第13幕 ドキドキFirst Time。④
「全然ダメじゃん!」
レニーはクワッと目を剥き、小憎ったらしい笑顔を浮かべた2人に噛み付くように口を開いた。
だが、そんなレニーの抗議も虚しく、当の本人たちはゲラゲラ、うふふ、と満足そうだ。
その反応に、レニーは益々顔の中心に皺を寄せる。
「ほうじゃが、そこは心配しなさんな。この偉大なる薬法の魔女、マリィ様がおるんじゃけぇ。安心して、腹下しんさいや!」
そう言って、マリィはドヤ顔ともゲス顔とも取れる表情を浮かべた。
しかしながら『安心して腹を下す』とは、これ如何に。
自信に満ちている事は理解できたが、言っている事は甚だ理解し難い。
「ええ。マリィさんのお薬は、ほんに良う効きますからねぇ。2、3日の辛抱ですよ」
リッカの方は冗談なのか、はたまた本気なのか。
言葉からマリィの実力は垣間見れたが、こちらも理解に苦しむ内容である。
「だから! それを言われて、どうやって安心したらいいんだよ!!」
然もありなん。レニーの反応は当たり前。
その証拠に、大半の者が同調して頷いたり、がっくりと肩を落として長いため息を漏らしていた。
ファーストペンギン云々で誘導しようと目論んだ清寿も、この流れには苦笑いしか出ない。
何はともあれ、一筋縄ではいかないようだ。
「せやけどな。話のネタにはなるやろ? せやったら、良い経験と思わんか?」
マヨネーズを付けた玉子焼きを頬張りながら、クオンが首を捻る。
柔らかい笑みを浮かべて、そんな事をサラリと言ってのけた。
なるほど。流石はリッカの兄である。ーーただし、こちらは随分と『天然』寄りではあるが。
「意味が分かんねぇ……何で戦場でもねぇのに、腹壊す前提で、わざわざゲテモノ食わなきゃいけねぇんだよ……」
アーリーが苦々しい顔でボソリと吐き捨てた。
彼の言う事は至極真っ当な事であろう。
何せ彼らにしてみれば、マヨネーズは今の流れで『怪しげな材料で作られた、腹を下すかもしれない食べ物』にレベルアップしてしまっているのである。
「『当たるも八卦、当たらぬも八卦』言うやないか。些細な事気にしたら損やで?」
そんなアーリーに爽やかな笑みを向けながら、クオンはズレた助言を放つ。
言いたい事は何となく理解できる気がするが、完全に言葉選びを間違っている。
「……阿呆が。使い方間違っとるわ」
ほら見た事か。流石に黙っていられなかったのか、隣でマサムネが舌打ち混じりに語尾を強めた。
「てかさぁ。西方地域って『ゲテモノ喰い』って聞いてたけど、マジなんだ……」
怪訝な顔のまま、レニーはくるりと周囲を見渡した。
今、マヨネーズに手を伸ばしているのは、西方出身者と公言している5人だけ。
レニーの言葉を裏付けるように、エヴァを除くほとんどの者は、その光景を『信じられない』と言った顔で遠巻きに観察している。
「で、でも……本当に美味しいんですよ?」
空気の居た堪れなさに、エヴァがオロオロとしながら言葉を発した。
味わう以前に過ぎった不安や忌避感があった。故に、彼が抱く感情は分からなくもない。
されど、自身が受けた感動に間違いはない。ーーただ問題は、エヴァは西方組ほど図太くない。
それが災いして、変な感じで精神的な板挟みになってしまっているようである。
「けどさぁ。冷静に考えてみなよ。生の卵に消臭液だよ?」
レニーは嫌悪感を隠さない。
どうにも、レニーは感情がオープンで、しかもド直球型タイプ。
加えて、少々理屈っぽいところもあるようだ。
……でもまぁ、今回に限っては、拒否組の『代弁者』と言った感じではあるのだけれど。
その証拠に、レニーの言葉に賛同の表情を浮かべている者が多い。
結局のところ、西方組とその他の者には食文化に大きな壁があり、いくらマリィたちが賛美を示しても、それは信用に足らないのであろう。
まぁ、あれだ。昆虫食を『美味しいから食べてみなよ』と言われたとて、そう言う習慣がない者にとっては、べらぼうにハードルが高いのと似ているのかもしれない。
──さて。この空気、どうやって収拾したら良いんだろうか?
