第14幕 前哨Second Push。①
「しかし……大人数の食事量は、加減がわからないな。副菜の量が少なかったか……」
予想以上の速さで空になった皿を見つめ、眉頭を寄せた清寿は独りごちた。
残っているのは、多めに作ったポトフとカボチャのスープ、半分くらいのマヨネーズだけ。
それにしたって、ポトフで残っている具材はほとんどが野菜である。
気持ちの良い食べっぷりには安心はしたが、小競り合いの原因になるのは頂けない。
食べる量や速度の問題もあるだろうが、大皿に盛ってしまった事もあり、どうしても積極性の有無で配分に大きな不平等さが生じているようだ。
体格や胃袋のキャパも違う。それにメインになるガッツリとした料理が不足している。
何せ今日作った品は、スープとツマミの延長線のような料理ばかりなのだから。
「でも、残念だな。ほとんどの料理がなくなっちまったぜ。今日の幸せも、もうお終いかぁ」
ほーら、やっぱり。ユルには少々足りなかったようである。
胃の辺りをさすりながら少しガッカリして、名残惜しそうに空の皿を見ている。
巨体で、しかもガテン系の28歳。食が細いと言った事も、まずなかろう。
しかも、目の前の大皿を突いている面子にはアヴィもいるのだ。
グループごとの前に置いた大皿料理の量を均等にした事が、かえって悪手になってしまったようである。
「胃にパン詰め込んで、スープとエール飲んどけよぉ。あとから腹ん中で膨れっからぁ」
への字口でジト目を向けるグレイスの提案は、これまた何とも雑であろうか。
そんな提案で、『はい、そうですね』素直に納得などできるはずもなく。ユルはアヒル口で無言の反抗を返した。
「ま、それでも上等な飯だったしな。あとはグレが言うように、大人しくパンでも齧っとくか」
アヴィはそう言って笑っているが、セリフから察するに足りていない事は明白だ。
それに、レニーたちも相変わらず小競り合いを続けている。
……ならば、この状況を打破するために清寿がやれる事は1つ。
「口に合うようだったら、追加の卵焼きと、もう何品か作ろうか?」
寧ろ、これ以外の手札を持ち合わせていない状態である。
「良いのかい!?」
待ってましたと言わんばかりのユルから、目を輝かせてからの指差しウィンク。流れるように華麗なコンボが決まった。
「……とは言っても、材料は同じだがな」
喜んでくれるのは嬉しいが、ハードルは一旦下げておく。
清寿にチート能力があれば、素敵な食材を湧き出せたのかもしれないが、残念ながらどうあがいても無理な話である。
現実は、貧相な在庫と限られた調理具なのだから。
「そこまで気ぃ使わなくても……」
グレイスは少し困ったように笑った。
だが、ほんの少し間をおいた後、言葉を続けた。
「って、言いたい所だけどぉ……食いてぇかもぉ……」
そしてそう言いながら、ラフィとアルにチラッと目線を向ける。
ラフィからは眉間の皺、アルからは何とも言えない苦笑いが返ってきた。
でもまぁ、一瞬の躊躇いは見せたが撤回はしないようで、頭をポリポリ掻きながら静かに目線を逸らした。
「じゃ、お言葉に甘えて作ろうか」
グレイスたちの攻防を見て、清寿は気が付かないふりをして会話を続けた。
ラフィとアルの気遣いには申し訳ないと思いつつも、人生において負けられない試合があるのだから。
ここで空気を読んで引けば、足掛かりが全て崩れてしまう。
「でも、時間掛かっちゃうんじゃ……」
エヴァの心配はごもっともだ。
準備段階ならまだしも、既に食事中。そこで食事の中断を余儀なくさせるのは、確かに宜しくなかろう。
「確かに、ちょっと掛かるかもなぁ」
材料と調理方法、妥協点と及第点。そして確実な落とし所と所要時間。
清寿は立ったまま、考える人のポーズで頭をフル稼働させる。
「ですよね……」
身近で体験したからこそ、予想できる答えもあるものだ。
清寿から返ってきた言葉に、エヴァは苦笑するしかできなかった。
「まぁ、酒かスープ飲んどりゃええじゃろ? 待つ時間もツマミの内じゃ」
しれっと酒量を重ねてたにも関わらず、マリィは顔色一つ変えず豪快に笑う。
「せやねぇ。キヨの錬金術の御手並拝見や。それかて、いいツマミになるやろ?」
