第13幕 ドキドキFirst Time。⑤
「せやけど、生卵がこないになるなんて、ほんまに不思議やなぁ」
クオンはポテトに付けたマヨネーズを眺めながら、ヘラリと笑う。
暫く眺めたあと口に運んで、再び口角を上げた。
「そうだな。でも、向こうでは一般的な調味料なんだよ」
反応に気を良くしたのか、清寿は柔らかく微笑み会話を紡いだ。
元々清寿が自分の居場所を見つけるために申し出た試みである。
一時の変なテンションで行動した事を後悔し、頭を抱えるハメになっていたのだから、軌道修正できた事が心底嬉しかったようだ。
「そうなんや。世の中には、俺の知らん事があふれとるなぁ」
クオンはそんな清寿の心を知るや知らずや、目線を清寿に向けると微笑みを返した。
「コレをベースにして別なソースも作れるんだが、今日は試しに作ってみたから、そのままだけどな」
清寿は清寿で、饒舌にはなっても蘊蓄を垂れるつもりは毛頭ないようである。
その代わり、営業スマイルを少しだけ剥がして柔らかく微笑んだ。
「へぇ。これが別な料理にもなるってのかよ。全然想像つかねぇ話だなぁ」
スプーンで掬ったマヨネーズを眺めながら、アヴィが首を傾げる。
異世界の食べ物云々と言うよりは、元々方舟内では調味料の使用種類も頻度も限定的で、日常的にソースの類を食べる事が少ないのだ。
故に『別なソース』と言われても、ピンと来ないのは当たり前の反応かもしれない。
「でもさ。て事は、まだまだ新しい食い物が増えるって事だろ?」
ユルは軽く両手を挙げてから、肩を大袈裟にすくめ、戯けて笑う。
ユルにしてみれば、どんな料理だとか些細な事はどうでも良いらしい。ただただあっけらかんと、とんだポジティブシンキングである。
「ぎゃ! マジ天国じゃん!!」
アズはユルの言葉に目を大きくさせて、キラキラと輝かせた。
「ほんまや! 俺ら、こんな美味いモンずっと食えるようになるんや!」
スゥも大きく口を開け、パァっと破顔した。
その言葉に、周囲の者もちらほらと顔を綻ばせ始めた。
……のだが。
そんな折、不意に冷や水を差す声が上がった。
「だから。キヨさんはお客様だって言ってるだろう?」
声の主は、またもやラフィ。呆れたような、嗜めるような渋い顔をしている。
「えー。そうだけどさぁ……」
ど正論を投げられてしまったアズは、不貞腐れたように口を尖らせた。
ラフィは、そんなアズの態度に短いため息を零す。
「そうじゃなくても、しっかりとした金額を入れてくれてるんだ。本来なら、こちらがもてなすのが筋なんだぞ? これ以上、気を遣わせてどうするんだ」
そう。何も拒否や嫌味で言っているわけではないのだ。
ラフィにしてみれば、清寿は宿代諸々を支払って滞在している『宿泊客』の認識なのだ。
だから、『客人』に仕事をさせるなど、もってのほかだと主張しているわけである。
ただ、清寿にとってはあまり宜しくない状況に戻ってしまった。
一生懸命に平然を装っているようだが、ほんの少しだけ眉頭に皺が寄っている。
気持ちはありがたい。だが、心中複雑。と、言ったところだろうか。
悪気がないと言うよりも、配慮に欠けている事に対して苦言を呈した状況である。
誰も清寿の真意など知らないのだから、ラフィの行動は通常なら褒められるべき事かもしれない。
それに、ここで出方を誤ってしまうと、ラフィの顔に泥を塗る可能性があるのだ。
けれど、この雰囲気が空間を埋め尽くす前に、どうにか話を逸らしたくはある。
清寿の脳内には、そんなこんなが駆け巡る。
笑顔の下に動揺を隠して必死に脳漿を絞るが、妙案など出てきてくれず焦ってしまう。
