第15幕 灯火stargazer ③
「しかし、キヨさんには充分過ぎるほどお金を入れて貰ってますし……これ以上の負担は……」
そんなやり取りの中、アルの言葉が割って入った。
言い方は遠慮がちではあるが、どうしても言わずにはおれなかったのであろう。
それこそ、ラフィが指す『お客様』の根拠である。
本来、清寿はお金を払って方舟に滞在しているのだから、役割は果たしているのだ。
しかも、方舟にとって充分過ぎる金額を入れている状況だ。
そんなアルの言葉で、周りは少し現実を見たようで。
騒めきが止み、気まずそうに顔を引き攣らせたり、誤魔化し笑いをしたり。各々、思うところの表情を浮かべ始めた。
そんな中、マリィは顎をさすりながら思案した後、口を開く。
「ほいじゃ、入れる金を減らしてもろうて、料理作ってもらうんで良いんじゃなかろうか?」
マリィの提案は、至極妥当な落とし所であろう。
差し引きして、釣り合う金額に調整する。単純明快なやり方だ。
「いや。それはそれだ。減らさなくて良いんだよ」
なのに、清寿は困った笑いを浮かべて、それをやんわりと拒否した。
ーー素直に「はい」と言えば済むものを、変なところで頑固なヤツだ。
「しかし、そう言うわけには……」
アルにしたって「はい、そうですか」とは言えやしない。
やはり、出納を預かる身としては、顕著に数字と割合を見てしまうのであろう。
ならば彼の役目上、理由なきまま、気にせず素直に引き下がれと言う方が酷である。
「さっきも言った通り、やらせて貰えれば嬉しいんだ。それに、材料費の事もあるから、それの補填だと思って欲しい」
清寿はアルの言いたい事を察したのか、簡単に理由を付け加えた。
「それじゃ、キヨさんにメリット無いじゃないですか……」
けれどそんなお為ごかしなど、アルには到底納得出来るものではないらしい。困惑したように、呆れたように、渋い顔で深いため息を吐いた。
まぁ、それもそうだろう。
現状、方舟にとって清寿は、半パトロンのような存在でもある。
そんな人物に『仕事をさせる』など、心中穏やかには出来るはずもない。
けれど、清寿も易々と引きはしない。
指で作ったVサインをビシッと胸の前へ突き出すと、優しげな営業スマイルを浮かべた。
「やりたい理由は、料理の味以外に2つある」
案の定と言うか、何と言うか。
再び仕事モードに舵を傾けた清寿は、プレゼン姿勢で説明を始める。
「え? 2つも? 何があんのぉ?」
グレイスは思わず間の抜けた声を上げた。
料理が美味しくない以外の理由があるなど、思ってもいなかったのだろう。
意味が分からないと言った表情で、あんぐりと口を開けている。
清寿は、そんなグレイスにイタズラな笑みを向けると、Vサインの指を一本折って、指差しの形に変えた。
「まず、時間を持て余している事」
清寿の言葉を聞いて、グレイスは益々困惑顔である。
そんな理由を得意気に述べられたって、『だから何だ』の感想しか出てこないのだろう。
他の者も大半が同じ感想のようで、『言ってる事は理解できるが、言ってる意味は理解できない』。そんな微妙な表情を浮かべていた。
「俺だけぶらぶらしているのも、どうも居心地が悪くてなぁ」
何だかんだ御託を並べたとて、残念ながら清寿にとっては、とどの詰まりがこれである。
尾を引いている金銭問題など、清寿にとっては瑣末な事で、暇を持て余している事が嫌なのだ。
「えぇ……アレ、本気で言ったのぉ……」
グレイスが呆れるのも無理はない。
清寿の立場なら、のんべんだらりと遊んでいても、誰も咎めはしない。
最初、料理を作りたいと申し出があった時には、発作的なものかと思って一度は流してみたものの、やはり『暇だから仕事をする』と言う発想が俄かに信じられないらしい。
けれど、清寿はグレイスの言葉に静かに、だが、力強く頷いた。
「他の仕事は慣れるまでに時間が掛かるだろうし、即戦力になるのは料理が一番だと思ったんだ」
そうやって清寿が続けた言葉に、グレイスは面食らう。
申し訳程度の暇潰しではなく、『即戦力』ときたもんだ。
もはや、呆れを通り越して驚愕の表情になっている。
「え〜? 仕事しなくて良いとか、最高じゃないですか〜?」
ケタケタと笑うカッツェも、ブレる事はない。
相変わらず言わなくていい事を言って、隣のアーリーに頭を叩かれている。
「他の事が嫌でも、君も狩りはしてるだろう?」
清寿がカッツェに返した言葉は、是非ではなく問いだった。
けれども、今回は確信犯だ。
自身の前に並べた手札をスムーズに捲るための一手間である。
「え〜? 狩りは好きですもん」
カッツェから返ってきた言葉に、清寿は満足そうに笑みを返す。
仕事として捉えれば面倒臭さが先に立っても、好き嫌いで考えれば問題はスライド可能なのだから。
「それと同じかな? 俺も料理は苦じゃ無いし、役に立てるなら嬉しいんだ」
