第14幕 前哨Second Push。⑥
「美味しかったね〜。お腹いっぱいだ〜」
満足そうにお腹をさすりながら、カッツェが笑う。
その言葉に周りも頷きながら笑みを溢した。
まったりとした空気は、満ち足りた証だろうか。
席にゆったり腰掛けたまま、余韻を楽しむようにくつろいでいる。
そんな折、イリーニャが不意に「あ!」と、何かを思い立ったように短く声を上げた。
「俺、お礼にお茶淹れてくる!」
そう続いた言葉と、満面の笑み。そして勢いよく椅子を鳴らして、立ち上がった。
「ありがと。頼んで良い?」
エヴァが柔らかく笑いながら首を傾げると、
「うん! ちょっと待っててね!!」
イリーニャは嬉しそうに顔をクシャりとさせた。
それから気合を入れるように頷くと、みんなの視線を集めながら小走りで食堂を後にした。
「何だろうね? イリーニャが淹れるお茶って美味しく感じるんだけど、外で飲むお茶って美味しく無いんだよね」
イリーニャの背中を見送っていたセディが、ポソリと呟く。
それからゆっくりとテーブルに肘をつくと、手に顎を乗っけて、不思議そうに顔を揺らした。
「美味しくねぇどころの騒ぎじゃねぇだろ? あんなモン、高けぇドブ水じゃねぇかよ」
それに反応したのはアヴィ。
味でも思い出したのか、随分と渋い顔で苦笑いだ。
「匂いがなぁ。薬品みたいな、ドブみたいな匂いだろぉ?」
グレイスも思うところがあったらしい。身体を傾けながら眉間に深い皺を刻む。
こちらは匂いが気に入らなかったようで、鼻根にも深い皺が増えていった。
「まぁ、ドブ水に高い金出しても良い事ないよな」
あっけらかんと笑うユルは、さして思い入れはないらしい。
「まぁ、ここらは水が美味くないしなぁ。やむなしやろ」
そう言って笑うクオンは、酒が完全にまわっているようでホニャホニャしているが、原因が何となく理解できているようである。
むしろ故郷が違う故に、この違いを感じていると言う事かもしれない。
それからしばらく、紅茶の悪口大会が開催される。
お茶自体は民間でも手に入るらしいが、趣向品ではあるらしい。
けれど、彼らの反応から鑑みると、どうやら不評も不評。
とりあえず、共通認識として『お茶=高いドブ水』と言う事は理解できた。
ただ、その認識があったとしても、イリーニャのお茶は別物らしいと言う事のようだ。
「えへへ〜。ちょっと良い紅茶淹れて来ちゃった!」
しばらくしたのち、ワゴンを押しながら戻って来たイリーニャが得意そうに笑う。
「お! 良いねぇ。贅沢ついでで良いんじゃない?」
ユルが、パン! と、景気良く手を鳴らし、ウインクを投げる。
でも、ワゴンの上に乗っかっているのは、贅沢とも優雅とも程遠い大きめの深鍋と木のカップなのだけれど。
それでも誰も驚かないところを見ると、これが通常運行のようである。
イリーニャは躊躇なく、お茶を深鍋からオタマですくう。
そして茶漉しを通して、器用にカップへ注ぎ淹れる。
……やはり、この絵面にも誰も指摘を入れない。
優雅さなど微塵も感じない『良い紅茶』が、目の前で爆誕している有り様だと言うのに。
そして、淹れられた紅茶は、バケツリレーよろしくで各人の前に鎮座した。
清寿もイリーニャが淹れてくれるお茶を飲んだ事はあるのだが、よもや、こんな風に淹れられていたとは露とも思っていなかった。
この光景には、思わず困惑の笑いがこぼれてしまった。
「うーん。やっぱり、普通に飲めるんだよね」
淹れられた紅茶を啜って、セディが独りごちた。
「うん。イリーニャの淹れるお茶は格別だな。美味しいよ」
それを肯定するように、清寿は笑みの残る顔で感想を口にした。
