこで清寿は、すかさずもう一押しを加える。
「それに、覚えてもらう事に意味があるんだ。今後のためにもなるし」
清寿は、アルが真偽を計りかねている事くらい、重々承知である。
自身が反対の立場なら、やはり同じように二の足を踏んだはずであろう。
だから、『今後のために』と言った言葉は真意でもあり、想像を促すための誘い水だ。
ただし、アルに投げかけているようで、そうでない。
ーーそう言うところが、清寿のいやらしさでもあるのだが。
「ま、一回美味いモンの味覚えちまったら、そうそうは戻れねぇよな」
ガハハとアヴィが豪快に笑った。
「俺、既に戻りたくないんだけど?」
レニーもアヴィの言葉を受けて口を尖らせた。
2人に釣られて周りの者も色々思考を巡らせているようで、思い思いの表情が見てとれる。
どうにも清寿の誘い水は、狙い通りに上手く機能したようである。
ーーそして、方舟の大半の者が、少々短絡的である事実も炙り出したようだけれども。
「でも、知的財産をそんな風に……」
そうであっても、それはそれ、これはこれ。
いくらビジョンに魅力があったとしても、アル的には、わだかまりが残るらしい。
清寿の提案は、『利権』と言う金の卵の価値が理解できず、自ら捨てているように映ったようだ。
けれど、アルが言いたい事は、清寿だって充分に分かっている。
「確かに、知識は財産だな」
先ほどの話を聞く限り、清寿のレシピは金の卵であると確定しているのだから。
楽して左団扇になる事も、大仰な夢物語ではない。そこもちゃんと理解している。
それを理解して尚、だ。
まぁ、そこが利口なアルの思考を、余計に混乱させているのだろうけれども。
「でもな。知識は、それを受け継ぐ人間が居ないと、意味が半減するんだよ」
清寿は優しい笑顔で、自身にも言い聞かせるように言い切った。
向こうの世界では、未来永劫挽回できる事がないであろう事。心の底に澱む、後悔なのだから。
アルはその言葉に小さく息をのみ、目を見開いて二の句を継げなくなっていた。
「そりゃそうじゃのう。あの世にゃ知識は持っては行けまぁよ。後世に残してなんぼの代物じゃけぇ」
今まで静かに見守っていたマリィが、小さく笑った。
マリィが思わず口を開いたのは、彼もまた、知識が何たるかを知っているからだろう。
リッカの方に目だけを一瞬チラリと動かして再び小さく笑うと、リッカも小首を傾げて目を細めた。
次の刹那、ガタリと椅子が大きな音を立てて動いた。
「お、俺! 教えて欲しいです!!」
エヴァが緊張した面持ちで、大きく手を挙げ勢いよく立ち上がっていた。
けれども、確かに清寿の目線を捉え、引かない姿勢で意思を伝えてくれる。
「ああ。宜しくな」
清寿の目が、優しく細くなっていった。
心許ない灯火が、少しだけ強くなった事に喜びを感じているのだろう。
「興味はあるんやけど、俺でも出来るやろか?」
そんな光景を見ながら、場違いに緩んだ口調でクオンが笑った。
誠に残念な事である。
いや。言っている内容におかしなところもなく、好意的。
ただ、酔いの入っているクオンには、シリアスな空気を読む回路が完全に断線しているようだ。
おかげさまで、エヴァの真摯な姿勢が一気に霞む。
クオン同様ほろ酔いのセロですら、物凄く残念そうな顔でクオンを見ていた。
「それは無理なんとちゃますぅ? あんさん、空気も読めへん規格外のヘッポコやしぃ」
フンっと、鼻を鳴らして、マサムネが嫌味を込めて横目を送る。
呆れているのか、諦めているのか。
面倒臭そうに眉をひそめ、じっとりと睨む態度で、日頃の関係性が伺える。
「酷いやないか、マサムネ!! 俺、泣いてしまうよ!?」
負けじと言い返すクオンの言葉は、マサムネの言葉を補足するしか役に立たず。
それに何より、エヴァはこの状況を気にもしていないようで。満足気な笑顔を浮かべたあと席について、残りのお茶を飲んでいる。
そしてこのダッとした雰囲気は、シリアスに傾きかけた空気を方舟の日常へと溶かして消えた。
まぁ、これはこれで、方舟らしさと言う事だろう。
「簡単な物から覚えていけば良いよ。俺だって、最初はそうだったんだから」
清寿は少し困った笑顔を浮かべたが、今度は空気に飛び込んだ。
