第14幕 前哨Second Push。⑤
「ん! これも美味しーい!!」
ポテトサラダを頬張ったアズが、頬に手を当て、オーバーリアクションで身体を捻った。
キュッと瞑った目は、嬉しそうに綺麗な弓形をしている。
「凄い……確かに魔法みたいだな……」
口の端を汚したまま、セディが惚けながら呟いた。
彼の皿にはジャガイモのガレットとタルタルソース。呟いた後に、夢中で頬張り出した。
どうにもその組み合わせが、甚く気に入ったようである。
「本当だ! このイモ、パンに乗っけて食っても美味いぜ!」
ユルは清寿のオススメに素直に従ったようだ。
硬いパンに、てんこ盛りのポテトサラダ。
ガブリと豪快に齧り付いて、これまたエールを豪快に流し込む。
「何かもう、訳分かんないんだけどぉ?」
グレイスは首を傾げているが、手は止まらない。
困惑しながらも、エールと玉ねぎのマリネを交互に口へと運んでいる。
先ほどまでとは違う賑やかさが、この場にまた降り積もる。
なんだろうか。大人数のせいなのか、方舟の特性なのか。
まるで回転灯籠のように、くるくると目まぐるしく空気が変わっていく。
──タイミング、なかなか難しいな。
清寿は目の前の光景を見て、笑いながら小さく短く息を吐いた。
組織生活には慣れている清寿ではあるが、集団生活には不慣れである。特に、こんな大人数の。
新鮮さはあるものの、タイミングが色々と上手く掴めないでいた。
まるで、大縄跳びに上手く入れず、少し離れた場所から眺めている気分である。
──まぁ、なんだ。異世界云々より、集団生活に慣れる事が優先か……。
ここが標準的かどうかは計りかねるが、それにしたっての話なのだ。
会社なら、家に帰ってしまえば、強制的に終わりなのである。
けれど、ここでは『おはよう』から『おやすみ』までが、社会生活としてパッケージされている。
しかも、清寿の予想だにしない方向に会話が転がり続け、挙句に着地点も見えない。
加えて新参者の清寿だから、どのタイミングで、どこまで何をどう線引きをすれば良いか。そこが見極めきれずにいるようだ。
「こちらも合格点が貰えたようで何よりだよ」
ただまぁ。だからと言っても、急いては事を仕損じる。
今日の着地点は、結局これに尽きるだろう。清寿は、そこで区切りをつけたようだ。
何事も、一朝一夕にはいかないのだから。細かく刻んで、慣れていくしか道はない。
「てか……イモって、こんなに美味い食い物でしたっけ?」
ほら、こうやって思ってもいない方向に会話が転がる。
眉間に皺を寄せたアーリーが、苦情のような言い方で、褒め言葉のようにも聞こえる言葉を零した。
「だよね? いつも食べてるのって、表面がベチョっとしてて、中身はゴリゴリじゃない?」
セディが『魔法』と言葉を放った根拠だろうか。
相変わらず口の端を汚したままで、心底不思議そうな顔をしながら、目の前のガレットをフォークで突いている。
だが、セディが言う事はもっともで、今までの食卓に並んだジャガイモは、考えなしに調理されていて、『料理』とは言い難い物がほとんどだった記憶なのだ。
「ホント、ごめんね〜」
エヴァが苦笑いを浮かべて、バツが悪そうに謝罪を口にする。
食事の用意を担っているのはエヴァだから、どうにも耳が痛かったようである。
「エヴァがどうこうじゃなくて、街で買っても大差ないだろ?」
ナイフとフォークを使って、ガレットを綺麗な所作で食べているアルが、サラリと口を挟んだ。
これもまた、ごもっともな意見であろう。
本当に、店で買ってきたと言っても、格段に品質が上がるわけじゃなし。エヴァの調理に毛が生えた程度の料理でしかないのだから。
「まぁ、実際そうなんだよね。てか、ジャガイモって、今までそう言う食べ物かと思ってたし」
レニーはそう言って笑っているが、内容はわりと恐ろしい現実だ。
──……なん、だと?