そうやって清寿の口から答えが出れば、拒否するのも難しかろうて。
何せ、労働だけれど『好き』だと言われれば、仕事としての線引きが薄まってしまう。
清寿の狙い通りに、大半の顔に納得の表情が浮かんだ。
清寿のこう言うところは、流石と言わざるを得ないところだろう。
「ほんに、キヨは真面目じゃのう」
マリィからは、ため息と苦笑い。
清寿の狙いはどうにも見透かされたようだけど、あえて言わないのはマリィなりの気遣いか。
そんなマリィに、清寿は無言のままで微笑みだけを返しておいた。
「んで、もう一個の理由はぁ?」
反論の余地もなくなったグレイスは、頭をポリポリ掻きながら、次の話題に水を向ける。
今の説明だけでも充分納得できたのに、それと並ぶほどの理由が気になってしまったようである。
「ここの生活水準を上げたいと思ったんだ」
清寿が口にした言葉は、方舟に明確な困惑を呼んだ。
みんなポカンと口を開け、言葉の意味を飲み込めずにいる。
「生活、水準?」
ようやっと声を発したのはアル。
けれども、オウム返しから察するに、理解できたと言うわけではないらしい。
首を横に傾けながら向ける眼は、清寿に無言で説明を求めていた。
しかし、なんとまぁ。ここでも前提の差が重く伸し掛かるとは、どうしたものか。
清寿的には、よもやこんなにも単純な申し出に、説明が必要になるとは思ってもみなかった。
生活水準を上げると言う概念がないのか、生活水準自体の概念がないのか、そこは分からないけれども。
それにしたって、何とも言えない労力に翻弄されて、清寿の方も困惑しきりだ。
「そうだな。やる気と言うか、活力と言うか……」
清寿は、頭を悩ませながら言葉を選ぶ。
『生活水準』と言う単語の意味を説明しても、意味はなかろう。
多分、重要なのはそこじゃない。説明すべきは『上げた事で何を得られるか』の方だとは思う。
……の、だが。これ以上なく、的確で気の利いた説明が難しい。
案の定、「何を言ってるんだ」とばかりに、みんなの頭の上にハテナマークが浮かんでいる。
清寿は、しばらく悩んだあとに言葉を続けた。
「まず、帰って来る場所に、美味しいと思う料理が待っていたら、帰って来るのが楽しくならないかな? 美味しいと思う料理が待っていたら、仕事のやる気が出てこないかな?」
壮大な夢物語よりは、目の前の現実。
今実感した満足感を、ひと摘み。想像が及ばないなら、想像できるものを引き合いに出すまである。
「確かに!! こんな美味い物毎日食えるんだったら、俺は頑張れるぜ!?」
ユルの顔が笑顔で輝く。
『美味い飯が自分を出迎えてくれる』。今得た喜びが、継続可能な未来であると理解したようだ。
「だな!! 俺もそうだわ!!」
アヴィも思い至ったようで、空いた皿を見渡しながら笑った。
「俺は内勤ですが、やる気は出ます!!」
「俺も頑張れる!!」
エヴァもイリーニャも屈託なく笑う。
他の者もそれぞれ理解に及んだようで、目に輝きが満ち始めていった。
ここにいる誰しもが、平等に得る事の出来る楽しみ。
それが胸に希望を灯したのであろう。
「ここは共同体だからな。皆んなにとって家の居心地が向上すれば、きっと今以上に良い方向へと向かうと思うんだ。家は心の拠り所でもあるから」
本来それだけではないのだが、そこが基盤になるのは間違いなかろう。
少し臭いセリフを言った自覚はあるが、清寿の言葉に嘘はない。
「心の拠り所、か……」
嬉しそうだが、グレイスは少しだけ困った笑顔を浮かべる。
リーダーである彼には、別に思うところもあるのかもしれない。
「俺も全て無くしてしまって、今更ながらに痛感したんだ」
グレイスに向けた言葉は、清寿の懺悔でもあろう。
続くと思っていた日常は崩れ去り、残ったのは後悔だけ。
薄っぺらい言葉と分かっていても、心の奥に積もった澱が言わせた本心だった。
「それに、皆んな良い人ばかりだし。ここに居る事を許してくれたみんなに、恩が返したいから」
冷たく白い死の間際から、引き返すきっかけをくれた場所。
だったら、精一杯生きないとバチが当たると言うもの。
けれども、清寿は、自分の存在価値を殺して生きる選択肢も持ち合わせていないのである。
「ったく、キヨは律儀だねぇ」
そんな清寿の曇りなき眼に、グレイスはため息を小さく零す。
ここまで引かずに言われれば、根負けしたとて致し方なしだろう。
「んじゃ、有り難く申し出を受け入れさせて貰うわ。よろしくなぁ」
グレイスは、相変わらず困った笑顔で頭をポリポリ掻いている。
けれども、それ以上の否定はせずに受け入れてくれた。
……まぁ、どう考えても、齟齬はある気がするが……受け入れて貰えたから、とりあえずは『良し』。
最後は物で釣った感が否めなくはあるが、ここから先は実感して貰うより他はなかろう。