これが方舟の持つ空気感ならば、慣れるより術はなさそうなのだから。
「そんな、簡単に出来るものなんですか?」
メイビーが半信半疑といった風に首を捻る。
料理の『りょ』の字も知らない者からすれば、簡単だと言われても過大広告に聞こえたようである。
しかも、普段食べている料理よりも美味しいものが作れる。そんな事が可能なのだろうか、と。
「まぁ、得手不得手はあるから、苦手な人も出て来る可能性はあるけどな」
清寿はニッコリ笑ってから、間違いではないけれど、少しズレた答えを返した。
ここで『勿論、簡単だよ』と、安易に返しても良かったが、エヴァ以外の実力は皆無な状態だ。
瞬時に頭を過った不安を、作った笑顔と曖昧さで着地させたらしい。
「せやったら、俺も手が空いた時に教えて欲しいわ!!」
スゥの元気な声は、『出来る可能性』を思い描いたからだろう。
年の割に幼くキラキラ輝く瞳は、明るい希望に満ちあふれている。
その他も数人、色々思案しながらも興味は持ってくれているようだ。
「勿論、大歓迎だよ。楽しみにしておく」
その光景に、清寿の顔がふっと緩む。
関係構築には程遠いけれど、居場所は確保できた。そんな気がしたのだ。
「で、キヨのやりたい事って、料理だったのかい?」
ユルが茶化すように笑うのは、清寿の安堵に気が付いたからだろう。
間の取り方が絶妙な彼は、勘が良くて、人の機微にめざといらしい。
「いや。料理はメインでやるとして、この敷地内の整備もしたいんだ」
清寿はユルからの絶妙なパスに乾いた笑いを返して、誤魔化すように頬を掻いた。
自分の虚勢が見透かされているようで、気恥ずかしかったようである。
「はぁ? そがーな事も出来るんか!?」
セロの目が丸くなる。
こちらは少々純朴か。はたまた、清寿に心を許しているからなのか。
思いもよらない提案に、心底驚いた様子を見せた。
「いや、簡単な手直しだけになるが、やれる所は出来る範囲でやりたいと思う」
そんなに驚かれるとは思っていなかった清寿は、慌てて言葉を付け加える。
どこまで想像されたかは定かではないが、大きく期待されても困ってしまうのだから。
「ただ、材料調達やら運搬やら、一人で無理な事も多いだろうから、誰か手の空いた時に少し手伝ってくれると嬉しいかな?」
相変わらずの段取り魔は、こう言うところだけ抜かりない。
言葉を加えたついでとばかりに、今度はサラリと言ってのけた。
ーーいやはや。この男は、随分と難解で歪な思考回路をお持ちのようである。
「良んじゃねぇか? 難しい事は出来ねぇが、荷物運びくらいはしてやんよ」
アヴィは明朗にして豪放。
難しい詮索は得意ではないようだが、気の良い事には間違いない。
「俺も、それくらいは手伝うぜ? 気軽に声かけてくれよ」
意味あり気なウインクひとつ。ユルは屈託なく笑った。
「ああ、助かるよ。その時は、よろしくな」
ここはもう、全力で乗っかっておこう。
ユルのウインクに笑顔を返したのは、清寿なりの照れ隠しだ。
「キヨ。そんな事も出来るのかよぉ……」
ここに、困惑している男が1人。
拾って来た張本人のグレイスは、清寿のポテンシャルに愕然としているようである。
「本当に簡単な事からさ。どのみち、調理場を使えるようにしないといけないし。まずは掃除からかな?」
清寿とて、本格的な大工仕事をできるわけではない。
だがその前に、まずは何より整理整頓。半廃墟のままでは、生活だってままならないのだから。
「確かに……ちょっと不便でしたね……」
その証拠に、エヴァも昼間の事に思い当たったようで、苦笑いを浮かべている。
「そうだな。せめて、シンクと作業台は使えるようにしたいかな。場所があれば、作れる料理も増やせるし」
アレでは、出来る事が限られてしまう。
作業を効率的にやりたいならば、場所の確保が最優先なのだから。
そんな清寿の言葉にレニーがピクリと反応をする。
「まぁ、調理場の片付けくらいなら……」
協力の言葉をポロリと零したのは、『料理が増える』に反応した結果らしい。
「だね。僕たちも手伝えそうだ」
笑うメイビーと、頷くセディ。
少しずつだが、清寿が望んだ道は開け始めたようである。