清寿は、心の中で頭を抱える。
どこの出身か分からないレニーだが、少なくとも今までの状況に、何の違和感も覚えず過ごしている地域が実在していると。
ともあれ、清寿の知っている『当たり前』とは、何かが決定的に違う事は確定だ。
「まぁ。少なくとも中央で食べていた時は、ジャガイモが常にゴリゴリしてた記憶はないんですけどね」
アルの言葉で、基準点が余計に霞み始める。
中央、つまりは『ミリヤド帝国』とも基準が違うのだろうか。
それにしたって、味の評価より、ゴリゴリかそうじゃないかが論点なのが嫌過ぎる。
「そうなんか! ミリヤドじゃ、そう言う食い方する芋か思うとったわ!」
「ワシもじゃ。アマハラじゃ、芋と言えばサツマイモじゃしのう。こっちに来て初めて食うたけぇ、正解は知らんかったしの」
料理と酔いが手伝って、故郷の事でも思い出しているのだろうか。セロの細めた目は、随分と優しく遠くを見ている。
「なぁ。俺もや。ジャガイモ、こっちに来て初めて食べたし。変わったお芋さんや思うとったわ」
と、クオンも昔を思い出したのか、ケラケラと楽しそうに笑っている。
しかし。望郷も、追憶も微笑ましく思うが、言っている内容で別の不穏が加速した結果なのだけれど。
「俺だって、凄く衝撃的でしたよ」
ラフィも何か思い出したような表情だが、こちらはあまり良い思い出ではないようで。
随分と苦々しい顔で、大きなため息と一緒に言葉を溢した。
「まぁそもそも、貴族はジャガイモなんかの土物を食べる事もないだろう?」
アルが茶化すようにフフフと柔らかく笑う。
インテリ眼鏡に、落ち着いた優等生な面持ち。
アルは、四角四面の冷笑系タイプかと思いきや、先程の機転と言い、仕事の出来る生真面目なタイプなのだろう。ならば、清寿とのビジネスライクなやり取りは、距離感の見極めだったのかもしれない。
「いやまぁ……そうなんですけど。……それを差し引いても、正直言ってこの街の料理自体が酷すぎます」
ラフィが眉間の皺を深くして、ため息をもうひとつ。
言い淀んだが、言わずにはいられなかったのだろう。言ってしまったついでとばかりに、強めの言葉も付け加えた。
そんなラフィの返答に、アルは笑いを噛み殺している。
けれどもしかして、今のやり取りから察するに、料理の前提にも格差が関係しているのだろうか。
益々清寿の混乱が加速する。
兎にも角にも、街の料理が酷い事も確定した。あとは、貴族がジャガイモを常食しない事も、概ね確定のようではある。
「でも、今度からは安心してよ」
道具の整理が終わったエヴァが、席に着きながら嬉しそうに口角を上げた。
清寿から促されて、遅ればせながら食事の輪に加われるようだ。
「え? エヴァ、どうしたの?」
メイビーがイリーニャ越しに顔を覗かせていた。
嬉しそうに意味深な言葉を口にしたエヴァの事が、どうしても気になったらしい。
メイビーもエヴァの機嫌につられたのか、顔が柔らかく綻んでいた。
「ジャガイモの茹で方、教えてもらったんだ。だから、今までよりちょっとだけマシになるはずだよ」
少しだけ誇らしげに。けれど、控えめにエヴァが答えた。
「え? じゃあ、エヴァはコレを作れるって……」
そこにすかさずレニーが割って入る。
今日の食卓を見渡しながら、期待に胸を膨らませたのだろう。
「そこは無理かな。今は、茹でジャガイモがどうにか、って感じだよ」
てへへ。っと、悪戯に笑って見せるエヴァからは、いつもの劣等感が鳴りを潜めている。
軽口を返せる余裕は、成功体験が背中を少しばかり押してくれたおかげのようだ。
