第13幕 ドキドキFirst Time。③
「そうだ!! まよねーず!!」
そんな柔らかい空気へ石を放り込むように、エヴァの言葉が突如響く。
突然の大声に一同はエヴァの方に顔を向け、首を傾げた。
「なんだぁ? その呪文みたいな言葉はぁ」
グレイスは、シュッと眉間に皺を寄せ、いよいよ怪訝そうな顔をしている。
他の者も表情は様々ではあるが、エヴァの意図が分からずに困惑している事は確かなようだ。
だが、エヴァには珍しく、お構いなしで言葉を続ける。
「キヨさんの魔法のソースです! まよねーず!!」
ふんすと鼻息荒く、自慢げに言い切った。
「……え? 魔法?」
セディは一層困惑した表情になる。
まぁ、無理もない。何せ、清寿にはスキルも何も持っていないと説明されていたのだ。
なのに『魔法』と言われても、上手く脳内処理ができなかったようである。
そんな周囲の様子に、清寿は苦笑いを浮かべた。
エヴァと清寿のやり取りを知らない者にとって、エヴァの説明は、正真正銘の『何のこっちゃ?』であろう。
その証拠に、皆の説明を求めるような視線が、一斉に清寿へと向けられているのだ。
だがエヴァは、そんな状況も意に介さずに、尚も言葉を続けた。
「生の卵から作ったソースなんです。これを付けて食べると、味が変わるんです!」
覚えたての知識だが、経験を基にした、揺るぎない事実だ。
一点を指差して、得意満面の笑みを浮かべる。
その動作に誘われるように、皆の視線はエヴァが指差した先にある深皿へと移った。
「えぇ……生の卵……」
レニーの顔が一気に歪む。
視線の先には、クリーム色でモッタリとした物体。
そうでなくても得体が知れない。しかもそれが『生卵』であると言うのだ。
レニーだけではない。大半の者も随分と渋い表情や困惑を浮かべている。清寿の魔法云々よりも『生卵』と言うフレーズに対して気味の悪さが勝ったようで、若干引き気味だ。
──まぁ、やっぱりそうなるよなぁ。
清寿はエヴァとのやり取りを思い出し、たはは…と、力なく笑って、小さく息を漏らす。
然もありなんな反応に、改めて現実を直視させられたと言ったところであろうか。
それでも想像以上の忌避に、調子に乗ってしまった事を少しだけ後悔してしまう。
すんなりいくかと思ったが、聞くと遣るとじゃ大違いだ。思い描くようにはいかないものである。
ただ、数人には違う反応が見受けられた。
「へぇ。卵が、こないになるんやなぁ!」
そう言ってクオンは目を丸くし、好奇心の眼差しを向けていた。
マリィもリッカもだが、セロも同様に、前のめりで驚きと感心を注いでいる。
彼らはいわゆる『西方地域組』、『西方組』と方舟内で呼ばれている面々。アマハラ三国の出身者たちだ。
──エヴァが教えてくれた情報は正しかったようだな。
西方地域では、生卵を食されているようだと言った。その答え合わせ。
清寿は頭の中に情報を書き足した。
そして、あえて空気は読まずに口を開いた。
「煮込み、卵焼き、ジャガイモには合うと思うんだ。良かったら、試してみてくれないか?」
──フックが見つかれば、どうにかして引っ掛けるまでだ。
そう言わんばかりに、お得意の営業スマイルで勧める。
全体に言っているようでいて、そうでない。ファーストペンギンへの誘導だ。
そして清寿の言葉を受けて、クオンが躊躇なく動いた。
添えられたスプーンでマヨネーズをひと掬い。自身の皿へと移す。
それから清寿が狙ったように、西方組がクオンに倣って次々にマヨネーズへと手を伸ばしていった。
「お! 食べた事ない味や! やけど、面白い味やわ!」
一足先にとばかりにジャガイモを口に放り込んだクオンが、数度瞬きをした後に口角を上げた。
感想では判断しづらいが、表情と弾んだ声音で好印象だった事は窺えた。
「ほうじゃのう! ほうじゃが、芋にゃ良う合うとるよ!」
ご機嫌顔のセロは、そう言うと再びエールを注ぎ足すために腰を上げた。
「ええ。モッタリ? ポッテリ? 柔らかくなったバターのような不思議な舌触りですが、お味は別物。ほんに、面白い食べ物ですねぇ」
顎に指の背を添え小首を傾げるリッカは、楽しそうに思案している。
端に座っているマサムネは、そんな彼らをよそにマイペースにエールを傾けながら、ちびちびとマヨネーズを付けたポトフのジャガイモを静かに摘んでいる。
マリィも気に入ったようで、ローズマリーポテトを口に放り込んでは豪快にエールを煽っている。
