第15幕 灯火stargazer ②
「んで。そっちはどうなのぉ?」
グレイスは机の上にズルズルと身を投げ出しながら、清寿に視線を送る。
清寿が掘り下げた事で、疑問が頭を過ったらしい。
そして、改めて現状を目の当たりにした事で、若干テンションも下がってしまったようである。
ーーまぁ、気持ちも分からなくもないが。
「ある程度、簡単に手に入るよ。下手すれば、一流料理店だってレシピを無料公開したりしてる」
清寿の台詞は、現在の日本在住者なら頷く内容だろう。
何なら、動画を観れる環境であれば、事細かく手順を知る事も出来る。
さらに言えば、見知らぬ他国の料理を再現する事だって、気負わずに挑戦する事も可能なのだから。
「え!? でもそれじゃ、料理店を開く意味が無くないですか!?」
アルの目は真ん丸だ。
その他数人の目も、アルと同様に真ん丸になっている。
「意味無くはないんだよ。使う食材のこだわりや品質の違いだったり、職人さんの手間や技術だったりがあるし。あとは、一部の味付けや材料を非公開にしてる場合もあるしな」
そう、何も全てが慈善ではない。だから、成り立っている部分も多い。
門外不出のレシピだって多く存在するが、基本の多くは教養として、販促のためのツールとして。
そして、あるいは食に興味を引くためのエンタメとして。
そんな風に段階を区切りながら、身近なものとしてレシピは存在しているのだから。
「だったら、キヨさんの料理より、美味しい料理を作るって事ですよね?」
ラフィは驚愕の表情を浮かべ、思わず会話に割って入った。
先ほど目を丸くしていた内の1人である。
「勿論だよ。それに安い店だって、それなりの個性や工夫もしているから。自分で作れない時には、随分とお世話になってた」
改めて考えると、日本と言う国は随分と恵まれた環境なのかもしれない。
好みの差はあれど、ファーストフードもファミレスも、不味くて食べられないと言う事もない。
しかも、物価上昇で値段が上がったとは言え、他国に比べれば良心的な金額設定ではあるのだから。
「何それ……羨まし過ぎるんだけど……」
レニーの眉間と顎に、深い皺が寄っている。苦悶の表情というやつである。
けれど、無理もなかろう。
自身の現状と対比できるものが現れて、あまつさえ状況の粗末さが露わになってしまったのだから。
「実際、俺の作る料理は素人範囲のものだよ。今日の料理だって、一般的で珍しい料理じゃないしな」
これは、清寿が最初に大きな引っ掛かりを覚えた箇所でもある。
今となれば、ある程度の理解はできたけれども、先ほどまでは素人料理がここまで絶賛される意味が理解不能だったのだから。
しかも、貴族の料理と比べられても、負ける事がなかったと言う恐ろしさのオマケ付きで。
「え……これで、ですか? これが一般的……そんな世界があるんですか?」
ラフィの言葉で、より輪郭が濃くなっていく。
どの程度の階級に所属していたかは分からないが、貴族と言う特権を持っていた者ですらこの反応だ。
どうにも『利権』には、まだまだ底知れぬ闇が広がっているらしい。
そんな中で、口を開いた者がいた。
「てか。ここらの料理が、群を抜いて不味いんだよね〜」
あはははは〜。と、カッツェが小馬鹿にしたようにぶっ込んできた。
「そうそう。料理って言うより、『エサ』って言った方が的確だよね〜」
それに続くように、アズも腕を組んでウンウンと大きく頷きながら辛辣な言葉を吐いた。
「え? そうなの!?」
レニーの顔は絶望。
遠い異世界の話かと思っていたら、そう言う事でもなかったと言う現実を叩きつけられた状態だ。
この現実は、なかなかに辛かろう。
「まぁ、そうじゃのう。ワシのお国も、ここに比べりゃ安飯でも遥かに美味かったしのう。家でも、女衆がそこそこ美味いモンを作ってくれよったわ」
そして加わるマリィからの追撃。
遅れて傘下国になったであろう西方地域は、同じ状態ではないらしい。
「料理やら材料自体が違うっちゅうのもあるが、確かにそれはある。今じゃ慣れたが、ワシも最初は苦労したの思い出したわ」
懐かしさよりも苦々しさが勝ったのか、セロは口を尖らせてため息を漏らす。
「そう言や2人とも、最初は飯の文句ばっか言ってたねぇ……」
グレイスも当時を思い出したのか、苦笑いを浮かべている。
「まぁだけど。言われて思い返してみれば、俺の国もここまでは酷く無かったけどぉ……」
それと同時に、もう少し昔の事も思い出したようで、残酷な現実も更に並べてしまった。
「ま。戦場じゃ気の利いた飯なんぞ出てこんけぇ、戦仕事が多かったワシは、マリィほど苦労はなかったがの。諦めて、こう言うモンじゃ思うて食いよったわ」
セロのセリフは適応能力の根源。
けれども、諦めは適応するのに役に立っても、改善には役に立たない。
『諦めたらそこで終わり』とはよく言ったもので、これは最たる事例ではなかろうか。
「それに、作ろう思うても、知った道具も食材も無かったしのう……」
追加で零したセロの言葉は、望郷よりももっと切実。
地味ではあるが、異国暮らしの最たる難関でもある。
清寿が先ほど材料を見てホッとしたのは、これが由縁でもあるのだから。
料理の知識が乏しいならば、尚の事大きな関所になった事であろう。
