第13幕 ドキドキFirst Time。⑥
「しっかし、キヨはほんまにスキル無しなんやろか? こないに出来るんになぁ?」
クオンはエヴァの話を暫く聞き入っていたが、ふと疑問が湧いたらしい。
ほろ酔い顔でニコニコと、起き上がり小法師のように頭を左右に捻りながら揺れている。
「俺の場合は『生きていく術』だから、特殊な能力ではないしな。生い立ち的に、そう言う知識を取り込める環境だったんだ」
清寿は、サラリと事もなげに笑った。
そうやって、意図的にマイルドでポジティブな表現を選んだようだ。
だが実際のところは、少し仄暗い話なのである。
何せ幼い頃は、祖父母、親族との関わりを断つため、両親と辺鄙な場所を転々としてきた来歴の持ち主なのだから。
けれど、自ら進んで言うつもりはないらしい。
そんな生い立ちなど、今この場で詳しく説明したとて、哀れみを乞うための材料にしかならない事を清寿は知っている。
「いわゆる、『昔取った杵柄』言うやつじゃのう。要は、ワシの薬学知識と似たようなもんか」
ふーん。と、言った感じで、マリィは皿の上でポテトをフォークで転がしながら、目を細めてつくづくと眺めている。
魔女と名乗るだけあって、やはり薬学は修めているらしいが、『昔取った杵柄』と言うからには、過去の話なのだろう。
それにつけても、先ほどからことごとく周りとは感想も視点も違う。
そこも、彼の来歴に関係があるのだろうか。料理自体の端的な感想はそこそこに、吟味や考察に勤しんでいる気がしてならない。
西方組が食べ物に対してチャレンジャー気質である事を差し引いても、魔女である故か、はたまた魔女たらしめる素質なのかは判断しかねるが、やはり好奇心は人一倍のようだ。
「まぁ、そんなところかな。ただ俺の場合は、さして威張れるような特技ではないけどな」
謙遜なのか本音なのか。清寿は困ったように小さく笑う。
やる気はあっても一足飛びは性分に合わない。清寿が、もっと大胆で華々しいアプローチの1つでも披露できたのなら、もう少しだけ勝気な人生を歩めたのだろうか。
「ほうじゃが、『芸は身を助ける』言うし、現にワシらは恩恵に与っとる」
セロは先ほどよりも赤みを増した頬を緩ませ、細めた目を弓形にする。
クオンもそうだが、こちらは『生卵』と言う懐かしい響きから、故郷の思い出も味付けに加わったようで、普段よりも酒が進んでしまったようである。
「ですね。正直、ここでこれほどの料理を食べられるとは思ってもみませんでした」
ラフィもまた、何某かを思い浮かべたようで、小さく短く息を吐いた。
皿の上に鎮座する食べかけの卵焼きをジッと見つめながら、苦笑まじりの表情の奥で、何を思っているのだろうか。
「ねぇ! すっごく美味しいよね!」
打って変わってイリーニャは、直球な感想を破顔と共に響かせる。
単純明快な賛辞は、知能指数は薄くても爆発力は満点である。小難しい事など吹っ飛ばして、空気を明るく和やかにする力を持っているからだ。
その証拠に隣でエヴァもご満悦だ。ちょっぴりの自信が彼を高揚させたのか、どこか誇らしげである。
そして陽の空気は波紋を広げ、つられたようにメイビーやセディも頷きながら自然に顔を緩ませていた。
だが、そんな空気の中に、清寿の心を小さく波立たせる言葉が聞こえた。
「まぁなぁ。けどぉ、そっちの世界じゃ珍しい特技じゃなくても、こっちじゃ料理人でもねぇ奴が料理ができるってのは珍しい事だしねぇ」
静かにエールを傾けていたグレイスが、手の中にある空になったビアカップを見つめながら、しみじみと零したのだ。
──あぁ、まただ。
グレイスの言葉で、清寿が先程から感じていた違和感が一気に色を増す。
いや。別に悲観した声音でも、捨て鉢に吐き捨てたわけでもない。