「え~? でもさぁ、やりたいならやって貰えば良いじゃ~ん?」
その空気を蹴散らしたのは、カッツェだった。
ポテトをモリモリと頬張りながら、とぼけた声音でそう言い放つ。
「お金も入って、雑用までしてくれるなら、方舟には得なんだし~」
言わなくていい事まで言ってしまったカッツェの後頭部を、隣のアーリーが無言で素早く叩く。
アーリーから横目で苛立った抗議の目線を向けられているにも関わらず、当のカッツェは「イテッ!」と声を上げたあと、頭を撫でながらヘラヘラと笑って食べ続けている。
なかなかの強者だ。その姿には、悪びれる様子を全く感じないのだから。
「いや、本当に気にしないでくれ。やってる事だから」
清寿は全力の営業スマイルで取り繕った。
必死に頭を絞ったが、結局これ以上の言葉を見つけられなかった。
なので、とりあえず大袈裟な『大丈夫ですよ』アピールで場を乗り切る事にしたようだ。
「ほら~」
カッツェは上目遣いで勝ち誇ったような笑みを浮かべ、アーリーに視線を向ける。
その態度にイラッとしたアーリーは、八つ当たり気味にもう一発。
ただ、アーリーの行動に制止が入らないところを見ると、こちらの掛け合いは平常運行らしい。
その証拠とでも言うように
「ほうじゃが。こがーな不思議なモン、魔法で作った言われても納得じゃのう!」
気持ち良さそうに頬を上気させたセロが、楽しげに笑う。
「いや、魔法じゃないよ。若干の知識があるだけ。これは化学の応用なんだ」
まぁ、酔っぱらい故の反応だったのかもしれないが、清寿はこの好機を逃すかとばかりに全力で乗っかる事にしたようだ。
何せ、カッツェの一撃で風穴が空いたは良いが、今度はその発言で違う種類の嫌な空気が流れ始めていたのだから。
それが功を奏したのか定かではないが、ほんのり赤く色付いた頬を緩ませたクオンは、アハっと笑う。
「そうか! そんなら、魔法やなくて錬金術で作った言う事なんやな!」
そう言って、再びエールをちびちびと傾けて上機嫌だ。
しかし、先程から普段よりも多弁に感じていたが、ローズマリーポテトでいつもよりお酒が進んだかららしい。いつも以上に柔らかく、ふわふわとした笑顔も浮かべている。
だがまぁ、『科学=錬金術』と言う、何とも雑な覚え方で解釈したもようではあるが。
「しかし、向こうと同じような食材が存在してて良かったよ。全然違っていたら、ここまで出来てなかったはずだからな」
これは清寿の本音だろう。
多少違うところがあったとは言え、ジャガイモはジャガイモであり、カボチャはカボチャだった。
他の食材も、まだ言えば調理器具だってそうだ。持っている知識でなんとか応用が利いた。
これが、やれ『特別な魔獣の肉』やら、やれ『見た事もない特殊な野菜』やらが、目の前にいきなり現れたのなら、ここまで動けていなかっただろう。
「けど、凄かったですよ!」
突如そう言って、エヴァは弾かれるように身を乗り出す。
それから身振り手振りを交えて、興奮気味に調理風景を話し始めた。
生卵がどうやってマヨネーズに変わっていったのか。
肉の塩抜きに塩水を使う事と、肉の煮込み時間。
泥を落とすためのタワシを作った事。
薬草畑の薬草を臭み消しに使った事。
清寿の眼鏡が曇ってしまった笑い話。……etc.
理路整然とは程遠い。思い出した順番で、取り留めなく。
ただひたすらに、受けた衝撃と楽しさを、頬を紅潮させながら語っている。
そして、そのいつもと違うエヴァの熱量に、周囲は手を止め1人、また1人と引き込まれていった。