「俺は……方舟に来て、飯を食える事自体がありがたい感覚やったしなぁ。すっかり忘れとったわ」
クオンの口から出た言葉は、それよりも遥かに根本的なものだった。
ふわふわ笑って言ってはいるが、生死に関わる一線である。
「ですね。……今は食べれる事がありがたくて、僕もすっかり忘れていました。ですが確かに今思えば、味的には故郷の方が格段に美味しかったです」
リッカも、うふふと笑って懐かしんではいるものの、暗くて深い一線を味わった経験者のようである。
離れた場所で静かに渋い表情を浮かべているマサムネも、同様なのだろう。
「まぁ、とは言え。結局は、食べる物がなくて飢えるよりは断然マシだしね〜」
カッツェが見えるように横たえたボーダーラインは、この世界の仄暗さでもある。
彼がそれを発すると言うことは、クオンたちだけではない。暗にそう言う事なのだろう。
「ま、ここに居るヤツは特にだろ? 皆んな、動くため、生きるために飯食ってる感覚だろうし。腹が膨れりゃ、味は二の次だろうなぁ」
アヴィの言葉が仄暗さの輪郭に明確な肉付けをしていく。
笑って言える事が、余計に影を添えていく。
食べ物と言うのは、生きていくのに必要不可欠ではある。
だが、アヴィの言う通り、味と言うものは不可欠ではなく、ほとんどがオプションに近い。
「俺の地元じゃ、元々肉焼くか野菜茹でるかくらいだったぜ? 味が付いてるだけ、こっちの料理のが幾分マシかもしんねぇな!」
ユルがあっけらかんと茶化して笑うが、なんの慰めにもなりはしない。
幾ら地域差があるとは言っても、横たえられたボーダーラインが消えることはないのだから。
「でも、今のミリヤドじゃ大半がそんな感じだからなぁ。食い物にこだわれるのは、上級国民だけだろぉ?」
深いため息を吐きながら、諦めたようにグレイスは机に沈んでいく。
どの場面にも現れる階級の差。
運よく生死のラインを越えられたとて、次に横たわっているのはこの一線のようだ。
一難去ってもまた一難。なかなかに厄介な事である。
「ただ、キヨさんの料理を鑑みるに、やはりこの国の料理人自体のレベルが思ったより低いのかも知れません」
ラフィが零したように、そこに『利権』が乗っかってくる面倒臭さよ。
料理を売るより、レシピを売る事にシフトした結果の産物であろう。
「まぁ、ミリヤド自体が今のところ、楽な金稼ぎと、散財。後は制圧にしか興味が無いようじゃしの」
そう。マリィが吐き捨てたように、つまりはそう言う事だ。
料理自体で勝負すれば、どうしても研鑽が必要不可欠である。
けれど、レシピ自体に価値を見出してしまえば、いかに上手く売買できるかに傾いてしまう。
要は味よりも、販売力とブランド力で価値を覆す事ができる。
そうであれば、市場の場所も意味も変わってくるのだから。
「それに、慣れちゅうんは恐ろしいモンじゃ。貴族様も今あるモンで満足しとるけぇ、そこまで気にしとらんのじゃろう」
セロの言葉が末期を示唆する。
料理を味わっているようでいて、その実、貴族は『価値』を食しているのかもしれない。
いわゆる『逆命題』。
今や、美味しいから『レシピが高い』ではなく、高いレシピだから『美味しい』と言う暴論。
そうだとすれば、現状にも合点がいく。
拝金主義を責めるつもりは毛頭ないが、それにしたって度が過ぎてやしないだろうか。
粉飾し過ぎて、本末転倒とはこの事であろう。
「まぁ、どこの世界でも優先順位の違いがあるからなぁ。簡単に良し悪しは言えないかもしれないよ。向こうの世界でも、それは有った事だからな」
けれど、清寿が言うように、1番低いボーダーラインはこちらの国でも存在している。
戦火の下では、いつだってそれが大きな顔して横たわっているのだから。
「へぇ。そうなのか」
グレイスは清寿の言葉をサラリと飲み込んだ。
生死のボーダーラインなら、清寿よりも彼の方がよっぽど理解しているからだろう。
他の者も騒ぐことはない。やはり、この世界は生死の境が身近にあるようだ。
「そうだよ。国によって料理も随分違ったし。こだわる国はとことんこだわる」
清寿は、生死の境を横に避けた。
そこを突っ込んで聞いたとて、自身で解決の策など出せるわけではないのだから。
その代わりとばかりに、事実だけをそっと置く。
「……まぁ、俺の居た国は、かなりこだわる方だったのは間違い無いな」
ついでに、補強の事実も添えておこう。
日本と言う環境を、少しだけ懐かしく思いながら。
「それに、俺自身も趣味と実益を兼ねて、試行錯誤はした方だ。それでも素人の趣味程度だがな」
けれども、肝心要の話はこれである。
清寿は料理人ではないけれど、料理ができる理由である。
まぁ、最後の一言は相変わらずの保険であるのだけれども。
「なるほどのう。なら、納得じゃ」
マリィは顎を撫でながら笑う。
清寿の言葉で、色々と腑に落ちたのだろう。
「それでも、『素人の趣味』って……どうなってんの……」
一方で、レニーは清寿の言葉に大きく頭を抱える。
そして、半数ほどが同じ反応であるところを見ると、帝国傘下国の出身者が多いと言うことだろうか。
でもまぁ。
総合するに、『どうなってんの』は、むしろこの帝国管理下国の方であるのだけれども。