そうなのだ。イリーニャの飲み物は、他の者が淹れる飲み物と比べて飲みやすい。
まぁただし。『美味い』と言えるかは別の話で、渋めで少しエグ味も出ている。
故に、『飲めない代物ではない』と言うのが正直な感想ではある。
それでも、『飲み物』としては成立している範囲だ。それが『別格』の所以。
そして、水をそのまま飲むよりも断然飲みやすいのは、変えられない事実なのである。
「俺ね〜、お茶だけは褒められてたんだよ? 『お茶汲みのイリーニャ』って!!」
「……それ、褒められて無いです。多分」
静かな空間に、小さく呟いたラフィの言葉が駆け抜けた。
その指摘に誰も口は開かないが、『言ってやるな』と言う心の声が聞こえてきそうな表情を浮かべているのが答えだろう。
「え!? ウソ!! ……俺、褒められてないの!?」
イリーニャは、心の底から驚いた表情で愕然として辺りを見回す。
けれど、皆一様に視線を逸らし、目を合わせようとしない。
その状況に、イリーニャの目が極限まで見開かれ、口をアワアワさせている。
ーーもし表情に題名を付けるなら、さしずめ『絶望』と言ったところだろうか。
「いや。俺はイリーニャの事、凄いと思うよ」
そんな状況の中、清寿は茫然自失のイリーニャに微笑みを向けた。
その言葉を聞くや否や、イリーニャの顔はみるみると輝きが戻る。
「やった!! キヨに褒められた〜!!」
そうでなくとも大きな身体をグイッと伸ばし、天高く手を広げた。
イリーニャにとっては、やはり唯一の縋りどころだったのだろう。
そこを認められた事が余程嬉しかったのか、感情を爆発させて小躍りしている。
「美味しい物を作るキヨさんが褒めるくらいだから、やっぱり美味いんだ……」
その横で、メイビーがカップの水面を見つめて、自身の言葉を噛み締める。
漠然としていたものに、輪郭が生まれた。
このお茶は、イリーニャが持つポテンシャルなのだと、改めて認識したのだろう。
「それにきっと、これからもっと美味しく淹れられるようになるよ」
勿論、清寿の言葉は慰めなどではない。
エヴァの時同様、可能性だと確信しているようだ。
「本当!? やったー!!」
イリーニャの小躍りは、益々激しさを増す。
これ以上ないくらいに上機嫌。伸びたり縮んだり大忙しである。
「え? 何でですか?」
素っ頓狂な声で、セディは目を丸くした。
どうしたら清寿の『これからもっと美味しくなる』の結論に至るのか。
それがセディの脳内フローチャートでは、処理がしきれなかったらしい。
「だって、イリーニャは水の魔法使いなんだろう?」
清寿が放つこの言葉には、彼の願望も混じるのだけれど、漠然とした概念に属性がつけば、輪郭が濃くなる事を知っている故の発言だ。
「そうだ! イリーニャ、水の魔法使いだった!」
今更ではあるまいに。再び、セディの目が大きく丸くなった。
何度となく忘れられてしまう事実に、皆もセディ同様ハッとしている。
だけど裏を返せば、それだけイリーニャの現状が、活躍とは遠い位置にあるとも言える。
「え? それって、何か関係あります?」
ケラケラとレニーが揶揄うように笑う。
彼にはきっと突拍子もないリップサービスに聞こえたのだろう。
大半の反応も彼と同じ。冗談がウケた時のように笑っているのだから。
「どうだろう? でも、魔法使いだから、不思議な力があるんじゃないかな?」
清寿は、そんな空気をものともせずに、意味ありげに笑う。
プレゼンが通ったのだから、どうにも動く事にしたらしい。
ならば、ホリックワーカーの本領発揮といこうではないか。
優しく細める瞳の奥には、会社人のサガが、静かに青く燃えていた。