一見、清寿は微笑みながら状況を眺めているが、その実、目だけは遠くを見つめていた。
起死回生の打開案をフルスロットルで探しているが、未だ見つからない。
どの案も、帯に短し襷に長し。あちらを立ててればこちらが立たず。
状況は違えど、エヴァと同様に精神的な板挟み状態である。
だが、思わぬ所から空気を混ぜっ返す言葉が投げられた。
「そないな価値観やから、この国にはあないな食い物しか出てこんのやろ。人の国どうこう言う前に、この大陸の恥を省みや」
口を開いたのはマサムネ。しかも、弩級に辛辣で棘のある言種だ。
クオンに対しては兎も角、自身の故郷をディスられた事に対しては腹に据えかねたようで、抗議を含んだ冷ややかな目線を宙に投げる。
目線は向けられて居なくとも、レニーには充分なほど効果覿面だったようで、ウッと詰まった後に気まずそうな顔で撃沈してしまった。
その次の瞬間、不意にパンっ、と、手の鳴る音が響く。
「あははは! そう言われると、グゥの音も出ないな!」
マサムネを指差しながら、ユルが快活に笑い声も響かせた。
勿論、お得意のウィンクサービスも忘れずに、だ。
「まぁまぁ。物は試しじゃ。度胸試しと思うて食べてみんさいや」
それに乗っかるように、酒が進んで頬を淡く染めたセロが笑う。
そうして隣に座っているグレイスの鼻先に、ペットリとマヨネーズの付いたローズマリーポテトを差し出した。
「そうは言ってもさぁ……」
ローズマリーと香ばしい芋の香りが鼻腔をくすぐる。けれど鼻の良いグレイスには、どうしても僅かに混じる酸っぱい匂いが気になったようで、眉間の皺を強めて首を引いた。
そんな様子に、マサムネが鼻を鳴らしてせせら嗤う。元々細い目は、余計に細さを増していた。
「何や。大陸製の騎士も兵士も、大層なご高説言うくせに、勇ましいんは口ばっかりみたいやなぁ」
独り言の体で。だがしかし、ある程度は耳には届く音量で。
誰がどうとは言わなくても、全方向に挑発するような、喧嘩を吹っ掛けるような物言いである。
そんな皮肉たっぷりの言葉には、彼の性格の鱗片が垣間見えた。
「食べれば良いんだろぉ! 食べればぁ!!」
グレイスはイラッとした表情を浮かべたあと、ムキになって吠え立てた。
美味しいとか美味しくないとかの話ではない。プライドの話である。
コケにされれば反応してしまうのは、誰しもが持つ条件反射なのではなかろうか。
まぁ、兎にも角にも。完全に話の軸はズレてしまっているが、売り言葉に買い言葉とばかりに、まんまとグレイスは乗せられてしまっている。
ただそれでも、目の前に差し出されたマヨネーズ山盛りのローズマリーポテトには躊躇があるようだが、マサムネのダメ押しとばかりの短く吹き出した嘲笑に、憎々しく鼻頭を歪めて齧り付いた。
目を瞑り、顔を顰めて咀嚼する。
そのまま不貞腐れたように、黙々と口が動く。
そして数度の咀嚼の後、一旦動きを止めると、そこから口の動きが加速した。
「うっま!! 何だよこれぇ!?」
グレイスの三白眼は鱗が溢れそうなほど大きく開き、ペカーっと輝いた。
否定的だった分、反動も大きかったようである。
今度は自らスプーンでマヨネーズをたっぷり掬い、それを自分の皿の上に落とす。
それからセロに倣ってローズマリーポテトにたっぷり付けると、いそいそと口に放り込み、ニンマリと目を細めた。
現金なもので、グレイスの反応を皮切りに、各方向から手が伸び始める。
我先にと、前のめりになってチャレンジする者。
おっかなびっくりではあるものの、とりあえずの流れに乗って動く者。
相変わらず半信半疑で、挙動に躊躇いが見える者。
そしてやはり、嫌悪感をむき出しにして動かぬ者。
まぁ、反応は様々ではあるが、停滞していた空気が少しずつ流れ始めた。
「お! イケるじゃねぇか!」
早速頬張ったアヴィが、眉山を上げてガハハと豪快に笑えば
「だな! キヨ、アンタやってくれるじゃないか!」
ヒュゥ。と、ユルが口笛を鳴らしてウインクと投げキッス。
これを合図に、戸惑って手を止めていた者も口に運び出した。
「想像してた感じと違って、嫌な匂いも味もしませんね」
ラフィの言葉にアルも頷く。
手を止めて拱いていた者も、周りの空気に流されて徐々に口へと運び出す。
「前言撤回。俺が悪うございました」
レニーは目を閉じて渋い顔をしたまま、静かに言葉を溢した。
散々ディスった手前、何事もなく食べ進めることができなかったようである。
「な? 食べんと損やろ?」
そうやってケラケラと笑うクオンは、何故か得意満面だ。
「だってさぁ、生卵と消臭液がこんなになるとは思わないじゃん……」
などとクオンに対してブツクサ言いながら、レニーは拗ねたように口を尖らせるが、拒否の言葉は口にしないので気に入ってくれたようである。
そんな景色を眺めながら、清寿は短く息を吐いて肩の力を緩めた。
悟られないように繕ってはいたが、頭の中ではあたふたしていたのだ。
──異世界でマヨネーズ。受け入れられるまでに、こんなにも時間を要するのか。
清寿は、日頃ならやらないノリで挑戦した結果、対処方法が迷子になってしまった事に反省しきり。
──勝ちに不思議な勝ちあり。……だったけか?
途中で思わぬ方向からの流れで状況が好転して、現状どうにか事なきを得たが、それはあくまで『ラッキーパンチ』であって、快勝とは言えないでいる。
見切り発車は、なるべく慎もう。興味のない事も、ちゃんと聞いておこうと思うのだった。
ーーだが、今の清寿は知らない。
一般的な物語なら、マヨネーズのくだりでこんなにグダグタにならない事を。
それを知るのは、まだ随分と後の話である。