……のだが、どうにも引っ掛かる。
「だよな! 普通の人間が料理を作れるって事が、既に凄いぜ?」
ユルの朗らかな声が、グレイスに賛同を示す。
そして周りでは、肯定の頷きが広がっていく。
──ほら、やっぱり。
違和感の色が、もう一段濃く染まる。
何故、彼らは『料理=料理人の技術』と言う図式に、そこまで頑ななのだろうか。
「しかも、こんなにレベルの高い料理が作れるんですから」
感心したように、ラフィが長く息を吐いて苦笑した。
横で同じように苦笑いを溢すアルも、この歪さを気にもしていない。
だとすれば清寿が抱く違和感など、ここに居る誰にも見えていないのだろう。
その証拠と言わんばかりに、食堂の空気は未だ和んだまま緩やかに流れていて、柔らかく温かい。
「その事なんだが……」
そこを聞こうと、清寿は意を決して口を開いた。
……が
「あ! ちょっとカッツェ!!」
アズの声に被って、続きの言葉は空気に霧散した。
そして凄い剣幕で捲し立てる。
「1人で食べ過ぎ!! ジャガイモ殆どないじゃん!!」
愛らしい顔を憤怒で歪めて、もうガチギレもガチギレである。
「え~? だって、みんなしゃべってばっかりだったから、もう食べないのかと思って?」
だが、相変わらずマイウェイなカッツェはどこ吹く風だ。
ニッコリ笑って勘違いを装うが、だからと言って食べる手も口も止めない。
なるほど、空気を読む気は更々ないらしい。むしろここまでくると、愉快犯な気すらしてくる。
「はぁ!? バカな事言わないでよ! 信じらんない!!」
アズは、そんなカッツェの小馬鹿にした態度が癇に障ったようである。
いかにも『ムッキー』っと、聞こえてきそうなジェスチャーで地団駄を踏みだした。
「ほんまや!! 油断も隙もあらへんわ!! 何笑ってんねん!!」
スゥは、出し抜かれた事が悔しかったようで、慌てて身を乗り出し、皿に手を伸ばす。
だが、カッツェは意に介さず。
「あははは~」と笑いながら、最後のポテトをポイポイっと頬張ると、今度は別の方向に手を伸ばし、マヨネーズの深皿とポテトの入った大皿ごと自分に引き寄せ抱え込んだ。
「ちょっと! まよねーず、独り占めしないでよ! てか、そのジャガイモの皿も、俺たちの分じゃん!!」
カッツェの暴挙に反応したのはレニーだった。奪い返そうと必死に身を乗り出す。
けれどもレニーの手は、ムキになればなるほど虚しく空を掻くばかり。
カッツェの方が一枚上手なようで、ひょいひょいと躱され踊らされている有り様である。
「先ほどまでは何処へやら。手のひら返しがお上手ですこと」
そんなレニーの様子に、リッカが小首を傾げて「あらあら、うふふ」と綺麗に微笑んだ。
聞こえるか、聞こえないかの微妙な声量。澄んで通る涼やかな声が、感じ悪さを押し上げる。
「だから、謝ったじゃん!」
リッカの声は、ちゃんとレニーに届いたらしい。
カッツェとの攻防を続けながら、逆ギレの瞳をリッカに向ける。
「あらぁ。独り言が大きゅうて、すんまへんなぁ」
そうやって綺麗な笑顔を浮かべるリッカからは、微塵の申し訳なさを感じない。
最初に感じた印象との乖離に、清寿は当惑の愛想笑いを浮かべた。
カオスもカオス。
カッツェとのやり取りに参加し出す者。
面白がって笑い、ちゃちゃを入れる者。
我関せずで、横目で冷ややかに眺める者。
鬱陶しそうに顔を歪め、距離を取る者。
そうやって、小競り合いの輪は広がる。収拾の付け方など見当たらない。
何をどうしたって、これが予定調和のようである。
ならば、方舟に馴染んでいない清寿などが、どうにか出来るワケなどない。
その光景を眺めていた清寿は、さっき言いかけた言葉の続きを、今はそっと仕舞い込んだ。