「ですよねー!」
聞いたレニーとて、答えは分かっていたのだろう。
だが、分かっていても、見えた光が口を突いたと言う事だ。
だけど今日の食卓は、それだけ特別な意味を持ったと言う事でもある。
「でも、茹でジャガイモは美味しくなるって事だろ? 良い事じゃねぇか!」
「はぇぇ、そっか! エヴァ、凄いやん!」
ガハハと笑うアヴィと、輝かせた目をエヴァと向けるスゥの言葉に、パラパラと賛同の声が上がる。
確かに、進捗で言えば些細な事だが、それでも大きな革命だ。その事実が喜ばしい。
「違うよ。凄いのはキヨさんだよ」
思った以上の反応だったようで、エヴァは少し照れながら小さく身を捩った。
それでも、尻尾がブンブン揺れている幻覚が見えてきそうなオーラがそこにある。
「キヨ。オメェ、本当に凄ぇなぁ!! こんな有能なヤツ手放した中央は、残念だったな!!」
アヴィは再び「ガハハハハ」と愉快そうに笑った後、エールを豪快に飲み干した。
他の者も飲んだり食べたりと忙しそうだ。ーーまぁ、清寿だけは、若干置いてけぼり状態ではあるが。
けれど、思った以上の手応えに、清寿の心はまた少しだけ軽さを増した。
「でも、材料が一緒なのに、これだけ色々と出来るんですね」
取り分けて貰った料理を口に運び出したエヴァも、目を輝かせて咀嚼している。
「喜んで貰えて嬉しいよ」
最後の1品、スパニッシュ風の出汁入り卵焼きも焼き上がり。
清寿は皿の上に乗せてから、一口サイズに切り始めた。
ぼーっとこの景色を眺めている間に、少しだけ焼き色が強くなってしまったが、焦げてはいないのでご愛嬌と言う事で。
「これが最後の品だよ。これで今日の料理は終わり」
切り分け、盛られた皿を差し出しながら清寿が静かに笑う。
反応を見る限り、どうにか体裁は繕えた。プレゼン終了まであと少しの心境だ。
「うっわ! また、違う料理が出てきた!」
さっきの卵焼きよりちょっと豪華になった1品に、レニーの笑顔が弾ける。
「もう少し食材の種類があれば、また違った物も出来るんだけどな」
清寿はサラリとだが、自己アピール代わりの言葉を添える事も忘れない。
何せ、先ほどエヴァが言った通り、今日の料理はジャガイモだらけではある。
あとは卵と玉ねぎ。味付けも塩と酢、そして砂糖が少々。
出来る限りの全力を尽くしてみたものの、今日の材料ではこれで限界だ。
それでも、次があるなら、そこに繋がる足場は作っておくに越した事はないのだから。
グレイスは清寿の言葉に、はたと目の前の皿に視線を向ける。
「こんだけでも、充分だよぉ。……それに悪いなぁ、俺たちばっか先に食って」
ほとんど空になっている皿を見ながら、への字口でポリポリ頭を掻いた。
「いや、それで良いんだよ。こう言う料理は、出来立てが美味いんだから」
静かに椅子を引き、清寿も再び食卓へと加わった。
清寿の言葉は優しさを装っているが、本当は結果を出すことに精一杯だっただけである。
結果を残さねばならぬ一世一代のプレゼン中に、余裕など全くない。
そうじゃなくても脱線脱線、また脱線の連続だったのだから、着地点を探す事が最優先で、腹を満たす事など二の次だ。
故に、今の清寿は『安堵でお腹が一杯』と言った状態だった。
引き続きのお付き合い、感謝御礼申し上げます。
さて、投稿日時の修正です。
少しストックの余裕ができましたので、
当初予定の
【毎週金曜 21時10分】
に、加えて
【第2、第4土曜日 21時10分】
の、投稿追加をしたいと思います。
何卒、今後もお付き合い宜しくお願い致します。




