第13幕 ドキドキFirst Time。②
「まぁ、とりあえず、冷めないうち食べてくれ。冷めると味が落ちるから」
口に合うなら何よりだ。それ以外の思考には一旦蓋をする。
そして清寿は、心の中で小さなガッツポーズを無理矢理きめた。
そう。今は何よりも『合格』の結果が得られた事が重要だ。それだけ、それだけで良い。
小さな一歩だが、着実に前に進めた証なのだから。ーー半ば自己暗示ではあるが。
「だね! しかも、出来立て熱々の料理を家で食べれるなんて最高だ!!」
満面の笑みを浮かべたユルの言葉で、清寿の脳内に今までの貧相な食事画像が流れていった。
街で買ってきたと言う、味も旨味もないグズグズとしたスープ。
塩の抜け切っていない、ガチガチに焼き過ぎたゴムのような肉か、表面が焦げきっているのに半生で筋張った味のしない肉。etc……
まぁ、確かにそうだ。『出来立て料理』は存在していたかもしれないが、調理は行われていても、料理と言われれば少しばかり物足りないものばかりだった記憶である。
ただ、物怪の幸いと言ったところではあろうか。
その切ない状況おかげで、当初の目的は果たせたようだ。
「喜んでもらえて何よりだよ」
プレゼンは無事に終了し、企画は無事に通った。第一関門突破だ。
心中はそんなところであろうか。清寿の笑みには柔らかさが戻った。
「……って、事で、卵焼きもう一つ貰って良いかい?」
空になった皿を前に、パチリとウインクするユルは相変わらず様になる。
直接的な言葉より雄弁な皿が、清寿には何よりもの賛美として映った。
「ある分はどうぞ。卵焼きはまだ作れるし、ポトフとスープは沢山作ったから」
清寿の言葉にユルの顔が再び破顔し、身を乗り出しながら卵焼きの皿に手を伸ばす。
『ある分はどうぞ』の言葉に、遠慮もそこそこ。自身の皿にひょいひょいと数個放り込むと、エールを煽りながら今度はゆっくり楽しみだした。
そんなユルを見ていたレニーの喉が、ゴクリと鳴った。
それから自分の空の皿と清寿の顔を交互に見ると、意を決したように手を挙げる。
「俺、ジャガイモ食いたい!!」
レニーに引っ張られるように、隣にいたメイビーもおずおずと小さく手を挙げる。
「あの……僕も食べて良いですか?」
少し恥ずかしそうに笑いながら、チラチラとローズマリーポテトへ視線を動かしている。
その横では、セディが2人動向を落ち着くなくキョロキョロしながら伺っている。
「ローズマリーポテトは有る分だけだが、冷めないうちにどうぞ。みんな、遠慮なく食べて」
そう笑う清寿に、3人はパッと笑顔を向けると、いそいそとポテトを皿に移しだした。
周りもそれに倣って、再び思い思いの大皿に手を伸ばし始めた。
「こりゃぁ酒が進むのう。塩加減が良い塩梅じゃ」
セロは上機嫌にエールをグビグビと飲み干し、プハァーっと息を吐きながら顎に垂れたエールを拭う。
ポテトの塩気と油分がエールの消費を促しているようで、空いたカップを再び満たしに、そそくさと席を立つ。
鼻歌混じりにコックを捻り、なみなみとエールを注いでいる。
「ん!! 卵焼きも美味しい!!」
アズの目がパァっと明るく輝く。溢れる笑みを抑えつつ、一生懸命咀嚼している。
「うん! 美味しい~。卵なのに甘いね~」
パクパクと頬張るイリーニャは、咀嚼しては破顔しの繰り返しだ。
イリーニャが気に入ってくれた甘味の正体は、炒めた玉ねぎの甘さだろう。狙い通りに働いたようで何よりだ。
実は砂糖の残量が少なかったので、代わりに玉ねぎをしっかり炒めて加えたのだ。
だから、砂糖のはっきりとした甘さはないが、ほんのりとした優しい甘味に仕上がっている。
「煮込みのお野菜も美味しいですね。いつものジャガイモなのに」
リッカはスプーンで割ったポトフのジャガイモを頬張った。
ジャガイモは口の中でホクホク、トロリと解ける。
ゆっくりと味わうと微かに口角をあげて、再び小さく割ったジャガイモを口へと運んだ。
「味がよう染みとる。郷の料理を思い出すわ」
マリィは懐かしそうに目を細めた。
目の前の料理は、いつもの味も素っ気もないポタージュ風の煮込みではない。塩豚とベーコンの滋味をしっかり蓄えた、簡素だが優しいポトフである。
そんな料理がマリィの故郷を思い出させたようだ。
そしてマリィの言葉に、リッカを始め、数人が小さく頷いていた。
「初めて食ったが、スープも甘くて美味ぇな」
カボチャのスープなんぞ、酒のアテにはなりもしないだろうに。
アヴィは気にせずエールを一気に呷り、急いで空の木製カップにエールを満たしに席を立つ。
「スープはパンに浸して食べても良いぞ? パンも少し柔らかくなるし」
みんなの反応に気持ちが軽くなった清寿は、今度は自ら言葉を添えた。
皆その言葉に半信半疑の様子を見せたが、そのうち数人が意を決したようにチャレンジしだした。
美味しい料理を作った人物が言っているのだ。試す価値はあると判断したのだろう。
疑いながらも、パンをスープに浸す。
茶色く硬いパンの端が、ゆっくりとスープの水分を含んで、ふやけて重みを増していく。
持ち上げたパンからポタポタと垂れるスープに気をつけながら、急いで口に放り込む。
舌に触れたパンが、トロリとしていて温かい。
噛み締めると優しい甘さが口を満たし、パンのパサつきが鳴りを潜めた。
レニーは一瞬固まると、慌てたようにモグモクと咀嚼する。
ゴクンと大きく喉仏を動かしたあと、目と口を大きく開いた。
「ホントだ! おかわりして良いですか!?」
「ああ、どうぞ」
清寿の言葉を聞くや否や、ガタガタと椅子を鳴らし、お椀を抱えて鍋に向かう。
「ずっこい!! 俺もおかわりする!!」
競り負けるのは敵わんとばかりに、スゥも勢いよく立ち上がる。
そしてその後へ続くように、アルとラフィが静かに席を立った。
皆、思い思いの料理に手を伸ばし、鍋には行列。
食堂には、いつもと違う柔らかな空気が流れていた。