そして、口の端に付いてしまったマヨネーズを親指で拭うと、それを勿体無いとばかりにペロリと上機嫌に舐め上げた。
西方組の食いつきに満足したらしいエヴァも、卵焼きにたっぷりのマヨネーズを乗せて、幸せそうに頬張り出した。
だが、そんな肯定的な西方組とエヴァとは反して、周りは相変わらず眉をひそめている者が多い。
渋っ面でない残りの者も、まだ手を伸ばすまでには至っていない。
興味はあるが一歩踏み出す勇気がないのか、西方組の反応を見ながら周囲の出方もチラチラと横目で確認している状態である。
そんな状態の中で、食べ進めていたマリィがふと手を止めた。
「少し酸味がある気がするのう」
ふむ。と、小さく零し、マヨネーズの匂いを嗅ぎながら、何やら考え込み出した。
「え? それってまさか腐ってるんじゃ……」
マリィの言葉にセディが顔色を変える。
嫌な経験でもあるのだろうか。アワワワと目を泳がせている。
「え!? ダメダメ!! お腹壊しちゃうよ!? 吐き出さなきゃ!!」
その動揺が伝染したのか、イリーニャがあたふたしながら身を乗り出して席を立つ。
周りも『言わんこっちゃない』と言った風で、渋い顔に拍車をかけた。
イリーニャは落ち着きなくキョロキョロ辺りを見回すと、空いた皿を焦って手に取り、身体の向きを変える。
向かい並びの席に着いているマリィの元に、駆けつけようとしているのだろう。
だが、そんなイリーニャのズボンのウエストを、隣のエヴァが慌てて掴み、席に戻そうと引っ張った。
「大丈夫だよ、落ち着いて! 酸っぱいのは、お酢が入っているからだから!」
懇願が混じった声色と必死の形相。
それでも何処かへ行こうとするイリーニャに、縋るように手を巻き付け直し、体重をかけて制止する。
イリーニャの言葉と空いた皿。
彼が何をしたいのか、察しが付いたからである。
何せイリーニャは、焦ると極端に視野と思考が狭くなる。それを裏付ける前科も山ほど。平たく言えば『前科あり』な人物なのだから。
故に、対処を焦るあまりにマリィの口に指でも突っ込まれようものなら、大惨事間違いなしだ。
イリーニャの反対隣に座っていたメイビーも遅ればせながら察したようで、ハッとした表情を浮かべたあと、全力で制止に加わった。
マリィはそんなエヴァたちとイリーニャの攻防を一瞥すると、再び目の前にあるマヨネーズに視線を戻した。
「なるほどのう。それで合点がいったわ」
彼が清寿に渡したワイン酢は、思いもよらない形に変わっていた。
用途と酸味の原因。その答えが解った事に満足して、口の端を大きく引き上げた。
「え!? ちょっと待ってよ! 消臭液を料理に使っちゃったの!?」
『信じられない』と言った表情で、レニーは口を激しく歪ませた。
そうでなくても気持ち悪い食べ物に、消臭液を入れている。
彼の常識から考えると、とんでもない代物であろう。そして何より、それを事もなげと言った感じで食べているマリィたちに、気味の悪さが増したようだ。
だがしかし
「大丈夫じゃろ? 郷じゃ調理に酢を使うとったし。毒にゃならせんわ」
そう言って、マリィは豪快にエールを飲み干したあと高笑いした。
「せやね。思い返したら、確かに酢を使うんは珍しい事やなかったわ」
マリィに続いて口を開いたクオンは、口の端にマヨネーズをくっつけたまま笑う。
「まぁ、このような料理は初めてですが、アマハラ三国では、料理にお酢を使う事自体は突飛な発想ではありませんからね。それに、お酢は消臭の他に消毒の効能もありますから」
うふふと可愛らしく笑うリッカは、一応の補足も付け加えた。
3人の話から推測するに、どうにもこの国と西方地域では、かなり食生活が違うようである。
ただ、そこを加味したとて、マリィとクオンの言葉だけでは心許なくあったが、リッカの豆知識に否定的だった者の顔が少し緩んだ。
半信半疑ではあるものの、消毒効果があるならまぁ……と、思ったのか、レニーが長く息を吐いて口を開いた。
「じゃあ、大丈夫……」
「まぁ、種類が違うけぇ、そこは明言できんがのう!」
「ですねぇ。あくまで『アマハラ三国では』ですからねぇ」
レニーの言葉を遮り、マリィはゲラゲラとチシャ猫の笑みを浮かべ、追随するように、リッカがウフフと狐の笑みで目を細めた。
確信犯も確信犯。ーーまったく、嫌なところも師弟でそっくりだ。