そんなに呑んでいないはずのクオンは、顔を赤く染めてふにゃふにゃと笑っている。
「そうだな! だったら、待ち時間用のハムとチーズ持ってくるか」
ユルも酒に強いのか、少しだけ軽さが加速した程度で普段と変わらない。
そんな彼らの言葉に、酒飲み組は賛同しながら笑っていた。
「飲ん兵衛はコレだから……」
レニーが顔の中央に皺を寄せ、忌々しそうに吐き捨てた。
確かに、飲ん兵衛以外には堪らない状態だろう。食事の途中でお預けなのだから。
「キヨ〜。レニーは食べないって〜。だから、レニーの分は俺に回してくださ〜い」
そこはやはり、空気など読む気もないカッツェである。
しかも、しらっと自分の分を多めに確保しだしたあたり、流石と言うか何と言うか。
「ちょっと! 何、勝手な解釈してんのさ!!」
ここまで来ればお約束の流れ再開である。
レニーはカッツェの肩を引っ掴み、凄い勢いで揺さぶりながら目を三角にして怒鳴っている。
「え〜? 待てないなら、しょうがなくない?」
それを物ともせずに「あははは〜」と、楽しそうに笑うカッツェは、なかなかの強者である。
そこから、やはり始まる小競り合い。
ただ、真剣に止める者が居ないところを見ると……まぁ、これもまた日常風景なのではあろう。
けれど、その情報を得たところで、清寿には何の解決策も出てこないわけなのだが。
「で、どれくらい待ってりゃいい? 長く時間が掛かるようなら、一旦解散させっけどぉ?」
と、グレイスが横から助け船を出してくれた。
ただ、清寿を見兼ねた末の判断ではなさそうだ。
幾ら当主の発言とは言え、凄く雑な提案だ。ーー察するに、調整が面倒臭くなったのだろう。
それでも、転機に変わりなしである。
清寿も、雑さから目を逸らし、キレキレの営業スマイルでやり過ごす。
「そうだなぁ。大体、20〜30分くらいかなぁ?」
そして、やっと弾き出した答えを涼しい顔で伝えた。
こちらも負けてはいられないとばかりに、お得意の腹芸でこの場を乗り切るつもりらしい。
「え!? 今度は、そんなに簡単に出来るんですか!?」
エヴァは清寿の言葉に目を丸くした。
あれだけ時間を掛けた事実が、目の前で揺らいでいく。きっと、そんな気分なのだろう。
「ああ。今度は簡単な物しか作らないからな」
清寿からそんな言葉を聞いたとて、エヴァには想像もつかないようで、腕を組んでウンウンと唸っている。
エヴァの困惑に、清寿は少し申し訳なく思わなくもないが、今は時間を優先させるようだ。
「で、どうだろか?」
年季の入った柔らかくて優しい営業スマイルは、清寿の武器である。
ちょっとだけ覗かせる胡散臭さと無駄な説得力を振りまいて、みんなの顔を見渡した。
ほら。やはり、反応は上々だ。誘導されたように、食べたい、このまま待つとの声が多く上がった。
「じゃあとりあえず、ある分をゆっくり食べててくれ。その間に作るから」
気遣いはしつつも、頭の中は先ほど得たデータを見直して、修正箇所を洗い出す。
ここから先は若干タイムアタック状態だ。
メニューを再度確認し、脳内には再構築されたチェックリストとフローチャート。
「何か要る物はありますか? 用意、手伝います」
不意に、椅子がずれる小さな音とアルの声が清寿の耳に届く。
立ち上がったアルを見やれば、静かに笑っていた。
思いがけない援軍に清寿の仮面が少しだけ剥がれ、作り物ではない笑顔をチラリと覗かせる。
「すまないが、20個ほど卵を持ってきて貰えると助かるかな?」
清寿は遠慮することなく、脳内チェックリストの1番上の材料を伝えた。
そして、今度それに反応したのはエヴァだった。
「はい! 行ってきます!」
こちらは大きく椅子を鳴らし、勢いよく立ち上がる。
そんなエヴァに、アルはニヤリと笑ってから
「俺が行ってくる。エヴァはキヨさんの手伝いをしてろ」
そう言い残して、倉庫へ向かうために席を離れた。
「アル、ありがとな。キヨさん、よろしくお願いします!」
エヴァはそんなアルに笑顔を向けてから、清寿に目線を移した。
「2人とも、ありがとう。こちらこそ、よろしくお願いします」
さぁ、ここからが清寿の正念場。
第2ラウンドの始まりが、静かに幕を開けた。




